笑顔の向こう側

ゆん

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シェアハウス編

似顔絵

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「最近、元気がないね」

ぼーっとコピーを取っていた僕の後ろから、至さんが声をかけてきた。
最近目が疲れてるのか、見える景色がはっきりしない。見えてるんだけど、精彩を欠くというか……

「そうですか?しっかり眠れてるし、どこも悪くないんですけど……」
「それならいいんだけど。なんとなく、ね」

キラキラ見えてたはずの至さんの姿さえ、なんだかマネキンみたい。
でも、そうだとしても何も困らなかった。朝起きて出勤して、仕事をして、帰ってお風呂入ってごはんを食べて寝る。それを繰り返す毎日。それだけで成り立つ毎日。
僕は考えないようにした。それは得意だから。一人きりの夜が寂しくてたまらない時も、わんこを抱きしめてれば眠れたし。

「いよいよ明日シンポジウムだね。僕も透も出席するから、向こうで会おう。帰りは美味しいものを食べに行こうね」

不意打ちの透さんの名前に僕の深層が震える。生きているよ、とかつては恋心と呼んだ埋蔵物が微かに主張してる。

ありがとうございます、と笑った僕の口角はちゃんと上がってたかな。
至さんは少し困ったように笑って、僕の背中を優しくポンポンと叩いて2階に上がって行った。

明日、透さんに逢う。一緒の家に住んでるのに久しぶりだなんて変だけど、今はどきどきもしないんだ。心が凍ってしまったから、緊張するかどうかも想像がつかないんだ、と他人事みたいに思う。

それよりは、明日みんなの前で話をすることを考える方が緊張した。
聴衆の予定人数はおよそ150人。甲塚さんは人前でもまったく緊張しない、というか緊張が心地良いタイプみたいで、当日のことを心配する素振りは一切無かった。

紙に書いたものを読んでもいいって大牟田さんが言ってたから、僕はそうさせてもらうつもり。かっこよくはないけど、とにかく無事に役を全うすることだけが僕の目標だから。



今日も速攻で家に帰って風呂に入り、ご飯を食べて寝るつもりだった。
それなのに、帰ってきたら僕の部屋のドアの前にA4のコピー用紙が横向きに貼ってあって、そこに『明日がんばれ』という文字と、にっこり笑った顔のイラストが描いてあった。

おそらくは僕の、前に満さんが言ってた、似顔絵。
ささっとペンで描いた感じの……頭に犬の耳が生えてて、口元にほくろがある、かわいい笑顔の。

途端に、凍っていたはずの心が泣き出した。
その場にしゃがんで、どこにもやり場のない悲しみを、自分の膝に押しつけて殺す。

こんなに好きでも、どうにもできないのに!
どれだけ凍らせてもこんな一瞬で生き返るってなんなんだよ!

僕は激情に任せて立ち上がり、その紙を乱暴に剥がした。ビリッと音がして、ちょうどイラストの顔が真ん中から破れた。途端に自分が真ん中から裂かれたように傷ついた。また泣きながらその紙を持って部屋に入り、セロテープでくっつけた。

悲しい……真ん中に不自然な線が入っても笑ってる絵が、まるで僕を表している。
不格好でどこまでも滑稽な、僕自身を。



僕は泣き疲れて目を腫らした後、その紙を引き出しにしまい、お風呂に入って、ごはんも食べずに部屋に引っ込んだ。
明日には目の腫れが引いてたらいいけど、とベッドに横たわり、僕の目が腫れていようが取れていようが誰も気にしない、なんてぼんやり思って、でも流石に目が取れてたら気になるよね、と考えて笑った。
まだ笑えるんだなぁ、と思った。
こんなに心はズタボロなのにね。

そうだよ。もっともっと最低の夜が何度もあったのに、僕は生き延びている。
もうこのまま目が覚めなければいいと何度思ったか分からない。
ナオトと一緒に眠りながら、このまますべてが終わりますようにと神様にお願いした次の日にも普通に起きて、そんなお願いのことはすっかり忘れて朝昼兼用のごはんを作ったっけ。

僕は閉じていた目を開けて暗い部屋の中に目をやり、ゆっくりベッドを降りて机の引き出しにしまった紙を取り出した。
薄暗がりに透さんの手が残したメッセージと絵を何度も目で辿った。
それからその紙を枕の下に入れて、頭を乗せた。
透さんが僕を想ってくれた瞬間を、そこに閉じ込めたんだ。それくらいは、ブサイクな泣き顔に免じて許されると思って。





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