夢なしアカネ、地球へ行く!

泉蒼

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第十一章

ワープを使おう!

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スペースレールにいる桜木家の車は、あいかわらずちっとも進んではいませんでした。
 パパとママはもうぐったりしているようで、出発のときの元気なすがたは、いまは車内からウソのように消えてしまっていたのでした。
「おっ!」
すると、ハンドルをにぎるパパが首をのばしました。キョロキョロとあたりを見まわすパパは、スペースレールのなにかに反応したのです。
「まあ、クラシックね」ママが耳に手をあてました。
 とつぜん、宇宙空間に音楽が鳴りはじめたのです。
「ママ、ベートーベン?」パパがママにふりむくと、
「ちがうわよ、パパ。これはモーツァルトよ」とママが横に首をふりました。
「パパ、ママ、あれを見て!」
 アカネは、スペースレールの上空を横ぎる、巨大な宇宙船を見つけたのです。
「あら、星のオーケストラじゃない」
「どれどれ」パパが窓から外をながめました。「あの宇宙船、なんだか風船みたいだなあ!」
 なんとアカネが見つけた宇宙船は、星のオーケストラが宇宙で音楽を演奏するための、大きな風船型の乗り物だったのです。
(え、待てよ……あ、てことはっ)
「あそこに、カレンちゃんが乗ってるかもっ!」
とたんに、アカネの胸が高なっていきました。
「こんなところで見えるなんて、ラッキーね。地球にも、来てくれるといいわね」
「どうせなら、ちかくで見てみたいもんだよなあ」
 ママに聞くと、それは宇宙警察のはからいのようでした。スペースレールでは大渋滞が発生すると、宇宙警察の人たちが星のオーケストラに依頼を行うようなのです。呼ばれた演奏家たちは、はるばる地球から宇宙にまで、宇宙船に乗って音楽を奏でにやってきてくるようでした。
「星のオーケストラって、そんなサービスまでしてるんだぁ」
「アカネったら、サービスさんて言葉、どこで覚えたの? うふふ」
「ま、デパートとか?」
「でもパパは好きだな、サービス!」
それは、運転をしている人、同席している人のストレスをほどよくゆるめるためにと、渋滞には音楽をサービスしようと銀河連合がとり決めたことでした。
銀河連合とは、宇宙の惑星をたばねてくれている、みんなの政府のようなものでした。
「いないなぁ、カレンちゃん」
 アカネはジッと風船型の宇宙船の窓に目をこらしました。けれど、アカネはカレンちゃんのすがたを見つけることはできませんでした。それでもアカネの心は、心地いい音楽のはからいもあって、みるみると晴れわたっていったのです。
「ステキな音楽。宇宙にやってきて、ほんとよかったね!」
「そうね。宇宙って、ほんとうに楽しいわね」
ママはうっとりとした目を宇宙船にむけました。
「アカネ、これはしってるか? 星のオーケストラのおかげで、なんと宇宙では交通事故が、ほとんど起きてないらしいぞ!」
 パパもすっかりと元気をとりもどし、鼻をふくらませながら教えてくれました。
「あんまり聞いたことなかったけど、クラシックって落ちつくねぇ」
 アカネは、ピアノのあとをフルートが追いかけて、そのあとをハープの音色がやってくる、そんなメロディにすっかりといやされてしまったのです。
もしかしたらカレンちゃんが指揮をとっているかも、そんな想像もふくらむと、アカネの心はさらにほがらかになっていきました。
(地球で、カレンちゃんに会えるといいな)
「ところで、モーツァルトって?」アカネは腕をくんで考えこみました。「うーんと。たしか、そうだ! 白い髪がクルクルのオジサンだ!」
アカネは音楽史の授業で習った、地球出身のヒーローを思いだしたのです。
(こんなにステキな音楽をつくるなんて、地球ってすごい人がいたんだなぁ)
気がつくと、車内にはほがらかな空気がもどってきていました。
すると、「いいわよ」とママがとつぜん言ったのです。
星のオーケストラの音楽に、気分をよくしたママは、パパに肩をすくめて見せました。
「え、高いよ?」パパが横目でうかがうと、
「しばらく、ビールは飲みすぎないこと」とママがきっぱりと言いました。
 しばらく迷ってから、パパは「うん」とうなずきました。
「わっかりましたあ。ママ、なるべくビールはひかえるよ」
「やったあ。桜木家もワープだあ!」
パパが舌をだすと、桜木家の車はゆっくりと、スペースレールから上昇していったのです。アカネの胸はさらに高鳴りましたが、どこかおヘソが下にのびていくような感覚に、こそばゆくてたまらない表情をパパとママにむけました。
「アカネ、どうしてかわかるか? 慣れてないのもあるけど、上のワープゲートと下のスペースレールからの、二つの重力に引っぱられてるからさ」
「うーん。この感じは、ずっと慣れそうにないんだけどぉ」
「ママもね、はじめはそうだったのよね」
 ママにお腹をさすってもらっていると、
「こりゃあ、お見事!」
 とパパが外を見つめて声を張り上げました。
とっさにアカネとママも、車の窓からスペースレールを見下ろしました。
「うわあ、宇宙道路がキラキラしてるっ」
上空から見たスペースレールは、目を見張るほどの光景だったのです。
白い宇宙道路は、まだまだ先が見えないほど長い渋滞がつづいていましたが、その上には色とりどりの宇宙船が、ぎっしりとうまっているのです。その光の群れは、まるで宝石箱のように見えてしまいました。
「やっぱり、動かないわけね」ママが目を見ひらきました。「でも、白い川をながめているみたいで、とってもステキね」
「うん。こりゃあ、きれいだ」
アカネは窓にはりついて、果てしのない光の道をながめたのです。
ガタンッ、ガタガタッ。
桜木家の車がワープゲートに到着しました。
「こちらはッ、ワープゲートッ! 順番にッ、あわてずにッ! こちらはッ、ワープゲートッ……」
 ワープゲートでは、並んだ車がぶつからないようにと、しきりにアナウンスの声が鳴り響いていまいした。
「うわあ、なんだかドキドキするなぁ」
ワープゲートは、アカネの想像とはちがって、真っ暗だったのです。
順番にワープしていく車を、アカネは興味津々にながめていました。
シュンッ、シュウンッ!
前にいる車たちは、順番に一台ずつ、すごい勢いで渦巻きの穴のなかへと吸いこまれていくのでした。
「うわ、おおっ、わっ、あ、どんどん車が吸いこまれていく!」
一瞬で消えてしまう車を見るたびに、アカネは自分の膝をたたきました。
その光景は見ていてとっても楽しかったのですが、つぎは自分たちの番だと思うと、どうしても身震いが止まらなかったのでした。
だんだん真っ暗なワープホールが、車を飲みこもうとしている、巨大なバケモノの口に見えてきました。アカネは大きな毛むくじゃらのバケモノを想像してみました。
「け、ケムケムオバケだあ!」
しかし、想像してみてすぐにやめました。背中のあたりがゾクゾクとしてしまったのです。もうこれ以上は、考えないほうが良さそうだと、アカネは思ったのでした。
ガタンッ、ゴオオオ。
渦を巻く大きな穴が、イビキのような音をたてて、アカネの前に現れました。
ついに、桜木家の車の順番がやってきたのです――。
「Is the warp done?(ワープしますか?)」
車のフロントガラスに、赤い文字が浮かびあがりました。
「Yes.(はい)」
パパがフロントガラスをタッチすると、つぎに車体が上下にゆれました。
デコボコ道を進むように、三人の肩が、上がったり下がったりしました。
「ひ、ひいいぃ」
アカネはお腹に手をやりました。そして桜木家の車が先頭に出たのです。
暗い穴が、いまにもアカネたちを飲みこもうと、待ちかまえていました。
ゴゴゴォォォ。
ドキドキドキ。
「Are you prepared?(じゅんびはいい?)」パパが、歯を食いしばりました。
「Of course!(もちろんよっ)」
ママは白い歯を見せて、いきおいよくフロントガラスをタッチしたのです。
つぎの瞬間、暗かった穴がたちまち、目を見張るほどの七色に輝きました。
ギュイイィン、ドドドドッ。
「わあああぁぁ!」
三人の歓声があがると、桜木家の車がワープホールに吸いこまれていったのです。
ズッギュウウーン!
「きゃあああっ!」
アカネは、おヘソと背中がすごい速さではなれていく、体が平ったくなるような気分を感じました。まるで掃除機に吸いこまれたみたいに、桜木家の車は虹色の光に、すっぽりと吸引されていったのでした。
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