笑顔の向こう側

ゆん

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シェアハウス編

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 いつもはテレビを見ながらのんびりのんびり食べるけど、今日は一心不乱に食べて、大急ぎで片付けてた。

 片付けの途中、透さんがお風呂から上がって来て、首にタオルを引っかけたまま冷蔵庫の水を飲みに来た透さんは眼鏡をかけてなくて、いつもと印象が違ってすごいドキドキした。

「眼鏡、なくても大丈夫なんだ」
「まぁ、家の中は。外も車に乗るとかじゃなきゃ大丈夫」

茶色い目がきれい。鼻筋の通るはっきりとした顔立ちに色素の薄い瞳は、外国の血が混じってるみたいに見える。

「透さんって、ハーフ?……じゃないよね」

流しを拭きながら訊いたら、ペットボトルの水を飲む横顔の喉仏がぐん、と動いてから、
「両親とも日本人だけど」と、こっちを見下ろしてきた。

うわぁぁ……やばい……眼鏡って色々抑えてくれてたんだ……外すとまっすぐで強い視線がダイレクトに刺さる感じで、僕は息を詰めて目線を逸らした。

「だよねー。でもハーフっぽい」

うろたえたせいで白々しい返事になっちゃって、心の中でアワアワする。

だけど透さんはその話題はどうでもいいという風に、片手鍋を取って湯を沸かし始めた。

流しの前に並んで立つ。

非、日常~~!

しかもその透さんは完全プライベートな透さんで、存在感が肌一枚分違う。

透さんとのシェアハウスが始まるんだって、妙に実感……!


「コーヒー淹れるの? 僕も飲むし、やろうか?」


粉のやつならいれられるし、と思って言ったら、また眼鏡なしの圧倒する顔がこっちに向いて「ほんとに淹れられんの?」と訊いてくる。


「お湯を入れようとしてやけどするとか、粉をぶちまけるとか、カップを割るとか。そういうの、ない?」


ひどいな。それくらい、普通に出来るし。



「確かに透さんの前では色々やらかしてるけど。そのくらい出来るよ。絶対……たぶん」

「多分は絶対じゃない」

「じゃあ絶対」

「絶対なんかない」


僕が言葉を返せずにいると、片頬でにやっと笑って僕にカップを渡して向こうに行くの。なんなの、そのかっこいいの。も~~……




コーヒーを無事にいれて、ブラック希望の透さんにはそのまま、僕は牛乳とお砂糖たっぷりのカフェオレにしてダイニングテーブルに運んだ。
透さんは僕のカップを見て「それ、コーヒーって言えんの」って片眉を上げて来る。

「いっそ牛乳飲めば」
「これが美味しいの」

牛乳は牛乳。カフェオレはカフェオレ。僕はほとんど白に見えるそれをコクリと飲んで、いつもの味ににっこりした。
僕のつけてたテレビはいつの間にか消されてる。シンとした空間の広さを感じながらダイニングテーブルに透さんと向かい合って、ふたりっきりなのをしみじみ感じてなんか恥ずかしい。
慣れる日が来るのかな……

「まず、これ読んで」

透さんがA4の紙を渡してきて、僕はそれを受け取って上から順番に目で追った。

1 家賃はこれまでと同じ口座からの引き落とし
2 水道光熱費他、共有物資の支払いのための共同口座を作る
3 ゴミ当番は週交代制
4 キッチンの清掃、管理はマ

「マ?マってなに?」
「あんたのこと。俺はオ。トマルのマ。トオルのオ」
「あはは、可愛い!」
「早く続きを読め」

はいはい。分かってます。

5 風呂とトイレ掃除はオ ただし汚した時は各自軽くやっておく
6 お互いの部屋のことは基本的には口出しをしない ただしマは定期的に物を捨てること
7 使ったものは片付ける
8 テレビやエアコンをつけっぱなしにしない
9 服を脱ぎっぱなしにしない

なんかだんだんお母さんに注意されてたことばっかりになってきた。
項目はどんどん続いて、最初の方がなんだったか忘れてしまいそうでまた戻って読んで、頭の中がごじゃごじゃになってくる。
透さんはスマホを見ながら僕が読み終わるのを待ってて、時々こっちを見てるのがおでこで分かって、余計ドキドキ焦ってしまう。

「読み終わった?」
「まだ……」
「いや……なんでそんなに時間がかかんの」
「だって、いっぱいあるからなんか分かんなくなってきて……」
「覚えろって言ってんじゃないから。目を通すだけでいい」

透さん……僕、それだとほんとに通すだけになって、そのまま通り過ぎていっちゃうけど、いいのかな……

ただ文字を追っただけになってるのを自覚しながら全部に目を通し、ちゃんと守れるかまるっきり自信がなくて不安になってると、透さんは「そんなに気負わなくていい」と言ってスマホをテーブルに置いた。

「一応まとめただけだから。生活してくなかで変更もあるだろうし、あんたも気になったことは言ってくれていいし」
「うん……」
「その2番にある口座についてはもう作ってある。基本的に俺が管理するけど、言ってくれれば全部見せるから」
「うん……」「少し高額な共用の電化製品なんかの購入はここから支払いをする。家で使う日用品も、個人的なもの以外は全部レシートを取っておいて」
「はい……」

キャパを超えるとすぐに固まる頭が、もうすべてをお任せします状態になってる。
透さんの決めたことに何も文句はないしむしろちゃんと守りたいけど、何を守るか覚えてないと守れないからなぁ……
僕は覚えられますように!の念を込めて、決まりの紙を両手で持って穴があくほど見つめた。

「あとは……ヒートのことだけど」

透さんの口からその単語が出たことにドキッとした。
それは、突発的に起きたヒートになすすべがなかったあの日、介抱されたあの時間を思い出すから──
透さんは平然としてる。僕は顔が赤くなってくのを止めることが出来ずに、俯いてそれを隠そうとした。

「個人差があるらしいから教えてほしいんだけど。定期的にくるって、どのくらいの周期なの」
「あ……えっと、僕は30日から40日くらいかな……」
「何日間くらい続く?その間、俺は叔父の家にでも行っておこうと思うけど」

それを聞いたとき……それは普通の対応だろうしベストなんだろうけど、すごく寂しく感じた。
もちろん、透さんに慰めてもらおうとか思ってるわけじゃなくて。
でも僕がもっとも満たしてほしい相手は恋する人で、その人からあっさり壁を作られたみたいな……

「僕すごく軽いから、薬さえ飲めればひとりにしてもらわなくて大丈夫だよ。この間は……ちょっと突然過ぎて、うまく飲めなかったけど……」
「分かった。俺も緊急用の抗フェロモン剤は持ってるけど、自衛しろよ。30から40日ってことは、次は7月頭ってとこか」

淡々と言う透さんに、胸がじくじくする。それはまるでペットの生理周期を把握するみたいな雰囲気で、透さんにとっての僕が、本当にただの共同生活を送るオメガってだけなのを思い知らされた感じがする。
思い知らされたもなにも始めからそうなんだから、当たり前のことを当たり前に知っただけなのに。

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