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第一部
bye-bye my dear
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僕はふらふらと鉄階段を上った。足の感覚が遠い。ひどく息が切れて、手すりに縋るように進んだ。
透にあれを見られたら、僕は生きていられない。
いや、本当はとっくに死んでたんだ。死んだのを忘れて透と生きている夢を見てた。
僕は夜に生きるために生まれ、夜の中に死んだんだ。
日の光に憧れた夜の世界の化け物が焼かれて灰になるように、僕は光の体を失って、今、本当の現実というものを取り戻した。
自分の部屋に入り、一番大きなカバンを取り出した。
透が選んでくれた服を仕舞い、机の引き出しからこれまで透が書いてくれたメモやイラストの紙を挟んだクリアファイルを取り出してそれもカバンに入れた。
透が似合うと言ってくれたアイボリーのマフラーも。透が僕を想って描いてくれた油絵も。
僕から奪って被って、「あんた頭でかいな」と透がふざけて笑った帽子……
思い出がほろほろ零れて、いつの間にか泣いている。
腕に涙を吸わせて、カンバスを入れたせいで変にまっすぐな所のあるカバンのチャックを締めた。
レポート用紙を出して辞表を書き、封筒に入れる。
もう一枚の紙に透への手紙を書こうとして……涙で歪んで何も見えないから、それを拭って「ありがとう。さようなら」だけをやっと書いて、机の上に残した。
カバンを掴んで部屋を出た。
透の部屋のドアの前で立ち止まり、また涙を拭ってそっとドアを開けた。
大好きな透の匂い。
ふらふらと部屋の中に入りクローゼットを開けて、普段透がよく着てるTシャツを一枚掴み出し、くん、とその匂いを吸い込んだ。
「ごめんね……1枚だけ、ちょうだい……」
そこにいない透に謝ってそれをもう一度チャックを開けたカバンに仕舞い、部屋を出た。
振り向くと涙がまた溢れるからまっすぐ前を向いたままリビングを突っ切り、靴を履いて玄関のドアを開けて、そしてもう二度と聞くことはないだろう鉄階段の音を耳に刻み付けるように、ゆっくりと下に降りた。
入口のドアハンドルに手をかけ、我慢できずに振り返る。
透のアトリエ──僕たちの始まり。
透……
透……透……!
大好き……大好きだよ……!
思い出すのは彼の低い声……ちょっと意地悪な笑顔……でも同時にさっき見たばかりのあの動画を生々しく思い出して、吐きそうになった。
汚い……汚い、汚い……汚い……!!
頭を振り、勢いよくドアを開けて外に出た。黒い車の中の谷光さんがこっちを見ている。
僕は鍵を締めて、見上げた。僕の夢のすべてを。
振り切るように背を向けて、早足で歩いた。家から遠ざかるごとに、自分が消えていくようだった。
会社の前に来た時、まだ2階に電気が付いているのが分かった。
そこに至さんがいる。
僕は辞表をポストに入れ、深々と頭を下げた。
至さん。迷惑を掛けます。ごめんなさい。ありがとうございました。本当にありがとうございました。2年とちょっと、僕は夢のような暮らしをすることが出来ました。恩返しが出来なくて本当にごめんなさい。それだけが心残りです……
カバンの持ち手を強く握り、『ダブダブ』に背を向ける。そしてここからは見えない満さんの会社の方へ目をやって──それから、歩き出した。
誰の目にも映らない存在になりたくて背を丸め、真下だけを目に映してただ歩いた。
行先なんてなかった。
どこでも良かった。誰も僕を知らない所なら──
透にあれを見られたら、僕は生きていられない。
いや、本当はとっくに死んでたんだ。死んだのを忘れて透と生きている夢を見てた。
僕は夜に生きるために生まれ、夜の中に死んだんだ。
日の光に憧れた夜の世界の化け物が焼かれて灰になるように、僕は光の体を失って、今、本当の現実というものを取り戻した。
自分の部屋に入り、一番大きなカバンを取り出した。
透が選んでくれた服を仕舞い、机の引き出しからこれまで透が書いてくれたメモやイラストの紙を挟んだクリアファイルを取り出してそれもカバンに入れた。
透が似合うと言ってくれたアイボリーのマフラーも。透が僕を想って描いてくれた油絵も。
僕から奪って被って、「あんた頭でかいな」と透がふざけて笑った帽子……
思い出がほろほろ零れて、いつの間にか泣いている。
腕に涙を吸わせて、カンバスを入れたせいで変にまっすぐな所のあるカバンのチャックを締めた。
レポート用紙を出して辞表を書き、封筒に入れる。
もう一枚の紙に透への手紙を書こうとして……涙で歪んで何も見えないから、それを拭って「ありがとう。さようなら」だけをやっと書いて、机の上に残した。
カバンを掴んで部屋を出た。
透の部屋のドアの前で立ち止まり、また涙を拭ってそっとドアを開けた。
大好きな透の匂い。
ふらふらと部屋の中に入りクローゼットを開けて、普段透がよく着てるTシャツを一枚掴み出し、くん、とその匂いを吸い込んだ。
「ごめんね……1枚だけ、ちょうだい……」
そこにいない透に謝ってそれをもう一度チャックを開けたカバンに仕舞い、部屋を出た。
振り向くと涙がまた溢れるからまっすぐ前を向いたままリビングを突っ切り、靴を履いて玄関のドアを開けて、そしてもう二度と聞くことはないだろう鉄階段の音を耳に刻み付けるように、ゆっくりと下に降りた。
入口のドアハンドルに手をかけ、我慢できずに振り返る。
透のアトリエ──僕たちの始まり。
透……
透……透……!
大好き……大好きだよ……!
思い出すのは彼の低い声……ちょっと意地悪な笑顔……でも同時にさっき見たばかりのあの動画を生々しく思い出して、吐きそうになった。
汚い……汚い、汚い……汚い……!!
頭を振り、勢いよくドアを開けて外に出た。黒い車の中の谷光さんがこっちを見ている。
僕は鍵を締めて、見上げた。僕の夢のすべてを。
振り切るように背を向けて、早足で歩いた。家から遠ざかるごとに、自分が消えていくようだった。
会社の前に来た時、まだ2階に電気が付いているのが分かった。
そこに至さんがいる。
僕は辞表をポストに入れ、深々と頭を下げた。
至さん。迷惑を掛けます。ごめんなさい。ありがとうございました。本当にありがとうございました。2年とちょっと、僕は夢のような暮らしをすることが出来ました。恩返しが出来なくて本当にごめんなさい。それだけが心残りです……
カバンの持ち手を強く握り、『ダブダブ』に背を向ける。そしてここからは見えない満さんの会社の方へ目をやって──それから、歩き出した。
誰の目にも映らない存在になりたくて背を丸め、真下だけを目に映してただ歩いた。
行先なんてなかった。
どこでも良かった。誰も僕を知らない所なら──
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