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サマリー8 ダドゥンガース
側音化構音
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その日の夜、キョウは遊び疲れたのか既に眠そうである。
部屋はなんと、大部屋に光平とフィーネのベッドを移動させ、真ん中に子供用のベッドを置くという模様替えをルビナがしてしまった。さすがにまずいと抗議しようとしたが、これしか方法はありませんと言うことを聞かない。
フィーネは気にすることもなく振舞っていたが、この世界ではこういうものなのだろうか?
ルビナさんお得意の牛丼を食べたキョウは、これまた目を丸くしながらよろこんでいる。
「キョウちゃん、おいしい?」
「うん! おいしぃ!」
やはりそうだ。
耳が肥えてきたフィーネでさえ気付かない。クライグは食うことに夢中でその食べっぷりにキョウが大笑いしている。
その後はあぶく玉という自動歯磨きといっても良い便利道具を口の中に放り込み、終わったところでポンと煙が出て終わる。
するとベッドに入って30秒も経たずにすやすやと眠ってしまった。
まるで天使のような寝顔だ。
二人で魅入っているとなぜか視線が合い、お互いに微笑むことができた。何かこう胸の奥にそれぞれの指が触れたような、そんな優しい波動が波紋のように広がった。
起こさぬよう静かに外へ出ると、打合せ場となっていた食堂には既にキースが牛丼を平らげプリンを食べているところだった。
「おっさん、あの巫女を保護した件は私に任せてくれ。絶対他の奴らに手出しはさせないから」
「おいキース! たまには良いこと言うじゃねえか」
「ふん、私は孤児だったからな、ああいうことを正視できないだけだ」
キースが食べ終わり、ルビナの入れてくれたお茶が入ったところで今後の方針について話し合いが行われる。
「まず私からだが、騎士団と軍そして冒険者を使って王都周辺の魔物討伐が明後日から開始される。魔物が湧きにくい環境を作って対抗する方針だ。そして問題は巫女であるキョウが詠唱できるかどうかになる」
キースの視線が痛い。責めているのではないのは分かるが、光平は今後の方針について自身の見解を述べることにした。
「キョウちゃんのことは後二日、ここが安全で落ち着ける場所だと理解してもらう時間に使うつもりです。一緒に遊んだりお手伝いをしてもらったりしながらあのイルミスから受けた心の傷を癒す時間にあてたい」
「分かった。ここを絶対安全な場所になるようスペンサー様やファルベリオス団長と協議に入る、クライグはプリン食いすぎて護衛さぼるなよ」
「一言余計なんだよまったく、調整は頼むぜ」
翌日からは通常業務の合間にキョウの居場所がここであることを感じてもらうため、お手伝いをしながら遊んだり過ごすことになる。まるで二人の実の娘のような時間だった。
キョウは素直で走り回るのが好きな子だった。そこでクライグに剣の稽古をしてもらうと、それはもう見事な食いつきで貯まったストレスを発散しているようだ。
しかしこれぐらいの子供なら使いそうな呪文は一回も詠唱していない。例えば、悪戯用のシャボン玉魔法や水鉄砲に見立てた水魔法など。
大分おしゃべりをするようになってきたが、フィーネはその問題点に気付くことができずにいた。聞けば聞くほど推測が確信に変わる。この子が抱える詠唱障害に繋がる構音障害。
フィーネは寝ている間に精度を高めつつある探知魔法で言の音の呪いの呪詛核を調べようとしたが、反応が見つけられず深い場所に眠っている可能性があるかもしれないと言っていた。
光平の正直な所感では、言の音の呪いが解呪されることによる瞬間般化ともいえる改善現象が起きるほうが患者にとっても負担が少ないのだ。
問題は、言の音の呪いでなかった場合のこと。
三日目、キョウに絵カードゲームを持ちかけてみるとあっさり乗ってきたので絵カードを見ての発語になってきた。
「いぬ うさぎぃ えほん おの かね きぅぃ くつ けがわ こうもりぅぃ」
イ列に生じた音の歪。
日常生活でキョウと同じようなイ列構音をする大人は意外に多い。
そのためあえて訓練せず個性としてタッチしない場合も非常に多い。歪みが一般人でも気になるレベルであれば訓練を実施するが、今回の場合はフィーネが気づくか気付かないかの状態だ。
【 側音化構音(そくおんかこうおん) 】
正中という物を二等分する真っすぐな線を人間に当てはめた時、発音時の呼気が真っすぐ出ているかはとても重要な要素である。
側音化構音は呼気が正中から逸れ、側方に流れるために生じる構音の問題である。障害とは言いにくい構音現象の一つではあるが、今回キョウに起きている症状はまぎれもなく側音化構音で間違いないだろう。
今後確認しておきたいこと。
・イ列を使わない魔法詠唱呪文をフィーネに選定してもらい、魔法発動事態が可能かを確認。
・次に側音化しやすいウ列の構音を確認。
・リラックスできる会話環境の整備と徹底。
・神殿内でどの程度虐待を受けていたか、そしてその内容を調査しPTSDの有無と対応策を検討。
・イルミス並びに虐待を目撃、または関わった神殿関係者の音無ハウス並びに王立治療院への立ち入り禁止措置の依頼。
二日目のケース会議でフィーネにこの件を告げると、自身の聞き取りが全くできていなかったことにショックを受けていた。k→t置換の訓練は比較的うまくいって自信がついていたのだろう。
「先生、申し訳ありません。何も気づくことができませんでした」
「大丈夫、気付けなかったということに気付けたのはものすごい前進だよ」
「気づけなかったことに?」
「そう、知らなかったことを知った、気付けなかったことを気付けた。これはできそうでできないことだから、大丈夫フィーネさんはとても優秀だよ」
「そ、そうなんですか、えっともっともっとがんばるので教えてください!」
彼女の前向きで諦めない思いが、どれだけ光平の心に勇気を与えてくれたことだろう。この笑顔をもっと見たいな、そう思わせてくれる。
「側音化構音の原因は、過緊張で舌が一方へ偏移してしまうことにより、まっすぐな呼気ができないという問題なんだ」
「過緊張ですか、うまく話さないと、とかプレッシャーのかかる詠唱場面とかになりますか?」
「そう。キョウちゃんの場合、推測になるけどイルミスの虐待調教のせいで過度の緊張下にあってうまく詠唱しなければ鞭が飛ぶという状況、考えただけでも吐き気がするけど、この状態では緊張しないほうがおかしい」
「イルミスめ、いずれ八つ裂きにしてやる!」
「フィーネさん、今私たちはキョウちゃんの未来のことを考えるようにしよう」
「す、すいません」
この激しい性格も、邪悪を憎み怒るというまっすぐな心根だからこそできるものであり、代わりに怒ってくれているのだなと光平は考えている。
「理想的な舌の形というものがあるんだ、正面から見た時に過緊張の舌は棒状に見えるけど、リラックスした舌はよくお皿の形と呼ばれます、こうね」
光平が過緊張と、リラックス時の舌をやってみせるとなるほどと必死にメモとスケッチを始めている。
「さあフィーネさんもやってみて、自分で両方できるうようにならないとうまく説明できないからね」
フィーネはさっそく棒の舌と、お皿の舌をやってみるが切り替えに慣れていないようだ。
「お皿の舌は、口角に舌の両側がくっつく感じ。これからキョウちゃんにこの舌を教えていかないといけないからね」
部屋はなんと、大部屋に光平とフィーネのベッドを移動させ、真ん中に子供用のベッドを置くという模様替えをルビナがしてしまった。さすがにまずいと抗議しようとしたが、これしか方法はありませんと言うことを聞かない。
フィーネは気にすることもなく振舞っていたが、この世界ではこういうものなのだろうか?
ルビナさんお得意の牛丼を食べたキョウは、これまた目を丸くしながらよろこんでいる。
「キョウちゃん、おいしい?」
「うん! おいしぃ!」
やはりそうだ。
耳が肥えてきたフィーネでさえ気付かない。クライグは食うことに夢中でその食べっぷりにキョウが大笑いしている。
その後はあぶく玉という自動歯磨きといっても良い便利道具を口の中に放り込み、終わったところでポンと煙が出て終わる。
するとベッドに入って30秒も経たずにすやすやと眠ってしまった。
まるで天使のような寝顔だ。
二人で魅入っているとなぜか視線が合い、お互いに微笑むことができた。何かこう胸の奥にそれぞれの指が触れたような、そんな優しい波動が波紋のように広がった。
起こさぬよう静かに外へ出ると、打合せ場となっていた食堂には既にキースが牛丼を平らげプリンを食べているところだった。
「おっさん、あの巫女を保護した件は私に任せてくれ。絶対他の奴らに手出しはさせないから」
「おいキース! たまには良いこと言うじゃねえか」
「ふん、私は孤児だったからな、ああいうことを正視できないだけだ」
キースが食べ終わり、ルビナの入れてくれたお茶が入ったところで今後の方針について話し合いが行われる。
「まず私からだが、騎士団と軍そして冒険者を使って王都周辺の魔物討伐が明後日から開始される。魔物が湧きにくい環境を作って対抗する方針だ。そして問題は巫女であるキョウが詠唱できるかどうかになる」
キースの視線が痛い。責めているのではないのは分かるが、光平は今後の方針について自身の見解を述べることにした。
「キョウちゃんのことは後二日、ここが安全で落ち着ける場所だと理解してもらう時間に使うつもりです。一緒に遊んだりお手伝いをしてもらったりしながらあのイルミスから受けた心の傷を癒す時間にあてたい」
「分かった。ここを絶対安全な場所になるようスペンサー様やファルベリオス団長と協議に入る、クライグはプリン食いすぎて護衛さぼるなよ」
「一言余計なんだよまったく、調整は頼むぜ」
翌日からは通常業務の合間にキョウの居場所がここであることを感じてもらうため、お手伝いをしながら遊んだり過ごすことになる。まるで二人の実の娘のような時間だった。
キョウは素直で走り回るのが好きな子だった。そこでクライグに剣の稽古をしてもらうと、それはもう見事な食いつきで貯まったストレスを発散しているようだ。
しかしこれぐらいの子供なら使いそうな呪文は一回も詠唱していない。例えば、悪戯用のシャボン玉魔法や水鉄砲に見立てた水魔法など。
大分おしゃべりをするようになってきたが、フィーネはその問題点に気付くことができずにいた。聞けば聞くほど推測が確信に変わる。この子が抱える詠唱障害に繋がる構音障害。
フィーネは寝ている間に精度を高めつつある探知魔法で言の音の呪いの呪詛核を調べようとしたが、反応が見つけられず深い場所に眠っている可能性があるかもしれないと言っていた。
光平の正直な所感では、言の音の呪いが解呪されることによる瞬間般化ともいえる改善現象が起きるほうが患者にとっても負担が少ないのだ。
問題は、言の音の呪いでなかった場合のこと。
三日目、キョウに絵カードゲームを持ちかけてみるとあっさり乗ってきたので絵カードを見ての発語になってきた。
「いぬ うさぎぃ えほん おの かね きぅぃ くつ けがわ こうもりぅぃ」
イ列に生じた音の歪。
日常生活でキョウと同じようなイ列構音をする大人は意外に多い。
そのためあえて訓練せず個性としてタッチしない場合も非常に多い。歪みが一般人でも気になるレベルであれば訓練を実施するが、今回の場合はフィーネが気づくか気付かないかの状態だ。
【 側音化構音(そくおんかこうおん) 】
正中という物を二等分する真っすぐな線を人間に当てはめた時、発音時の呼気が真っすぐ出ているかはとても重要な要素である。
側音化構音は呼気が正中から逸れ、側方に流れるために生じる構音の問題である。障害とは言いにくい構音現象の一つではあるが、今回キョウに起きている症状はまぎれもなく側音化構音で間違いないだろう。
今後確認しておきたいこと。
・イ列を使わない魔法詠唱呪文をフィーネに選定してもらい、魔法発動事態が可能かを確認。
・次に側音化しやすいウ列の構音を確認。
・リラックスできる会話環境の整備と徹底。
・神殿内でどの程度虐待を受けていたか、そしてその内容を調査しPTSDの有無と対応策を検討。
・イルミス並びに虐待を目撃、または関わった神殿関係者の音無ハウス並びに王立治療院への立ち入り禁止措置の依頼。
二日目のケース会議でフィーネにこの件を告げると、自身の聞き取りが全くできていなかったことにショックを受けていた。k→t置換の訓練は比較的うまくいって自信がついていたのだろう。
「先生、申し訳ありません。何も気づくことができませんでした」
「大丈夫、気付けなかったということに気付けたのはものすごい前進だよ」
「気づけなかったことに?」
「そう、知らなかったことを知った、気付けなかったことを気付けた。これはできそうでできないことだから、大丈夫フィーネさんはとても優秀だよ」
「そ、そうなんですか、えっともっともっとがんばるので教えてください!」
彼女の前向きで諦めない思いが、どれだけ光平の心に勇気を与えてくれたことだろう。この笑顔をもっと見たいな、そう思わせてくれる。
「側音化構音の原因は、過緊張で舌が一方へ偏移してしまうことにより、まっすぐな呼気ができないという問題なんだ」
「過緊張ですか、うまく話さないと、とかプレッシャーのかかる詠唱場面とかになりますか?」
「そう。キョウちゃんの場合、推測になるけどイルミスの虐待調教のせいで過度の緊張下にあってうまく詠唱しなければ鞭が飛ぶという状況、考えただけでも吐き気がするけど、この状態では緊張しないほうがおかしい」
「イルミスめ、いずれ八つ裂きにしてやる!」
「フィーネさん、今私たちはキョウちゃんの未来のことを考えるようにしよう」
「す、すいません」
この激しい性格も、邪悪を憎み怒るというまっすぐな心根だからこそできるものであり、代わりに怒ってくれているのだなと光平は考えている。
「理想的な舌の形というものがあるんだ、正面から見た時に過緊張の舌は棒状に見えるけど、リラックスした舌はよくお皿の形と呼ばれます、こうね」
光平が過緊張と、リラックス時の舌をやってみせるとなるほどと必死にメモとスケッチを始めている。
「さあフィーネさんもやってみて、自分で両方できるうようにならないとうまく説明できないからね」
フィーネはさっそく棒の舌と、お皿の舌をやってみるが切り替えに慣れていないようだ。
「お皿の舌は、口角に舌の両側がくっつく感じ。これからキョウちゃんにこの舌を教えていかないといけないからね」
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