笑顔の向こう側

ゆん

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シェアハウス編

ダブル引っ越し

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透さんが引っ越してきた。日曜日だったら僕も手伝ったのに、休みが取れたのが水曜日だったってことで、僕が帰ってきたらもう荷物が入ってた。
帰ってきた時に家の前に白い軽自動車が停まってるのを見たとき、高揚感で鼻の穴が膨らむのが分かった。
ほんとに引っ越してきた……って思った。
嘘だと思ってた訳じゃないけど、透さんがここに住むって宣言して10日。その間何の連絡もなかったし、ここにも来なかったし、透さんと一緒にいたいって望んでる僕が自分に見せた夢だったんじゃないかって思ったりもして……

先週はしょっぱなに会社の引っ越しがあって、新しい職場での生活が始まって、なんだか落ち着かなかった。お洒落だし綺麗だしそういう意味ではわくわくするんだけど、まだ自分の場所感が薄すぎてそわそわした。

何故か金塚さんは、週明けから急に印象が変わった。
週末の飲み会での出来事があったから僕の方はちょっと緊張してたんだけど、僕に対しても短く挨拶しただけで特に冷たくもあったかくもない感じ。
髪の毛をさっぱりと短くして、香水の匂いもしない。表情は暗いんだけど、元気がないっていうわけでもない。
下村さんたちとつるまなくなって、お昼もひとりで出かけてるみたいで……何かあったのは間違いない。下村さんたちの方は別の人と一緒にいるようになって、あんなに仲が良かったのが嘘みたい。
仕事に影響が出るようなら課長の秋宮さんに報告しなきゃって思ってたけど、金塚さんはむしろ前以上に仕事の手際が良くなったように見えた。

そういうわけで、仕事の方はあとは慣れるだけって状態で10日過ぎての今日。
鍵を開けて中に入ると、アトリエは薄暗いままで透さんはいなかった。でも、何かはっきりとした物音がするわけでもないのに不思議と誰かがいるっていうのは分かるもんなんだなと思う。
鉄階段を上っていきながら、透さんと同じ家で暮らすという非日常がこれから日常になっていくんだっていう現実に叫び出しそうになってた。

内玄関のドアを開ける。
いつもは僕が使ってるつっかけだけがある玄関に、透さんの靴が綺麗に揃えて並べられてる。
玄関から見渡せるリビングダイニングには人影はなかった。
でも、気配で分かるんだ。透さんがいるって。あったかい感じがするんだ。僕の本能はその熱源を探しそうになる。
探せるほど近くにいるってことを実感してる。

手を洗った後に3階への階段を上っていくと、透さんの部屋の前にダンボールが積まれてドアが開いてた。
自室に行くのにそこを通りながら中を覗くと、僕のところよりはもう少し広い、でも雰囲気のよく似た部屋で透さんが服の整理をしてた。

「こん、にち、はぁ~……」

なんと言ったもんか分かんなくてそう言ったら「なんだそれ」って透さんが。

「荷物、あと1時間くらいで廊下のも片付くから」
「あ、僕は全然大丈夫」
「あんた、今日晩飯どうするの」
「えっと、一応作るつもりで日曜日にまとめ買いしてる」
「ふうん。了解」

馬鹿正直に答えたあとで、多分外に食べに行く透さんと一緒に行けば良かった!と後悔する。お肉は凍らせてあるんだし、1日くらいずれたって全然良かったのに……

透さんは僕の返事を聞くとすぐさま片付けの続きを始めて、てきぱきてきぱき動いてた。

僕みたいに基本ぼーっとして頭の働きののろい人間からみると、そんな風に動ける人を見てるだけで気持ちが良い。ほら、早回しでお掃除動画とか見てるみたいな、あんな感じ。
だからそこに立ち尽くしてたのは特に言いたいことがあったわけじゃなかった。
けど透さんは僕に用事があると思ったみたい。「何?」と突然動きを止めて訊いてきて、僕は慌てて「なんでもない」と両手を振って透さんの部屋の前を通り過ぎた。

自分の部屋に入ってスーツを脱いで、ネクタイを外しながら透さんの部屋側の壁を見る。
この向こうに透さんが……!
きゃあーー!って一人で興奮してワイシャツとパンツと靴下姿でベッドのわんこに飛びついたら、勢い余ってコンクリートの壁に頭をぶつけた。

「痛い……」

今以上に馬鹿になったらどうしよう……ってベッドに斜めに一直線になったまま頭のてっぺんを両手で押さえてたら、「何やってんの」って声が聞こえて──

ハッ!として、反射的に起き上がって壁を見た。そっち側に透さんの部屋があったから。そしたら「どこ見てんの。こっち」って、はっきり音のする方を向いたら閉め忘れたドアから透さんが覗いてた。

「また頭ぶつけたの」
「や、だいじょぶ。えっと?」
「今後の生活についてちょっと話しときたくて。晩飯の後にでも時間取ってくれる」
「あ、うん!あの、やっぱ僕も外で食べようかな?そしたら食べながら話せるし」
「あんた、ただでさえ遅いのに喋ってたら食い終わんの明日になるよ」

う……確かに……
残念~~一緒に食べられるかと思ったのにぃ~……

しょぼんと項垂れた僕を横目に、じゃあまたあとで、と透さんの姿がドアの向こうに消えた。




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