笑顔の向こう側

ゆん

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出会い編

ハプニング

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次の日の午後、迎えの予定時刻に透さんから連絡を受けた僕は、電話応対や品物の発送準備で忙しくしてる同僚に挨拶をして会社を出た。

今から緊張の数時間……だけど今日は直帰の予定だから、頑張ったらあとは家に帰れると思って気合いを入れた。

ビルの地下駐車場に降りていくと、教えられた場所に白い軽自動車が停まってた。別に天井に頭がついてるとかじゃないんだけど、透さんに軽自動車の組み合わせはなんとなく窮屈そうに見える。

「こんにちは!お迎えありがとうございます」

助手席に乗ろうとしたらそこには透さんのらしきカバンが置いてあって、僕は慌ててドアを閉めて後部座席に乗り込んだ。

「すみません。失礼しました」
「いえ。これから30分ほどで着きますので」

透さんが前を向いたままそう言って車を発進させると、気詰まりなドライブの始まり。

トンネルを抜けるように地下からビルの外へ出ると、ザァッと一気に雨に包まれる。朝の通勤時は雲が多いくらいだった空は、どんより重くなってまだまだ止みそうにない本降りだった。

雨が打ち付ける音とワイパーがガラスを行き来する音が、沈黙を和らげてくれる。

それはなかなか悪くなかった。

透さんの運転は意外にも優しくて、速度やハンドルさばきからは僕を緊張させるあの迫力は伝わってこない。

彼の相変わらずカッチリ決めたおしゃれな姿を斜め後ろから眺めながら、僕は少しだけ力を抜いて、それでも彼がいつ話し出してもいいように身構えてた。はずだったのに……そのまま30分。

車が停まる揺れでハッと瞼を上げた僕は、その時になって自分が寝てたことに気付いた。

あれっいつの間に?眠いなって思いはしたけど、ほんとに寝ちゃってたなんて……

「すみません……居眠りしてしまって……」

移動中とはいえ仕事時間には違いないのに。

どんな侮蔑の言葉を投げかけてくるかと身を縮めてたら、「いいんじゃないですか。図太くて」って……本気?嫌味?迷いながら曖昧に笑う僕を残して、透さんは傘をさして車を降りた。

良かった……怒られなかった……と思ったら、それどころじゃない。傘!傘持ってないじゃん、僕!!

仕方ない、事務所はすぐそこだしかばんを胸に抱えてダッシュするしか……!

ドアを開けて、閉めて、カバンが濡れないように体を丸めて、雨の中をダーッシュ!って駆け出したら砂利で滑ってズシャーッってマンガみたいにこけた。

痛い……!恥ずかしい……!!





「何やってんの……」

透さんの呆れたような声が降って来て、もう穴があったら入りたい状態で上を向いたら、僕に傘をさしかけた彼が手を差し伸べてくれてて。

「いやっあのっすみません、濡れてますのでっ」
「見りゃ分かる。へんなこけ方したけど、立てるの」
「滑っただけなので大丈……痛っ……」

立とうとしたら、全然大丈夫じゃなかった。こけたときに地面に膝をしたたかにぶつけたのが当たりどころが悪かったのか、力を入れるとメチャクチャ痛い。

透さんはやっぱりな、という顔をしてため息をつき、もう一度僕に手を差し伸べた。

「ほら。手」
「すみません……」

手は濡れてるし汚れてるし申し訳なかったけど、いつまでもこうしてるわけにもいかない。

仕方なく手の平を自分の服でゴシゴシ拭いて透さんの手に乗せて……ぎゅっと握られて、どきんとした。あったかくて大きな手。冷たい印象だからって手まで冷たいとは限らないのに、勝手に決めつけてたみたいだ。

その手を支えにやっと立ち上がったら、スーツの前面が濡れて汚れて悲惨な状態だった。

もー何やってんだろ……今から仕事なのに、大迷惑かけてる……

しかし、痛い。マジで、痛い。恥ずかしさが収まったらズッキンズッキン痛さが増して来た。足をつくことが出来なくてケンケンしようとしたら、透さんが「歩きにくい。肩につかまれ」と言って背を屈めて僕の腰を抱き寄せた。

「ぬ、濡れますよ!汚れ──」
「もう濡れてる。早くしろ」

有無を言わさない声に急かされて、肩へ手を伸ばす。人と密着するのが久し振り過ぎて、変にどきどきしてる。そんな自分にバカ!って喝を入れる。こんな迷惑かけてどきどきとか言ってる場合か!って。

透さんが腰を掬い上げるように支えてくれてるお陰で痛い方に力を入れずに歩けて、そのままなんとか事務所の入り口に辿り着く。

黒い鉄枠の押戸のガラスには『MICHIRU DESIGN OFFICE』の飾り文字。

傘を畳んだ透さんと中へ入ると、そこにはまるでカフェのようなおしゃれな空間が……

「事務所は上だから。ここに座って待ってろ」

透さんは僕を近くの椅子に座らせると、入口のすぐ前からのびる黒い鉄階段を身軽に駆け上って行った。



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