笑顔の向こう側

ゆん

文字の大きさ
上 下
43 / 84
シェアハウス編

【番外編】金塚道弘

しおりを挟む
運命の番、なんてくだらない。
夜の仕事で擦れた同じ店の子たちですら、信じてたけど。
待っていればいつか、たった一人のアルファが夢のような生活の出来る宮殿へ自分を攫って行ってくれる、なんて。
馬鹿みたいだ。

信じられるのは自分だけ。自分の頭脳と、体と、武器になるものはすべて活かして、己の力で好みのアルファを手に入れる、くらいの気概がなくてどうする。
相手に選ばれて、夢のような暮らしをして。それで? 相手の気が変わったら一気に転落するってわけ。

例えば運命の番が本当にいたとして、本能で惹かれ合う関係のそれって、怖くない?自分のコントロール外にあるものに頼るなんて、ぼくは怖いし、嫌だ。
自分の人生は自分で切り開く。
絶対に。



ぼくは高校に入学するまでは常に学年トップ10に入ってた。勉強が好きだったし、知識を増やすことで社会的弱者、オメガであることの立場の危うさをカバー出来ると信じてた。
実際、すべてが思うままだった時期もあった。モテたし、先生受けも良かったし、オメガではほとんど見かけない大学進学に向けて、着々と歩を進める日々。

高1の冬に初めて出来た彼氏はサッカー部の主将も務めるアルファ。向こうから告白してきて、クラクラするオーラに一気に引き込まれたくせに、もったいぶって「そんなに言うなら」なんて優越感いっぱいに付き合い始めた。
雪もちらつく季節にこの世の春を謳歌するぼく。
でも春が来る前に花は散った。

放課後に突然ヒートを迎えたぼくが薬を飲もうとした時……豹変した彼に学校のトイレで暴行されて、そのたった一回で妊娠した。
もちろん、妊娠が分かったのは少し後だ。

緊急避妊ピルの存在を知らなかったぼくは、体調不良が続いたある日、もしかしてと調べた検査薬で妊娠を知った。
彼とは例の暴行の後に別れてしまっていたけれど、不安になったぼくは彼に相談した。
それが、大きな間違い。事態の発覚を恐れた彼に学校にチクられて、結果ぼくだけが退学処分になった。

抗議の声なんて、ひとつも聞いてもらえなかった。
何故なら彼がアルファだったから。親も地元の有力者で、学校側は随分支援も受けていたんだろう。
その時にぼくは思い知ったんだ。
オメガって存在が社会でどういう位置づけにあるのかを。



親ですらぼくよりあっちの言い分を信じた。
町の古い産婦人科で中絶手術を受けた帰り、お腹の鈍い痛みは我慢できないほどじゃなかったのに、大きな河の堤防の上でいつまでも涙が止まらなかった。

彼をいつまでも恨むほど子供じゃない。
そんなことで自分の人生を費やすのは悔しかったし、こうなったらオメガはオメガらしくアルファと対等になってやると腹の底から思って夜の世界に足を踏み入れた。



アルファやベータの女が勤められるクラブやキャバクラではオメガは雇ってもらえない。
でも、それはぼくにとっては好都合だった。
わざわざオメガを相手にしようってのは、圧倒的にアルファが多かったから。

そのアルファを虜にして、自分にとって最も都合のいい相手を捕まえる。ただの玉の輿じゃだめだ。望むのは圧倒的な勝利。莫大な財産を持つ、アルファの中のアルファみたいな相手でなきゃ。

そのための努力は惜しまなかった。幅広い分野の本を読み、お茶やお花、英会話などの教養を身に着けることも忘れない。顔も体も有効に使って人脈を増やし、ぼくは格上の店に移って行ってもいつもナンバーワンだった。

高級マンションに住んで、キラキラ眩しい夜景を見下ろしながら、勝ち組の味を噛みしめる。
オメガとしては絶対的な成功者だと胸を張って言えるのに、でも……その頃から、何か虚しさを感じるようになっていた。

まだ失速するわけにはいかない。
まだキングオブアルファに出会っていない。
圧倒的な勝利を収めてぼくを踏みにじったやつらを踏みつけてやることがぼくの生きる目的だったんだ。あと一歩で手が届くとこまで来てる。踏みとどまれ!

そう自分を奮い立たせるのに、虚しさはどんどん大きくなっていく。
毎日惰性で仕事をして、適当な相手に身体を預けた。
だんだんどうでもよくなっていった。
見返すため、というだけでは、もう頑張れなくなってしまった。



そんな頃、昔の友達伝いに至さんのことを聞いた。シンデレラを探す王子が現れたって。
山王寺グループの長男なら、まさにキングオブアルファの名前に相応しい。ついに、自分は捕まえるべき相手を見つけた!と。
ソッコーで店を辞めて、王子が訪れる店で働き始めた。

すぐに彼の指名を受けて、これでゲームセットだ、と思った。どの店でもぼくがナンバーワンなのだから、気に入られないはずがない、と。
ところが……彼の目的は、夜のお相手探しじゃなかった。

オメガが普通に働くための会社へのお誘い。
カッコよくもない。高給でもない。
拍子抜けして……でも、欲望にまみれているのが当たり前すぎる日常の中に、まるで清涼な水が流れてきたように感じたんだ。

権謀術数うずまく世界でいつ足元を掬われるか分からない生活をやめ、ごく普通に、堅実に生きる。
普通に仕事をして、普通に評価されて、太陽と共に起き、眠る暮らし。
オメガという性と向き合いながら、普通に人を好きになって、叶うならその好きな人と結ばれる。そんな暮らし。
ぼくは話を受けた。
そうして、昼の世界に生きるようになった。





しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

傍若無人な姉の代わりに働かされていた妹、辺境領地に左遷されたと思ったら待っていたのは王子様でした!? ~無自覚天才錬金術師の辺境街づくり~

日之影ソラ
恋愛
【新作連載スタート!!】 https://ncode.syosetu.com/n1741iq/ https://www.alphapolis.co.jp/novel/516811515/430858199 【小説家になろうで先行公開中】 https://ncode.syosetu.com/n0091ip/ 働かずパーティーに参加したり、男と遊んでばかりいる姉の代わりに宮廷で錬金術師として働き続けていた妹のルミナ。両親も、姉も、婚約者すら頼れない。一人で孤独に耐えながら、日夜働いていた彼女に対して、婚約者から突然の婚約破棄と、辺境への転属を告げられる。 地位も婚約者も失ってさぞ悲しむと期待した彼らが見たのは、あっさりと受け入れて荷造りを始めるルミナの姿で……?

【完結】聖女が世界を呪う時

リオール
恋愛
【聖女が世界を呪う時】 国にいいように使われている聖女が、突如いわれなき罪で処刑を言い渡される その時聖女は終わりを与える神に感謝し、自分に冷たい世界を呪う ※約一万文字のショートショートです ※他サイトでも掲載中

ぐ~たら第三王子、牧場でスローライフ始めるってよ

雑木林
ファンタジー
 現代日本で草臥れたサラリーマンをやっていた俺は、過労死した後に何の脈絡もなく異世界転生を果たした。  第二の人生で新たに得た俺の身分は、とある王国の第三王子だ。  この世界では神様が人々に天職を授けると言われており、俺の父親である国王は【軍神】で、長男の第一王子が【剣聖】、それから次男の第二王子が【賢者】という天職を授かっている。  そんなエリートな王族の末席に加わった俺は、当然のように周囲から期待されていたが……しかし、俺が授かった天職は、なんと【牧場主】だった。  畜産業は人類の食文化を支える素晴らしいものだが、王族が従事する仕事としては相応しくない。  斯くして、父親に失望された俺は王城から追放され、辺境の片隅でひっそりとスローライフを始めることになる。

物語のようにはいかない

わらびもち
恋愛
 転生したら「お前を愛することはない」と夫に向かって言ってしまった『妻』だった。  そう、言われる方ではなく『言う』方。  しかも言ってしまってから一年は経過している。  そして案の定、夫婦関係はもうキンキンに冷え切っていた。  え? これ、どうやって関係を修復したらいいの?  いや、そもそも修復可能なの?   発言直後ならまだしも、一年も経っているのに今更仲直りとか無理じゃない?  せめて失言『前』に転生していればよかったのに!  自分が言われた側なら、初夜でこんな阿呆な事を言う相手と夫婦関係を続けるなど無理だ。諦めて夫に離婚を申し出たのだが、彼は婚姻継続を望んだ。  夫が望むならと婚姻継続を受け入れたレイチェル。これから少しずつでも仲を改善出来たらいいなと希望を持つのだが、現実はそう上手くいかなかった……。

吸血鬼公爵に嫁いだ私は血を吸われることもなく、もふもふ堪能しながら溺愛されまくってます

リオール
恋愛
吸血鬼公爵に嫁ぐこととなったフィーリアラはとても嬉しかった。 金を食い潰すだけの両親に妹。売り飛ばすような形で自分を嫁に出そうとする家族にウンザリ! おまけに婚約者と妹の裏切りも発覚。こんな連中はこっちから捨ててやる!と家を出たのはいいけれど。 逃げるつもりが逃げれなくて恐る恐る吸血鬼の元へと嫁ぐのだった。 結果、血なんて吸われることもなく、吸血鬼公爵にひたすら愛されて愛されて溺愛されてイチャイチャしちゃって。 いつの間にか実家にざまぁしてました。 そんなイチャラブざまぁコメディ?なお話しです。R15は保険です。 ===== 2020/12月某日 第二部を執筆中でしたが、続きが書けそうにないので、一旦非公開にして第一部で完結と致しました。 楽しみにしていただいてた方、申し訳ありません。 また何かの形で公開出来たらいいのですが…完全に未定です。 お読みいただきありがとうございました。

虐げられた落ちこぼれ令嬢は、若き天才王子様に溺愛される~才能ある姉と比べられ無能扱いされていた私ですが、前世の記憶を思い出して覚醒しました~

日之影ソラ
恋愛
異能の強さで人間としての価値が決まる世界。国内でも有数の貴族に生まれた双子は、姉は才能あふれる天才で、妹は無能力者の役立たずだった。幼いころから比べられ、虐げられてきた妹リアリスは、いつしか何にも期待しないようになった。 十五歳の誕生日に突然強大な力に目覚めたリアリスだったが、前世の記憶とこれまでの経験を経て、力を隠して平穏に生きることにする。 さらに時がたち、十七歳になったリアリスは、変わらず両親や姉からは罵倒され惨めな扱いを受けていた。それでも平穏に暮らせるならと、気にしないでいた彼女だったが、とあるパーティーで運命の出会いを果たす。 異能の大天才、第六王子に力がばれてしまったリアリス。彼女の人生はどうなってしまうのか。

肉食お嬢様と草食ヤンキー、ときどきスイーツ眼鏡っ子

トキワオレンジ
児童書・童話
しつけの厳しい家族に見つからないようにファストフード(ジャンクフード)が食べたい、肉食お嬢様・成原初真(なりはらうま)。 わずらわしい人間関係を避けて休み時間は昼寝していたい、草食ヤンキー・親住星夜(おやすみせいや)。 そんな2人が付き合っていると誤解しているキュンキュン大好きの恋愛脳オタク少女、スイーツ眼鏡っ子・小石川結乃(こいしかわゆいの)。 すれ違わない3人の三角点関係ものがたり。

「僕は病弱なので面倒な政務は全部やってね」と言う婚約者にビンタくらわした私が聖女です

リオール
恋愛
これは聖女が阿呆な婚約者(王太子)との婚約を解消して、惚れた大魔法使い(見た目若いイケメン…年齢は桁が違う)と結ばれるために奮闘する話。 でも周囲は認めてくれないし、婚約者はどこまでも阿呆だし、好きな人は塩対応だし、婚約者はやっぱり阿呆だし(二度言う) はたして聖女は自身の望みを叶えられるのだろうか? それとも聖女として辛い道を選ぶのか? ※筆者注※ 基本、コメディな雰囲気なので、苦手な方はご注意ください。 (たまにシリアスが入ります) 勢いで書き始めて、駆け足で終わってます(汗

処理中です...