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願いました

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    ズキズキと悲鳴をあげる体を引きずるようにしながら森の奥へと進む。例え死の森だとわかっていても、引き返せば死よりも辛い拷問をされるだけだ。

    ほんのわずかでもいいから父に愛されたいと、婚約者に愛されたいと願ってきた。

    だが、そんな願いなど叶うはずが無かったのだ。だって、私には何の価値も無いから……。

    明日になれば、ラメルーシェは奇病で突然の死を向かえたと発表される。
明日、私の存在は死ぬのだ。

    ねぇ、お父様。それにローランド様。

    明日は、私の17歳の誕生日なの……。

    ポロポロと体の痛みとは別の涙が流れた。

    どれほど歩いたのかわからなかったが、いつの間にか目の前には大きな泉があった。キラキラと月の光を受けてまるでそこだけ別世界のようだ。

    ふと、そういえば今夜は何の雄叫びも聞こえないなと思った。いつも森から轟き響いて聞こえてくるあの恐ろしい声を思い出し、静まり返るこの森の中が不思議な空間に感じた。

「……綺麗な泉。もしかしてこの森は黄泉の国に繋がっていたのかしら」

    この泉が黄泉の国への入り口かもしれない。そう思った私は泉に近づき、そっとその表面に波紋を作る。

    冷たくて透き通った水が鏡のように私の姿を写し出し、波紋に揺れる顔がなんだか穏やかに微笑んで見えた。

「そうだわ……どうせ死ぬしかないのなら、最後くらい綺麗に死にたい」

    この奇病が命を奪うのが早いか、それとも化け物に喰われるのが早いか……そんなことに怯えながら生きていても、誰も私が生き延びる事を望まないのだ。それなら、自分で死に方を決めたかったのだ。今までずっと誰かの顔色を伺いながら何も自分で決められなかったから。

    私は泥だらけになったボロボロのドレスを脱ぎ、産まれたままの姿になって泉の中に足を沈める。ひんやりと冷たい水が優しく肌を包んだ。

    泉には私の体には、さらに大きくなった痣がハッキリとうつっている。左胸を覆うように広がった痣をよく見れば何かの文字のようにも見えた。

    このまま泉の中に沈んでいけば、私は解放される。

「さようなら、ローランド様。どうか、新しい婚約者の方とお幸せに……」  

    ほんの少しでも優しさを与えてくれた元婚約者の幸せを願うが、これが本心がどうかはわからない。ただ、幼い頃の思い出だけは汚したくなかった。この願いは自己満足と防衛本能だろう。

    もし生まれ変われるなら、今度こそ誰かに愛されますように……。





   とぷん。と、微かな音を立て、泉の中にラメルーシェの姿が消えた。


    その瞬間に時計の針が0時になったのだった。
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