笑顔の向こう側

ゆん

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出会い編

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「二階に上がりますよ~!」

入り口を入ってレジカウンターの横の階段を上がって、掘りごたつ式のお座敷に3つのテーブルをくっつけた列が二列。

「一番奥のテーブルの壁側が至さん、透さん、満さんです。向かいが創業チーム、隣のテーブルは勤続年数2年目の人たちで、手前側は1年、半年さんたちになってます~!」

階段の上から一応アナウンスして、階段の上がり口のところに立って、来る人来る人に席の指示を出す。部屋の中のざわめきが徐々に大きくなって僕の声も大きくなる。

皆さん今のうちにドリンク決めておいてください~~!お料理はセットになってるので、どうしても食べたい物がある人は個別に注文しますので後で僕のところへ!

一段落したら、ファーストドリンクの注文をテーブルごとにメモらなきゃ。あ、トイレの場所も伝えなきゃ。二次会の話は最後でいいよね。

「テンパってんな」

その低い声はそんなに大きくもないのに、僕の耳にははっきり届く。

振り向いたら透さんが階段を上がってきたところで……

うわぁ……改めて、くっきり目に入ってくる。階段のせいで僕と並んでた視線が、ぐん、ぐんと高くなる。

「おつかれさまです!透さんはあの奥のテーブルの、至さんの隣です!」
「声でかすぎ」

嫌そうな顔も好きだもんね。もう、ダメダメだ。靴を脱いで座敷の奥へ進んでく後ろ姿をいつまでも目で追っちゃう。

満さんと、遅れてる三瀬さんを除いた全員が席に着いたら、各テーブルを回ってファーストドリンクの注文を取る。至さん、ビール、透さん、ビール、水戸さん、ウーロン茶、金塚さん、ビール──字を書くのもあんまり早くないから、モタモタしてしまう。

そしたら突然金塚さんが立ち上がって──

「ビールは全体量見て瓶で頼んで、ビール以外を各テーブルでメモれば?運んだあとは自分で取ってもらったらいいし」

なるほど!と感心してる僕に、金塚さんはスマホを取り出して、「ぼくは向こうの端から聞いてくるから」って……えぇ~!すごい助かる!金塚さん、どうして急に優しくなったんだろ、と思いながら、金塚さんの言う通りにメモっていった。

僕のやり方に比べてだいぶ早くて、店員さんが運んできてくれたものをせっせと各テーブルに運んで。それから至さんの挨拶、乾杯。

僕は階段近くの端っこの席でウーロン茶のコップを高く上げた。お酒は嫌いじゃないけど弱くてヘロヘロになっちゃうから、幹事の今日はノンアルコールで。





楽しそうにお喋りしながらワイワイ飲んでる人達を見ながら、誰か注文したそうにしてないか、グラスが空いてないか、困った顔の人がいないか、常に気にしてウロウロする。

「松崎さん、レモンサワーお願いします」
「あ、俺ハイボール!」
「すみませーん!チューリップの唐揚げ別注で!」
「留丸くん、私の梅酒が来ないんだけどー?」

みんながすごい勢いで言ってくるから、「待って、えっと、レモンサワー、ハイボール……」って、すぐに処理できなくてアワアワする。

店員さんに注文しながら、楽しそうなみんなの様子を見てなんだか嬉しくなる。役に立ててる感じがして……だから幹事は得意じゃないけど嫌いじゃない。

間もなくやってきたドリンクを頼んだ人に渡して、別注の唐揚げもお届けして。行方不明だった梅酒は他の人が飲んじゃってたから改めて注文し直して、渡して。そうこうしてたら、「おい」って耳に特別な音がざわざわ盛り上がるおしゃべりの中に聞こえた。

振り向いたら、やっぱり透さん。

「あ、注文!?」
「トイレ。あんた、全然食ってないだろ。ちょっとの間誰かに変わってもらったら」
「大丈夫!おなかすいてないし、変わってもらっても気になっちゃうし」
「よりによってなんであんたが幹事なの。適任なら他にいくらでもいそうだけど」

透さんは不機嫌そうに言って、トイレのある階下に降りていった。

ちょっとだけ胸がズキンとした。やっぱり、金塚さんとかみたいに手際よく動ける人が幹事をした方がいいよね。透さんは優しいからきっと僕のどんくさい幹事っぷりが気になってイライラするんだろう。

僕はみんなのために動くことが嬉しいけど、でもそれと上手にこなせることは全然別問題だから……

でも幹事に落ち込んでる暇はない。しょんぼりした気持ちを胸の奥に押し込んで右に、左に──慌ててコップをひっくり返して注文取り直したり、台拭きをもらって拭いて、拭いてる手が別のコップに当たって零れてまた拭いて……って、相変わらず余計な仕事を増やしながらせっせと動いてた。

そしてそれはお開きの時間まであと30分を切った頃──ちょっとトイレに行きたくなって、後輩の子にその間のことを頼んで階段を降りかけた時だった。

階下から上がってくる人から感じた体の震えを呼ぶ圧……アルファだ、と思った時にはその人がこっちを見上げて……すぐに分かった。彼が、満さんだって。



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