笑顔の向こう側

ゆん

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出会い編

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どれが好きって言われても困る。だって本当にどれも好きなんだ。

「えっと……ほんとにどれも良くて……」
「どれも良いというのは、どれでも良い、ひいてはどうでもいいということなんですよ。どれか選ぶなら?」
「え、えっと……どれか……」

なんでこんな問い詰められてるの?今決定するわけじゃないし、案をたたき台にしていろいろ検討してって言ったのは透さんなのに。

僕は選ぶのが苦手だ。どれかを選ぶということは他を捨てるということだから。

結果的にどれかを選ばなければいけないって場面は沢山あるんだけど、だからこそ僕は周りの決定に従ってきた。誰かが選んでくれたら、僕は捨てなくて済むから。

「透。どうしてそんなことを訊くの。個人的な話は後にしてくれないかな」
「こんな簡単な質問に即答できないのもどうかと思いますが、分かりました。松崎さん、もう結構です」
「あっす、すみません」

至さんの助け舟に感謝しながら、ちらっと透さんを伺う。スタイリング剤でざっと固めた短髪と頭の良さそうな額が目に飛び込んで、その下にある眼鏡の奥の目がこっちを見たらと思うと怖くてすぐに俯いた。

波野さんや三瀬さんと話しているのを見ても特別愛想がいいわけじゃないんだけど、僕に向けられるあの目線にはそれとは違った冷たさがある気がする。

なんとなく覚えがあるんだ。

それは多分、嫌悪と蔑み。過去に出会ったアルファの男性の中には明らかにオメガを嫌っている人も少なくなかったし、まるで憎むように抱かれることなんて珍しくなかった。

透さんの目の中にそれと完全一致するものを感じたわけじゃないけど、少なくとも好意的じゃないのは確かだ。

でもこの会議さえ終われば、こうして透さんに会うこともないだろう。あとちょっとの我慢……そう思って時が過ぎるのを待ってたのに、会議が終わって至さんに呼び止められて──

「松崎くん。今後、新事務所改装の件は君を中心に話を進めてもらいたいと思ってるんだけど、どうかな」
「えっ僕……ですか」
「うん。もちろん要所要所で僕も加わるけど」

内心ぎょっとしつつ、分かりました、と頷いた。だってそんなの……断れるわけない。僕にそんな選択権はないし、あったとしても至さんのお願いを断りたくないし。

仕事はどんなことでも全力を尽くしたいと思ってるし、嫌とかじゃ全然ない。だけど問題は──

「そういうわけだから、透。態度改めてね。お前、怖いよ」

僕の心を読んだように至さんが気持ちを代弁してくれる。

まったくその通り。見上げるくらい身長差があるし、笑顔もないし、目力強いし、話し方もきついし、ほんと怖い。

ちょっと待って、よく考えたら至さんの弟ってことは確実に年下じゃん。それなのにこの圧。信じられない。

「改める要素に心当たりがありません」
「もう少しにこやかに出来るだろ」
「仕事には関係ないと思いますが」
「円滑な人間関係を築くことは仕事に関係あるだろ。松崎くん、申し訳ないけどよろしく頼むね。こんなだけど、悪いやつじゃないんだよ」

いえ、そんな、ははは……そうだよね、至さんの弟さんなんだから悪い人じゃ……

「私がどういう人間かは仕事をもってのみ判断して頂きたい。では、次の打ち合わせについてはまた後日」

透さんは会釈をして、身を翻した。天井の蛍光灯の光を眼鏡の縁がきらりと弾いて、鋭利な印象を僕に残す。

新しい事務所の行く末があの人とのやりとりの果てにあると思うと、ずしっと肩が重くなる。がんばんなきゃ、だけど……怖いよ……

至さんは「ほんと、ごめんね」と謝り、苦笑した。

「ほんとは優しいやつなんだけど、ちょっと偏屈でね。あいつが松崎くんの苦手なタイプだってのは分かってるんだけど、みんなを気にかけてよく知ってくれてる松崎くんがこの仕事には適任だと思うし、古株さんたちはちょっと別の問題があって、ね」

言い淀んだ至さんに目線で先を促すと、後ろにいた秘書の波野さんが「あれだけのいい男ですもの、分かるでしょ?」と綺麗に口紅が塗られた唇をにっと横に引いた。

「創業当時、彼がロゴやらカタログ、リーフレットの装丁を担当してくれたのよ。入口の正面にある絵も彼が描いたもの。だけど関わってたオメガちゃんたちが軒並み惚れちゃってね。透さんはあの通りの人だから何事も起きなかったけど、陰では取り合いとか色々あったのよ。今残ってるのは大人しくしてた人だけ」

「そ、そうなんですか……」
「留丸くんはその辺あっさりしてるし、苦手なら尚更距離を保った付き合いになるでしょうから、そういう意味でも適任だと思うわよ」

波野さんはお先に失礼します、と微笑んで僕と至さんに会釈をし、書類を抱えて部屋を出ていった。

なんか色んな情報で頭がごしゃごしゃしてる。ロゴ?入口の絵??あれをあの人が?

ダブダブうち』のロゴはパステル調のほわんとした六色の玉が重なり合ってひとつの円になって、その上に金の羽が箔押しされた可愛いもの。

入口の絵はロゴを発展させたような天使の、同じくパステルカラーの可愛らしい絵だった。

言われて想像しても、どう頑張っても、透さんとぜんぜん結びつかない。




 
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