スター☆ウォッチャー

泉蒼

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第1章 ずっと忘れていた夢

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 右手にスコップ、左手にぞうきん。

 恰好だけは一人前だが、おれは掃除をきちんとやったことがない。

 何からどう始めていいのか、掃除の手順もさっぱりだ。

 とりあえず観測部屋から始めようと、おれは思う。

 爪先立ちで水浸しの廊下を進み、台所の隣の観測部屋の扉を開ける。

「昔とちっとも変わってねえ! 暖炉もじいちゃんの本も無事だ」

 壁一面の本棚を見てテンションが上がる。

 ドアの入り口が段差になっているから、水は部屋にほぼ侵入していない。

 観測部屋のテーブルに掃除道具を置いた。

 本棚から適当に一冊だけ本を抜き取る。

 本の背表紙には「惑星フェニックス」というタイトルが。

「見覚えがあるな、この本」

 無性に懐かしくなる。

 椅子に座り込んで次々と本のページをめくった。

「思い出してきた。このテーブルでよく読書したっけ、懐かしい」

 内容までは忘れた。

 だが、「惑星フェニックス」はたしかに読んだ記憶があった。

 一つ記憶が甦ると、不思議と、観測部屋の風景も当時のように鮮明になってきた。

「そういえば、望遠鏡は?」

 おれはハッとした。

 窓のそばにハリスじいちゃんの望遠鏡があった。

 キョロキョロと見回すが、見当たらない。

「望遠鏡。思い出すと気になってきた。そう。おれは望遠鏡が触りたくて、母さんの目を盗んではここに忍び込んでいた」

 まるで幼い自分がこの部屋にいるように、当時の記憶が甦る。

 スターウォッチャーだったじいちゃんの大事な仕事道具が望遠鏡だ。

「ない。まさか、母さんが処分した?」

 掃除そっちのけで望遠鏡を探し回る。

 ――?

 ふと、天井を見上げた。

「屋根裏だ」

 たしか天井裏に収納スペースがあったはず。

 家からチーズやパンを持参し、天井裏に溜め込んだ記憶が甦った。

 せっせと溜め込み続け、パンが全部カビだらけになった……。

 結局、ここでは読書に夢中で食べ物を忘れてしまう。

「そうそう、後からパンとチーズを見て、うげっ、てなったっけ……」

 靴を脱いでテーブルに上る。

 天井に手をやると、板が動いた。

「どれどれ」

 板をスライドさせ、天井奥まで手を突っ込む。


 ふと何か硬い物に手が触れた。
「やったぜ、三脚だ。てことは、どれどれっ……。あった、望遠鏡のパーツだ」

 じいちゃんの望遠鏡は分解して天井裏にしまってあった。

「残ってて、良かった」

 おれは望遠鏡のパーツを壊さないよう全部取り出した。

 テーブルに、恐竜の骨のように見栄え良く並べた。

「間違いない、じいちゃんのガリレオ式望遠鏡。簡単な作りだけど、じいちゃんはこれを使ってたくさん星を観測した。たくさん本を書いたんだ」

 じっと見ていたら、やっぱり組み立ててみたくなった。

 トントントン――!
 
 ――ガチャガチャーーー!

 ――――パチッ――――パチンッ!

 ……はあはあ。
 
 
「……で、できた」

 数分後、望遠鏡が組み上がった。

 レンズの口径は約六センチ。

 鏡筒の直径は百二十センチもある屈折望遠鏡だ。

 二枚のレンズと筒を組み合わせただけの簡単な作りだが、倍率は二十倍から三十倍もある。

「こう見えて優秀な望遠鏡なんだ」

 あの有名な天文学者、ガリレオ・ガリレイもこの望遠鏡で星を観測した。

 誰もが地球は宇宙の中心で、太陽や月や星が地球の周りを回っているという「天動説」を信じているとき、ガリレオは、実は地球が太陽の周りを回っているんだと、「地動説」を唱えたすごい人だ。

 そんなガリレオを、ハリスじいちゃんは、スターウォッチャーの先駆者として尊敬していた。

「この望遠鏡を選んだ理由もそうだって、じいちゃんが教えてくれたっけ」

 腰に手を当てて、目の前の望遠鏡をじいっと眺める。

 胸が、ジーンとした。

 おれも星を観測したい。

 いきなり心の奥からそんな声がした。どこかそれはまだ幼い声をしている。

「そうか」

 ようやく、自分がかつて夢を持っていたことを思い出した。宇宙に散らばる星を望遠鏡で見てみたい。

「星の中で起きる出来事を物語にして書きたい……か。おれには、じいちゃんみたいに、すごいスターウォッチャーになる夢があった」

 テーブル上の惑星フェニックスの本を見る。

 本に書いてある物語は本当に宇宙の星の中で起きているのだ。

 そう考えると、おれは無性にこの目で見たくなった。

 ガチャッ!

 観測部屋のドアが開いた。

 ものすごい勢いだ。

 ――あっ。

 これ、ヤバいやつだ――――。

 見ると、目を真っ赤に腫らしたサリーが立っていたんだ。
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