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出会い編
幹事!
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終業後の僕は大忙し。
なにしろ、経理の三瀬さんと一緒に飲み会の幹事を任されていたのに、何も今日じゃなくてもいいのに経理のシステムエラーが起きて今SEさんに来てもらってるとこで。つまり三瀬さんが合流出来るまで僕ひとりでやんなきゃなんないってことで。
だから皆で電車で移動して毎朝毎夕見てきた新しい事務所の中に初めて入れた感動を味わった後は、飲み会の段取りをぐるぐる考えてた。
お店までの道順はばっちり……席は決めてあるし、一名追加もちゃんと伝えたし……飲み放題付きのコースだから注文はファーストドリンクだけ気をつけたらいいよね。メモ帳持ったし。ペンもあるし……二次会の店の候補もばっちり……
なにしろ幹事はあんまり得意じゃないから緊張する。ほんとは新人くんが幹事のはずだったんだけど、どうしても苦手だって泣きつかれて仕方なく……
「──以上です。月曜日の引っ越し、頑張りましょう。ではこれから飲み会会場に移動です。留丸くんが案内してくれるから、みんなついていってね」
波野さんが設備と引っ越しの流れについて説明した後にみんなにそう言うと、室内は軽い緊張から解放されて静かにざわめいた。
さあ、ここからが僕の出番!
「じゃあ移動しますよ~!駅の近くですので、歩いて7、8分で~す!」
玄関のガラス戸を大きく開け放って止めると、三々五々、おしゃべりをしながら付いてくるみんなを先導して事務所を出た。雨は一時的に上がってるみたいで、見上げればどんよりと灰色の雲が、ビルに覆い被さってた。
いつも通ってる道。いつも目にする電信柱の広告。誰かが落とした片方だけの靴。まだまだ明るい路地を、色とりどりの畳んだ傘を手に総勢24名の『ダブダブ』ご一行様が行く。
「ねぇねぇ松崎くん」
突然僕の真横に来た下村さんが「金塚さんの席ってどうなってる?」とひそひそ声で訊いてきた。
「えっと、下村さんとはちょっと離れてますね。勤続年数順なので」
それが訊きたいんだと思って言ったのに、下村さんは冷めた目になって「そうじゃないでしょ」と不満そうに返してきた。
「鈍いなあ。透さんだよ、透さん!透さんの近くにしてあげてる?」
「えっと……あ、そうですね。一番奥が至さん、透さん、満さんの席だから同じテーブルです」
「あっそう。ならいいや。今日落ち込んでるから挽回させてあげたいの。二次会もよろしく」
そう言って下村さんは、さぁっと後ろに下がっていった。
そっか……飲み会、色々話をするチャンスだもんね。僕は幹事だから入り口付近で全体を見てないといけないし、透さんとおしゃべりは無理だなぁ……残念。
でも……逢えるだけでいい。見られるだけで。今日はお昼と夜で二回も逢える。ラッキーだ。
今日もかっこよかったな。綺麗なブルーのスーツ、優しいサックスブルーのシャツにエンジのネクタイ。スタイリング剤でざっと固められた短髪も、光を弾く黒い眼鏡のフレームも、キラキラして見える。あ、それは僕の目のせいか。
お酒を飲んでるところは見たことないな。強そうだなあ。何が好きなんだろう。ビール?ワイン?ウイスキー、焼酎……あの家の冷蔵庫には水しか入ってなかったけど。
ラーメン屋に一緒に行った時も、ビールの注文はしてなかったなぁ。
僕が食べるの遅いのを見て「なんでそんなに遅いの」って言われた声が甦る。特に急かすわけでもない、ちょっとだけ皮肉っぽいいつもの言い方。
「ごめんね、急ぐから」
一生懸命もぐもぐしてたら「急がなくていい」ってスマホを見てた目をじろりと上げて、それからまたディスプレイに目を戻した。
「ほんと学習しないね。急ぐ、慌てる、はあんたの鬼門。ろくなことがないから覚えろ。まぁ伸びたラーメンを食われる店主は気の毒だけど」
そんな言い方で、ちっともイライラしないで待ってくれたっけ……──
ああ、また頭の中が透さんでいっぱいになってる。
水たまりにぱしゃん、と踏み込んではっとする。
靴下が濡れた~~……気持ち悪い……
停車している電車が見えるほど駅に近づくと、間もなく予約をしてる居酒屋の赤い袖看板が見えてきた。
その時店の前に見覚えのある車が停まったと思ったら駒井さんので、開いたドアから降りてきたのは至さんで──
「おつかれさまです!」
「お、ちょうど良かったね」
至さんの優しい微笑みに、ふわっと気持ちが軽くなる。
透さんを好きになってから、対比するように至さんへの気持ちがひたすら穏やかで温かいものになってる。
僕を救ってくれたこの人の役に立ちたいという気持ちは変わらず持ち続けたまま。
なにしろ、経理の三瀬さんと一緒に飲み会の幹事を任されていたのに、何も今日じゃなくてもいいのに経理のシステムエラーが起きて今SEさんに来てもらってるとこで。つまり三瀬さんが合流出来るまで僕ひとりでやんなきゃなんないってことで。
だから皆で電車で移動して毎朝毎夕見てきた新しい事務所の中に初めて入れた感動を味わった後は、飲み会の段取りをぐるぐる考えてた。
お店までの道順はばっちり……席は決めてあるし、一名追加もちゃんと伝えたし……飲み放題付きのコースだから注文はファーストドリンクだけ気をつけたらいいよね。メモ帳持ったし。ペンもあるし……二次会の店の候補もばっちり……
なにしろ幹事はあんまり得意じゃないから緊張する。ほんとは新人くんが幹事のはずだったんだけど、どうしても苦手だって泣きつかれて仕方なく……
「──以上です。月曜日の引っ越し、頑張りましょう。ではこれから飲み会会場に移動です。留丸くんが案内してくれるから、みんなついていってね」
波野さんが設備と引っ越しの流れについて説明した後にみんなにそう言うと、室内は軽い緊張から解放されて静かにざわめいた。
さあ、ここからが僕の出番!
「じゃあ移動しますよ~!駅の近くですので、歩いて7、8分で~す!」
玄関のガラス戸を大きく開け放って止めると、三々五々、おしゃべりをしながら付いてくるみんなを先導して事務所を出た。雨は一時的に上がってるみたいで、見上げればどんよりと灰色の雲が、ビルに覆い被さってた。
いつも通ってる道。いつも目にする電信柱の広告。誰かが落とした片方だけの靴。まだまだ明るい路地を、色とりどりの畳んだ傘を手に総勢24名の『ダブダブ』ご一行様が行く。
「ねぇねぇ松崎くん」
突然僕の真横に来た下村さんが「金塚さんの席ってどうなってる?」とひそひそ声で訊いてきた。
「えっと、下村さんとはちょっと離れてますね。勤続年数順なので」
それが訊きたいんだと思って言ったのに、下村さんは冷めた目になって「そうじゃないでしょ」と不満そうに返してきた。
「鈍いなあ。透さんだよ、透さん!透さんの近くにしてあげてる?」
「えっと……あ、そうですね。一番奥が至さん、透さん、満さんの席だから同じテーブルです」
「あっそう。ならいいや。今日落ち込んでるから挽回させてあげたいの。二次会もよろしく」
そう言って下村さんは、さぁっと後ろに下がっていった。
そっか……飲み会、色々話をするチャンスだもんね。僕は幹事だから入り口付近で全体を見てないといけないし、透さんとおしゃべりは無理だなぁ……残念。
でも……逢えるだけでいい。見られるだけで。今日はお昼と夜で二回も逢える。ラッキーだ。
今日もかっこよかったな。綺麗なブルーのスーツ、優しいサックスブルーのシャツにエンジのネクタイ。スタイリング剤でざっと固められた短髪も、光を弾く黒い眼鏡のフレームも、キラキラして見える。あ、それは僕の目のせいか。
お酒を飲んでるところは見たことないな。強そうだなあ。何が好きなんだろう。ビール?ワイン?ウイスキー、焼酎……あの家の冷蔵庫には水しか入ってなかったけど。
ラーメン屋に一緒に行った時も、ビールの注文はしてなかったなぁ。
僕が食べるの遅いのを見て「なんでそんなに遅いの」って言われた声が甦る。特に急かすわけでもない、ちょっとだけ皮肉っぽいいつもの言い方。
「ごめんね、急ぐから」
一生懸命もぐもぐしてたら「急がなくていい」ってスマホを見てた目をじろりと上げて、それからまたディスプレイに目を戻した。
「ほんと学習しないね。急ぐ、慌てる、はあんたの鬼門。ろくなことがないから覚えろ。まぁ伸びたラーメンを食われる店主は気の毒だけど」
そんな言い方で、ちっともイライラしないで待ってくれたっけ……──
ああ、また頭の中が透さんでいっぱいになってる。
水たまりにぱしゃん、と踏み込んではっとする。
靴下が濡れた~~……気持ち悪い……
停車している電車が見えるほど駅に近づくと、間もなく予約をしてる居酒屋の赤い袖看板が見えてきた。
その時店の前に見覚えのある車が停まったと思ったら駒井さんので、開いたドアから降りてきたのは至さんで──
「おつかれさまです!」
「お、ちょうど良かったね」
至さんの優しい微笑みに、ふわっと気持ちが軽くなる。
透さんを好きになってから、対比するように至さんへの気持ちがひたすら穏やかで温かいものになってる。
僕を救ってくれたこの人の役に立ちたいという気持ちは変わらず持ち続けたまま。
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