上 下
18 / 20

裁きと未来

しおりを挟む
 それは、神に等しい強い光だった。

 人間が魂を干渉されるということは、人間ではなくなるということ。鎌に刺され、そのまま魂を引きずり出されたラメルーシェはその瞬間に人間としての生を終えてしまったのだ。

 剥き出しのラメルーシェの魂は、何よりも強い輝きを放っていた。


「あ、あ……。なんだ、この輝きは……?う、うそだ……いくら妖精王の番だからって、こんなまさか……」

 人間という殻を無くしたラメルーシェの魂の輝きに、悪魔王が愕然とし……その場に跪いた。

「あ、悪魔王様ぁ……?どうなさいましたの……実験は……?ーーーーぐふぅっ?!」

 そんな悪魔王の様子に戸惑うアンジェリーチェだったが、彼女が何か行動を起こそうかと悩んだ瞬間ーーーーアンジェリーチェの体を、白い骨の腕が貫いたのだった。






「……残念だよ、アンジェリーチェ。我の愛する番。君は最大の禁忌を犯してしまったようだ」

「……ふ、しお……さま、なん、で……ここに……」

 信じられない。そんな表情でアンジェリーチェは自身の腹を貫く不死王を見た。彼がどれほどに番である自分を愛しているかは身に沁みて知っていたからだ。
 ーーーーだから、不死王の愛の上に胡座をかき、侮った。“王”であるこの番を。

 よく見ればその傷口からは一滴の血も出ていなかった。不死王が死の時間を止めているのだろう。だが、その痛みは確実にアンジェリーチェを蝕んでいた。

「わた、くしを……、愛し、て、いたの、では……」

「愛していたよ。何よりも愛していたさ。だが“王”として見過ごせない事はある。例え愛する番がやったことでもだ」

 アンジェリーチェと不死王のやり取りを聞いていた悪魔王は、やっと立ち上がり不死王に掴みかかろうとした。

「お、おい不死王……!アンジェリーチェに何を……!」

「それはこちらのセリフだよ、悪魔王。君こそなんてことをしでかしてくれたのか。おかげで我は大切な番を裁かねばならなくなった。まったく、どうしてくれるのか」

 ため息混じりに肩を竦める不死王の態度に悪魔王は怒りを顕にした。

「だったら……もういらないなら、オレによこせよ!オレはアンジェリーチェを愛して……「これ・・を見ても?」え……」

 そう言って不死王が反対側の握った手を悪魔王に見せた。細く白い骨の指がゆっくり開くと、そこには小さな命がいて、ふわりと動いてみせた。

「ーーーーっ!」





 そこにいたのは、僅かな時間を生きるだけの一匹の蝶だった。


 なんの変哲もない、そこいらの花園を飛び交うような白い蝶々。人間の世界にならば其辺にいる。だが、その蝶々を見て……涙を流したのだ。





「……オレの、番だ……」

 歓喜に震える悪魔王がその蝶に手を伸ばそうすると、不死王は再び指を折り曲げ蝶の姿を隠した。

「不死王!なにをーーーー」

「悪魔王、君はさっきアンジェリーチェを愛しているといったね?自分に寄越せとも」

 ビクリ。と、悪魔王とアンジェリーチェの身体が震える。

「……番を入れ替えたいと願っていたのだろう?だから王たちの番を攫い、神からも魂に干渉する道具を盗んだ。ーーーー神は全て知っておられたんだよ。

 ……だから、君たちの願いを叶えてあげるよ」

「や、やめーーーー」

 グシャリ。

 不死王の指がキツく握りしめられ、白い蝶の体はバラバラとなった。長い年月を経てやっと生まれることのできた悪魔王の番は、再び輪廻の輪を回ることになる。王たちの番の魂はなかなか生まれ変われない。ラメルーシェだけ・・は頻繁に生まれ変われていたようにも見えるが、それでも千年以上の時間を必要としていた。このままあの魂が悪魔王の番のままだとしても、新たな生を受けるのにどれだけの時間を有するのかは神のみぞが知ることになる。だが、その神を怒らせた悪魔王が白い蝶だったあの番を手にする事が出来るのかはわからない。

「なんてことをーーーー!オレの番だったんだぞ?!オレの、オレだけの番ーーーー」

「だから、お詫びにアンジェリーチェをあげるよ」

 ズボッ。と、手を引き抜き、腹に大きな穴を開けたままのアンジェリーチェの体を悪魔王に投げつけた。

「これが欲しかったんだろう?神に頼んで、番を入れ替えてもらったんだ。だから、このアンジェリーチェは君のものだよ。さっきの蝶は、いずれ我の新たな番として生まれ変わるだろう。まぁ、魂の番を入れ替えるなんて初めての事だから時間がかかるだろうが、しばらく番はいらないから何千年でも気長に待つさ。あの蝶が我の番として正式に生まれ変われば、アンジェリーチェの魂も悪魔王の番として認識されるよ……たぶんね。

 それまで、一度覚えた番への焦がれに苦しみながら……アンジェリーチェを抱くがいいさ」


 不死王の言葉に、悪魔王はその場に力無く座り込んだ。自身の番を目の前にして初めて知った欲望と焦がれ感。さらに目の前で奪われた衝撃。それはアンジェリーチェに恋をした時とは比べ物にならない気持ちだったのだ。

 焦燥感が体中を巡り、もう二度と手に入らないあの白い蝶が思考の全てを奪った。

「あ、悪魔王様ぁ……わたくしを、何よりも愛して下さるとーーーー」

 腹に穴を開けたままのアンジェリーチェが悪魔王に手を伸ばした。不死王から見捨てられたと、自分を貫いたあの手と冷たい瞳に本能的にそう感じたのだ。ならばもう自分には悪魔王しかいない。

 だが、伸ばした手は払いのけられてしまった。

「お前はオレの番じゃない!オレが求めていたのは、あの白い蝶だ……オレの魂の番だ!お前じゃなかったんだ!!」

 本来、番の魂に触れた王は凄まじい執着心を見せる。だからこそ、王たちの番に選ばれる魂は特殊で、なかなか生まれない。妖精王の番であるラメルーシェはその特殊な事情もあり何度も転生を繰り返していたし、時癒王の番もやっと生まれる準備が出来たのだ。

 出会えるのは奇跡。だからこそ尊く、全てをかけて愛する存在。それが番なのだ。

 不死王は死を司る王だからか、番に対しての気持ちが他の王たちより少し違っていたが……それでも誰よりも早く出会えた自身の番をとても愛していた。これからの長い時間をゆっくりと共に過ごしていければいい。こんな体だからか激しい愛に身を焦がすということはなかったが、アンジェリーチェを大切にしていた。骸骨姿である自分の番として我慢をしているかもしれないと憂いたからこそ、多少のオイタ・・・・・・は目を瞑っていたのにーーーー。


 番の魂を入れ替えたというのは嘘だった。番とは奇跡の存在。いくら神にだとておいそれと入れ替えりなど出来ないのだ。あの白い蝶には悪いことをしたと思っている。だが、来世では自分が悪魔王の番だとは気付かなくても幸せに過ごせるようには整えてやろうと思っていた。どのみち、転生するのは数千年先だ。その時がくれば、最大の加護を与えて命を奪ってしまった罪を償おうと決めた。

 こんなこと、本来は許されることではない。後で不死王もそれなりの罰を受けることになるだろう。だが、不死王はそれを厭わないくらい激しく怒っていた。

 番の裏切り。番の心を奪われたこと。王として責任を放棄した悪魔王にも。

 だから、最大の仕返しをしてやったのだ。これから悪魔王は本当の番への愛しさを心に宿しながら、アンジェリーチェと共に過ごさなくてはいけない。もう二度と本物の番は手に入らないのだ。

「……こんなことが出来たのも、妖精王の花嫁殿……ラメルーシェ様・・・・・・・のおかげたな」


 不死王は骸骨の歯を震わせながら息を吐いた。もう悪魔王にもアンジェリーチェにも視線すら向けず歩き出す。このあとふたりがどうなろうが不死王にはどうでもよかった。幸せになれないことだけはわかっていたから。


 その先には、抜け殻となったラメルーシェの体を優しく抱締める妖精王の姿が見えた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

たった一度の浮気ぐらいでガタガタ騒ぐな、と婚約破棄されそうな私は、馬オタクな隣国第二王子の溺愛対象らしいです。

弓はあと
恋愛
「たった一度の浮気ぐらいでガタガタ騒ぐな」婚約者から投げられた言葉。 浮気を許す事ができない心の狭い私とは婚約破棄だという。 婚約破棄を受け入れたいけれど、それを親に伝えたらきっと「この役立たず」と罵られ家を追い出されてしまう。 そんな私に手を差し伸べてくれたのは、皆から馬オタクで残念な美丈夫と噂されている隣国の第二王子だった―― ※物語の後半は視点変更が多いです。 ※浮気の表現があるので、念のためR15にしています。詳細な描写はありません。 ※短めのお話です。 ※感想欄はネタバレ配慮しておりません、ご注意ください。 ※設定ゆるめ、ご都合主義です。鉄道やオタクの歴史等は現実と異なっています。

家に代々伝わる髪色を受け継いでいないからとずっと虐げられてきていたのですが……。

四季
恋愛
メリア・オフトレスは三姉妹の真ん中。 しかしオフトレス家に代々伝わる緑髪を受け継がず生まれたために母や姉妹らから虐げられていた。 だがある時、トレットという青年が現れて……?

婚約破棄をされて魔導図書館の運営からも外されたのに今さら私が協力すると思っているんですか?絶対に協力なんてしませんよ!

しまうま弁当
恋愛
ユーゲルス公爵家の跡取りベルタスとの婚約していたメルティだったが、婚約者のベルタスから突然の婚約破棄を突き付けられたのだった。しかもベルタスと一緒に現れた同級生のミーシャに正妻の座に加えて魔導司書の座まで奪われてしまう。罵声を浴びせられ罪まで擦り付けられたメルティは婚約破棄を受け入れ公爵家を去る事にしたのでした。メルティがいなくなって大喜びしていたベルタスとミーシャであったが魔導図書館の設立をしなければならなくなり、それに伴いどんどん歯車が狂っていく。ベルタスとミーシャはメルティがいなくなったツケをドンドン支払わなければならなくなるのでした。

醜い傷ありと蔑まれてきた私の顔に刻まれていたのは、選ばれし者の証である聖痕でした。今更、態度を改められても許せません。

木山楽斗
恋愛
エルーナの顔には、生まれつき大きな痣がある。 その痣のせいで、彼女は醜い傷ありと蔑まれて生きてきた。父親や姉達から嫌われて、婚約者からは婚約破棄されて、彼女は、痣のせいで色々と辛い人生を送っていたのである。 ある時、彼女の痣に関してとある事実が判明した。 彼女の痣は、聖痕と呼ばれる選ばれし者の証だったのだ。 その事実が判明して、彼女の周囲の人々の態度は変わった。父親や姉達からは媚を売られて、元婚約者からは復縁を迫られて、今までの態度とは正反対の態度を取ってきたのだ。 流石に、エルーナもその態度は頭にきた。 今更、態度を改めても許せない。それが彼女の素直な気持ちだったのだ。 ※5話目の投稿で、間違って別の作品の5話を投稿してしまいました。申し訳ありませんでした。既に修正済みです。

選ばれたのは私ではなかった。ただそれだけ

暖夢 由
恋愛
【5月20日 90話完結】 5歳の時、母が亡くなった。 原因も治療法も不明の病と言われ、発症1年という早さで亡くなった。 そしてまだ5歳の私には母が必要ということで通例に習わず、1年の喪に服すことなく新しい母が連れて来られた。彼女の隣には不思議なことに父によく似た女の子が立っていた。私とあまり変わらないくらいの歳の彼女は私の2つ年上だという。 これからは姉と呼ぶようにと言われた。 そして、私が14歳の時、突然謎の病を発症した。 母と同じ原因も治療法も不明の病。母と同じ症状が出始めた時に、この病は遺伝だったのかもしれないと言われた。それは私が社交界デビューするはずの年だった。 私は社交界デビューすることは叶わず、そのまま治療することになった。 たまに調子がいい日もあるが、社交界に出席する予定の日には決まって体調を崩した。医者は緊張して体調を崩してしまうのだろうといった。 でも最近はグレン様が会いに来ると約束してくれた日にも必ず体調を崩すようになってしまった。それでも以前はグレン様が心配して、私の部屋で1時間ほど話をしてくれていたのに、最近はグレン様を姉が玄関で出迎え、2人で私の部屋に来て、挨拶だけして、2人でお茶をするからと消えていくようになった。 でもそれも私の体調のせい。私が体調さえ崩さなければ…… 今では月の半分はベットで過ごさなければいけないほどになってしまった。 でもある日婚約者の裏切りに気づいてしまう。 私は耐えられなかった。 もうすべてに……… 病が治る見込みだってないのに。 なんて滑稽なのだろう。 もういや…… 誰からも愛されないのも 誰からも必要とされないのも 治らない病の為にずっとベッドで寝ていなければいけないのも。 気付けば私は家の外に出ていた。 元々病で外に出る事がない私には専属侍女などついていない。 特に今日は症状が重たく、朝からずっと吐いていた為、父も義母も私が部屋を出るなど夢にも思っていないのだろう。 私は死ぬ場所を探していたのかもしれない。家よりも少しでも幸せを感じて死にたいと。 これから出会う人がこれまでの生活を変えてくれるとも知らずに。 --------------------------------------------- ※架空のお話です。 ※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。 ※現実世界とは異なりますのでご理解ください。

ブチギレ令嬢の復讐婚~親友と浮気され婚約破棄、その上結婚式場として予定していた場所まで提供してほしいと言われ💔

青の雀
恋愛
事実は小説より奇なり まるで、私の作品のような話が、本当にありました この話を書かずして、誰が書くの?という内容なので 3年ほど前に書いたような気がするけど、ちょっと編集で分からなくなってしまって どっちにしても婚約破棄から玉の輿のスピンオフで書きます 余りにもリアルな話なので、異世界に舞台を置き換えて、ファンタジー仕立てで書くことにします ほぼタイトル通りの内容です 9/18 遅ればせながら、誤字チェックしました 第1章 聖女領 第2章 聖女島 第3章 聖女国 第4章 平民の子を宿した聖女 番外編 番外編は、しおりの数を考慮して、スピンオフを書く予定 婚約破棄から聖女様、短編集

まったく心当たりのない理由で婚約破棄されるのはいいのですが、私は『精霊のいとし子』ですよ……?【カイン王子視点】

空月
恋愛
精霊信仰の盛んなクレセント王国。 身に覚えのない罪状をつらつらと挙げ連ねられて、第一王子に婚約破棄された『精霊のいとし子』アリシア・デ・メルシスは、第二王子であるカイン王子に求婚された。 そこに至るまでのカイン王子の話。 『まったく心当たりのない理由で婚約破棄されるのはいいのですが、私は『精霊のいとし子』ですよ……?』(https://www.alphapolis.co.jp/novel/368147631/886540222)のカイン王子視点です。 + + + + + + この話の本編と続編(書き下ろし)を収録予定(この別視点は入れるか迷い中)の同人誌(短編集)発行予定です。 購入希望アンケートをとっているので、ご興味ある方は回答してやってください。 https://docs.google.com/forms/d/e/1FAIpQLScCXESJ67aAygKASKjiLIz3aEvXb0eN9FzwHQuxXavT6uiuwg/viewform?usp=sf_link

婚約破棄が国を亡ぼす~愚かな王太子たちはそれに気づかなかったようで~

みやび
恋愛
冤罪で婚約破棄などする国の先などたかが知れている。 全くの無実で婚約を破棄された公爵令嬢。 それをあざ笑う人々。 そんな国が亡びるまでほとんど時間は要らなかった。

処理中です...