DEKOBOKO

ゆん

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疑似デート

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 経験上、日曜日は朝いちばんが空いてると思ってたけど、今日は映画館の入り口前のスペースにすでに数組の親子連れが並んでいた。絨毯張りのフロアに寝っ転がってる男の子、喧嘩を始める姉弟、𠮟りつけるお母さん、順番待ちしとくからこの子トイレに連れてってきて!と命令されてるお父さん。騒然としてる。その中にひとり並んでる俺、ちょー浮いてる。
 ほんとは並ばずにコーナーの入り口で待ってるつもりだったのに、列が出来て更に長くなっていくのを見てたら並ばずにはいられなくなってしまった。先に並んでます、と連絡しようとして、連絡先を交換してなかったことを思い出した。けど……聞かれても困ることにすぐ気づく。だってSNS系は確実に身バレするし……
 案外電話番号がいいかも?仲いい友達とはLIMEで話すから電話番号は教えてないし。SNSはやってないってことにして、ショートメールでやりとりすれば……

「ごめん、待たせた」

 間近でした低い声にハッとして振り向くと、グレーに黒のボーダーのロンTにデニム姿の船岡が、毎度毎度のデカい存在感でそこに立っていた。俺が首を振って笑うと、船岡が上気を抑えてるような顔をする。俺が可愛いせいだろ。絶対そーだろ。目ぇ見りゃ分かる。
 ふふん……本日の俺のコーデはベージュのパーカーにオフホワイトのプリーツスカート、紺と白のローカットスニーカー。引きで見りゃ、かなりお似合いのカップルなんじゃん?並んでるのが子供向けアニメの列じゃなきゃ、なんの違和感もない。

『もう列が出来てたから、焦って並んじゃった』
「うん。そうかなって思った。連絡先聞き忘れてたよな。俺、イムスタもツイもやってねぇから、メアドか電話番号かLIMEか……教えてくれる?」

 LIME以外の候補があったことにホッとしながら電話番号を聞き、こっちから電話をかけてワン切りした。アドレスに船岡航平の名前を打ち込んでる俺の横で、船岡もスマホに登録してくれてる手付き。後ろにも親子連れが並び始めて俺たちの異質感はより強くなったけど、船岡は一切気にしていない様子だった。

『恥ずかしくない?』

 周りをチラチラ見ながらスマホで訊ねると、船岡は一瞬何を訊かれたか分からない顔をして、やがて思い当たったように「いや、全然」と小さく笑った。

「大体、真奈美さんだってひとりで見に来るつもりだったんだろ?結構根性入ってるよな」
『そりゃあもう。ムーンのためなら』
「はは 説得力ある」

 昨日よりも少しくだけた印象の船岡は、更にイケメンだ。いや……イケメンって言葉は軽くてなんとなく似合わない。日本男児とか。サムライ……とか。うん。そんな感じ。自分でつけたコピーがピッタリすぎて思わずふ、と吹き出す。

「……何?」

俺が笑った理由を訊いてくる船岡。俺に返事を促しながら、少し首を傾げて背中を丸めてる。

『船岡くんって、サムライみたいだと思って』
「サムライ?鋭い。俺、ずっと剣道やってるよ」
『そうなの?部活?』

 部活には入ってないのを知ってたけど、あえて聞いた。俺はあなたを知ってる宝田じゃありませんっていう地味な裏工作。

「いや、じいちゃんが剣道教えててさ。小さい頃から習ってる」

 おお。なんか、っぽい。道場とかで習ってそう。こんなデカいのが竹刀をぶんっと振り降ろして「面!」とか……頭割れそう。こわ。
 その時、追いかけっこをしてた年長さんくらいの男の子が前を見ずにこっちに走ってきて俺に思いっきりどーん!とぶつかった。よく声出さなかったな、と思う。よろけた俺を船岡が抱きとめてくれて……

「大丈夫?」

 どきん、とか。うぉい!少女漫画か!こくこく頷いて船岡の腕の中から慌てて逃れる。俺にぶつかって尻もちを付いた子は俺よりビックリしてて、船岡の顔を見上げるなり泣き出してしまった。
 そりゃそうだろう。同級の俺らから見てもデカいんだから、この子から見たら怪獣に等しい。俺が助け起こして頭を撫でると目をパチクリさせて泣きやみ、そのうちお母さんが駆け寄ってきてペコペコ謝って向こうへ行ってしまった。

『船岡くんの顔が怖いから泣いちゃった』

 冗談ぽく笑いながらスマホを見せたら、船岡はほんの少し笑い返して、すぐに「航平って呼んでくれていいよ」と頬っぺたを指先で軽く掻いた。

「俺も下の名前で呼んでるし。良かったら」

 照れくさそうな顔にこっちも恥ずかしくなってウンウンと頷いた。なんだよこの甘酸っぱい空気。いや、船岡は俺を俺と知らないからしょうがないんだけど!にしたって、俺が船岡を「航平クン(はぁと)」とかって……ちょー恥ずいんですけど!!



 やっと開場時間になって指定された席に着くと、船岡が「なんかいる?」と訊いてきた。映画のお供と言えばポップコーンにコーラ。いつもの映画なら、迷わず頼む。でもソルジャームーンは別格だ。

『映画に集中したいから』

 ぐっと拳を握って真顔でノーの意思表示。それを見た船岡は一瞬唖然として、それから肩を揺らして笑った。

「すげぇ。本気だな」
『当たり前』

 船岡はすごく楽しそうだ。俺はソルジャームーンを好きな俺をこんなに好意的に受け入れてもらうこと自体が家族以外じゃ初めてで、もちろん映画だってこれ系のはガキの頃以外は他人と来たことなんかなくて、こんな自然な自分でいられるのは本当に嬉しい。
 女装が自然な自分ってのも変だけど……少なくとも俺の中では誰の目も気にすることなく思ったままを表現出来るという意味では、むしろこの状態が一番楽だった。
 館内が暗くなって盗撮の注意喚起や映画の予告が始まると、船岡は腰を前へずらして背をかがめ、窮屈そうに座った。どうやら後ろに座ってる人達への配慮らしい。なんだよ……めっちゃ良い奴……背が高いって大変なとこもあるな。だからって背が低くて良かった!とはならないけどな。
 映画が始まるともう船岡のことは忘れてしまって、時々どこかで騒ぐ子供の声に引き戻されることはあったけど、概ね集中してトリップ出来た。俺の好きな世界、俺の好きなキャラ。一緒に楽しんでくれる友達。最高じゃん。

 明るくなって館内が一気にザワついても、頭の大半はまだ向こうの世界に行ってる感じで、時々こっちを振り向きながら先導するように座席の間を歩いていく船岡の長い脚にぼんやりついて行っていた。

「飯。どこ行こっか」

 客がばらけた映画館の出口付近で船岡が俺を振り返った。それに答えようとカバンの中のスマホを握った時、別のスクリーンの出口から出てきた中学生くらいの男子集団が映画の感想かなんかの盛り上がりで膨らんでぶつかりそうになった。その後は本当に1、2秒の出来事。船岡が俺とその集団の間に体を割り込ませて俺をかばい、こけない様に肩を抱いてその集団から離した。
 思わずありがとう、と声に出そうになる。でも喋れない設定をすぐに思い出してぐっと堪え、代わりに船岡を見上げてにこっと表情でお礼を言った。船岡は照れたように目を逸らして、すぐに肩から手をどけた。なんだよ。イケメン過ぎか。そらモテるわ。モテますわ。船岡さん。女装でコンプレックスから解放されてる俺の脳内は、船岡の株、爆上がりだった。



 そのあと、ちょっとこじゃれたイタリアンで飯を食って、回廊型のモールをうろうろ見てまわって、昨日と同じように駅で別れた。なんか普通にデートじゃん、と頭の片隅にはあったけど 「友達から 」 って言われたことを免罪符にめちゃくちゃ楽しんでた。
 なにしろ船岡はカッコイイし。俺は可愛いし。チラチラ飛んでくる他人の視線が気持ちイイのなんのって……ほら、いわゆる美男美女っての?船岡の場合はデカいってのが多少下駄を履かせてもらってる感じになってるかもだけどさーー美意識高めのオタク目線だと完璧なわけよ。
 それに、単純に一緒にいるのが心地よかったしさ。好かれてる優越感もちょっとは……いやかなりあるかもしんないけど、スマホを通した少しテンポの遅い会話も自然とお互いの距離を近くしたし、感覚が似てるのか、話自体が楽しかったし。
 飯の時とか映画の話で盛り上がって、原作全巻通読してる同世代の友達とソルジャームーンについて話せるって幸せを満喫して、その晩寝るときなんか勝手に顔が笑ってたもんね。
 明日もまた船岡に会える。俺を見てドキドキしてる船岡に。そんなことを考えて……



 付き合いだして(もとい、友達になって)3日目はスマホでの会話にも完全に慣れて、もう随分前から友達だったみたいに打ち解けて話せるようになった。男友達とこんなにくだけて話すのなんて、小学校ぶりくらいだ。
 この身長にコンプレックスを感じるようになってからは勝手に引け目を感じてたし、いつでもどこか突っ張ってたし、女子に(同類と見られて)寄って来られやすい俺の周りには男どもは近づきにくいらしかったし。
 だから……連休明けに登校した時、席についてる船岡にマジふっつーに声を掛けそうになって、寸前に思い留まって勝手にバクバクしてた。
 あっぶねー……!後ろからで良かった……!船岡と話したことがあるのは女の俺で、俺自身はまともに会話したことは皆無なんだ。「船岡、おはよー!」すら、不自然なんだから!

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