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彬光との出逢いは、最低で最高だった。
よく行く居酒屋のテーブル席でたまたま隣り合って、彬光は仕事仲間と3人連れ、俺は当時付き合ってたカレシの誠也と二人きり。向こうは仕事帰りの鳶職らしき白いニッカポッカ姿で楽しそうに盛り上がり、こっちはというと不機嫌そうな誠也とその原因を作った俺っていう重たい空気で思い切り盛り下がってて──
「友達、友達ゆうけど俺知ってんねんで。ユウトとホテル入ってくとこタクマが見たゆうて俺にチクッてきてんから」
俺にそう言われても誠也はブスッとした顔でスマホつついて、もう言い訳もせえへん。ちゅうか、できひんよな。ホンマのことやねんもん。こんなところで話すつもりなかったけど、俺と逢っててもニヤニヤしながずっとスマホいじっとるヤツに 「スマホやめぇや」 って一言言ったらブチ切れて、 「るっさいわ!友達と大事な話してんねん!」 とか言うから俺もよう我慢せんかった。
「慧斗。もうしまいや。こっちかってなぁ、他にいくらでもおんのに付きおうてやってたんやんか!ユウトの方がどんだけ可愛いか。お前その小うるさい性格なんとかせな、一生ひとりやで!」
一瞬まわりの視線がちらほら集まるほどにはデカイ声で叫んで、誠也は立ち上がった。そのまま出て行こうとする背中に 「金!ビールと焼き鳥セットと唐揚げの分!」と怒鳴ったら、ヤツは財布から札を取って俺に投げて店を出て行った。
最悪は最悪やったけど恥ずかしいより怒りが勝ってて、ムッカムカしながら投げられた千円札2枚に手を伸ばした。金をぞんざいに扱うヤツにはロクなことないで!と内心で噛みついてると、隣のテーブル席の客のひとりが自分の足元に落ちた千円札を拾って俺の方へ差し出して来た。
「すんません」
ペコリと頭を下げて受け取る時、相手の捲った袖から覗く前腕の逞しさにドキッとした。マッチョ好きの俺のハートにぎゅんっと食い込む筋肉質な腕。流れで視線を上げたら、前腕に見合った上腕、肩、グレーの作業着の上からでも分かる発達した胸板が目に入って、黒髪短髪、すっきりした和顔の男は、目が合うとほんの少し頭を下げた。
「お騒がせしました」
「いや」
かっこいい兄ちゃんやなぁとは思ったけど、それ以上でも以下でもなかった。ざわめきを取り戻した店内で誠也が残してった分もきっちり平らげなもったいない!と無心に口に詰め込んだ。腹はいっぱいで苦しいし、胸は失恋でぎゅうぎゅうするし。失恋ちゅうたかてもう随分前から冷めきってる関係やったけど、それでもまだ残った誠也への情が雑草の根っこみたいにしつこく気持ちン中にはびこってたみたいで、無理矢理引っこ抜いたら大事なモンまで持ってかれて、楽しかった頃の思い出とかポロポロ零れてきて、ついでに涙も出てきて、みっともねぇって慌てて手でそれを指で拭った。
途中、あまりにも気分が悪うなって、酒が回った足でフラフラしながら店の奥にあるトイレに行った。普段やったら絶対我慢するけど、どうにもこうにも吐き気が収まらへんかった。洋式便座を上げた途端、今飲んで食ったもんを吐き出した。何回も、何回も。途中なぜか誰かに背中を擦られてる感じがしたけど、振り向くこともできひんかった。
吐いたら気分はマシになったけど、虚しさと悲しさは倍増しになった。あんなサイテーなヤツのためにこんなになるのはめっちゃめちゃ不本意やったけど、そんなんゆーたかてどうしようもない。好きやってんや。一応。
泣きながら、トイレットペーパーで便器に飛び散った汚物を拭いた。レバーを引いてそれを流した時、ほんの少しだけすっきりした。
便座と蓋を下げて酔いの回った体でゆらりと振りむくと、そこに人が立ってて驚いた。
「大丈夫か」
隣のテーブルの、金を拾ってくれた兄ちゃんやった。
「すんません~……ちゃんと、拭いたつもりやけどぉ、汚れてるかも……」
兄ちゃんが次使うんやと思って避けようとしたらそうやなくて、結局兄ちゃんは俺があんまり具合悪そうにフラフラ歩いとったから、気にしてついてきてくれて、おまけにゲーゲー吐いとる俺の背中を擦ってくれてたらしい。
「優しいなぁ……今、傷心やから……しみるわぁ……」
もう涙を隠さずにゆうたら、そんな俺をテーブルまで連れ帰った兄ちゃんが自分らの飲みの席に俺を混ぜてくれて、2軒目一緒に回って、おまけに終電がなくなった俺を家に泊めてくれた。
翌朝、早朝に起こされた。残ったアルコールで視界がぐわんぐわんしてた。
「仕事行くから。これ、鍵。集合ポストんとこ、入れといて」
カーキのニッカポッカに、体にフィットした黒い長袖シャツ。年季が入り、汚れた安全靴。手には道具を入れる袋がいっぱい付いた重そうなベルトを持って、もう片方の手にはこれまた使い込まれた黒い布カバンが提げられてる。
「すんません。何から何まで、ありがとさんでした」
「ん」
「あの、俺、北泊慧斗っていいます。兄さんは」
「井草彬光。じゃあ、急ぐんで」
ニコリともしぃひんまま、井草さんは出かけて行った。仕事をする男はかっこいい。ホンマ現金なもんで、ちょっと惚れそうになったもんな。昨日失恋したのに。そんくらいこん時の井草さんはかっこよかった。開けた玄関ドアの向こうの朝の光をバックに、筋肉質な上半身のラインが際立ってて……
それから一泊のお礼にえらい散らかってた部屋を軽く掃除して、流しに入れっぱになってるナベとか食器とか洗って、部屋を出た。4階建て単身者用ワンルームマンションの最上階は見晴らしがよくてベランダに布団を干したったらふっかふかになって気持ち良さそうやったけど、流石にそこまではできひんしな。
それで、終りのはずやった。
よく行く居酒屋のテーブル席でたまたま隣り合って、彬光は仕事仲間と3人連れ、俺は当時付き合ってたカレシの誠也と二人きり。向こうは仕事帰りの鳶職らしき白いニッカポッカ姿で楽しそうに盛り上がり、こっちはというと不機嫌そうな誠也とその原因を作った俺っていう重たい空気で思い切り盛り下がってて──
「友達、友達ゆうけど俺知ってんねんで。ユウトとホテル入ってくとこタクマが見たゆうて俺にチクッてきてんから」
俺にそう言われても誠也はブスッとした顔でスマホつついて、もう言い訳もせえへん。ちゅうか、できひんよな。ホンマのことやねんもん。こんなところで話すつもりなかったけど、俺と逢っててもニヤニヤしながずっとスマホいじっとるヤツに 「スマホやめぇや」 って一言言ったらブチ切れて、 「るっさいわ!友達と大事な話してんねん!」 とか言うから俺もよう我慢せんかった。
「慧斗。もうしまいや。こっちかってなぁ、他にいくらでもおんのに付きおうてやってたんやんか!ユウトの方がどんだけ可愛いか。お前その小うるさい性格なんとかせな、一生ひとりやで!」
一瞬まわりの視線がちらほら集まるほどにはデカイ声で叫んで、誠也は立ち上がった。そのまま出て行こうとする背中に 「金!ビールと焼き鳥セットと唐揚げの分!」と怒鳴ったら、ヤツは財布から札を取って俺に投げて店を出て行った。
最悪は最悪やったけど恥ずかしいより怒りが勝ってて、ムッカムカしながら投げられた千円札2枚に手を伸ばした。金をぞんざいに扱うヤツにはロクなことないで!と内心で噛みついてると、隣のテーブル席の客のひとりが自分の足元に落ちた千円札を拾って俺の方へ差し出して来た。
「すんません」
ペコリと頭を下げて受け取る時、相手の捲った袖から覗く前腕の逞しさにドキッとした。マッチョ好きの俺のハートにぎゅんっと食い込む筋肉質な腕。流れで視線を上げたら、前腕に見合った上腕、肩、グレーの作業着の上からでも分かる発達した胸板が目に入って、黒髪短髪、すっきりした和顔の男は、目が合うとほんの少し頭を下げた。
「お騒がせしました」
「いや」
かっこいい兄ちゃんやなぁとは思ったけど、それ以上でも以下でもなかった。ざわめきを取り戻した店内で誠也が残してった分もきっちり平らげなもったいない!と無心に口に詰め込んだ。腹はいっぱいで苦しいし、胸は失恋でぎゅうぎゅうするし。失恋ちゅうたかてもう随分前から冷めきってる関係やったけど、それでもまだ残った誠也への情が雑草の根っこみたいにしつこく気持ちン中にはびこってたみたいで、無理矢理引っこ抜いたら大事なモンまで持ってかれて、楽しかった頃の思い出とかポロポロ零れてきて、ついでに涙も出てきて、みっともねぇって慌てて手でそれを指で拭った。
途中、あまりにも気分が悪うなって、酒が回った足でフラフラしながら店の奥にあるトイレに行った。普段やったら絶対我慢するけど、どうにもこうにも吐き気が収まらへんかった。洋式便座を上げた途端、今飲んで食ったもんを吐き出した。何回も、何回も。途中なぜか誰かに背中を擦られてる感じがしたけど、振り向くこともできひんかった。
吐いたら気分はマシになったけど、虚しさと悲しさは倍増しになった。あんなサイテーなヤツのためにこんなになるのはめっちゃめちゃ不本意やったけど、そんなんゆーたかてどうしようもない。好きやってんや。一応。
泣きながら、トイレットペーパーで便器に飛び散った汚物を拭いた。レバーを引いてそれを流した時、ほんの少しだけすっきりした。
便座と蓋を下げて酔いの回った体でゆらりと振りむくと、そこに人が立ってて驚いた。
「大丈夫か」
隣のテーブルの、金を拾ってくれた兄ちゃんやった。
「すんません~……ちゃんと、拭いたつもりやけどぉ、汚れてるかも……」
兄ちゃんが次使うんやと思って避けようとしたらそうやなくて、結局兄ちゃんは俺があんまり具合悪そうにフラフラ歩いとったから、気にしてついてきてくれて、おまけにゲーゲー吐いとる俺の背中を擦ってくれてたらしい。
「優しいなぁ……今、傷心やから……しみるわぁ……」
もう涙を隠さずにゆうたら、そんな俺をテーブルまで連れ帰った兄ちゃんが自分らの飲みの席に俺を混ぜてくれて、2軒目一緒に回って、おまけに終電がなくなった俺を家に泊めてくれた。
翌朝、早朝に起こされた。残ったアルコールで視界がぐわんぐわんしてた。
「仕事行くから。これ、鍵。集合ポストんとこ、入れといて」
カーキのニッカポッカに、体にフィットした黒い長袖シャツ。年季が入り、汚れた安全靴。手には道具を入れる袋がいっぱい付いた重そうなベルトを持って、もう片方の手にはこれまた使い込まれた黒い布カバンが提げられてる。
「すんません。何から何まで、ありがとさんでした」
「ん」
「あの、俺、北泊慧斗っていいます。兄さんは」
「井草彬光。じゃあ、急ぐんで」
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それから一泊のお礼にえらい散らかってた部屋を軽く掃除して、流しに入れっぱになってるナベとか食器とか洗って、部屋を出た。4階建て単身者用ワンルームマンションの最上階は見晴らしがよくてベランダに布団を干したったらふっかふかになって気持ち良さそうやったけど、流石にそこまではできひんしな。
それで、終りのはずやった。
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