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「ちょっと!あたしの話聞いてるの?!」
ピンク色の髪をツインテールにした少女が、髪と同じく淡いピンク色をした少し垂れ目気味な大きな瞳をギラギラとさせながら私に迫ってきていた。
「あっ、あなたは……!」
それはまさに、この1か月の間に耳にタコが出来そうな程に聞かされていた〈乙女ゲーム〉の要注意人物……ヒロイン像そのものだったのだ。
えーと?な、名前は……えーとえーと、名前……。あぁ!なんてことでしょう!ずっと「ヒロイン」と聞いたり言ったりしていたからか肝心の本名を思い出せないわ……!いやでも、確かにアーシャ様から聞いたことがあるはずーーーーあ!そ、そうだわ!
私は必死に記憶を絞り切り、アーシャ様の言葉を思い出すことに成功した。
「“天然に見せかけた養殖モノで、実は計算高い腹黒なフローラ・ラトベゼル男爵令嬢”ですわね?!」
「誰が養殖モノよ?!喧嘩売ってん…ゲフンゲフン!ーーーーさ、さすが、下位貴族を馬鹿にしている陰険侯爵令嬢ね!やっぱり男爵令嬢であるあたしに目をつけてイジメに来たってことね?!こんな物陰でこっそりイジメようとするなんて他の下位貴族に恨まれて当然よ!」
「え?お手洗いの前で待ち構えて出てきた私の手を掴んでここまで連れてこられたのは“天然に見せかけた養殖モ”「その前置きを名前の一部に加えるんじゃないわよ!」……も、申し訳ありません。この前置きの流れでお名前を記憶していたのでつい」
アーシャ様がヒロインの名前を口にする時は必ずこの前置きが付いてきていたのでどうもセットで覚えてしまったようだ。
「えーとえーと……。まぁ、それはそれとして。それで、私になんのご用でしょうか?」
とりあえずこの場を取り繕おうとにっこりと笑顔で対応したつもりだったが、どうやら怒らせてしまったようでヒロインは勢い良くダン!と足を踏み鳴らし頭を抱えだしてしまった。
「名前を覚えるの諦めたっていうのぉ?!侯爵令嬢なんだから物覚え良いはずでしょうがぁ!」
「1度覚えた事を覆すのは時間がかかるんです。それでなくても、アーノルド様の元へ行ってから覚えることがたくさんあって……」
セノーデン伯爵家の英才教育のおかげでヒロインと遭遇しても思っていたより冷静に事態を把握出来ていると感じる。なんとかしてこの場から逃げてアーノルド様かアーシャ様の所へ行かなくては……とにかく何か異変があったらすぐに教えて欲しいと言われているのだ。
それに、アーシャ様の情報によればヒロインは王子狙いのはずだ。確か、最初は王子の真意がわからずに実家の破綻で弱っている私を王子がお金を出して救った(お金で自由を買った)事実に嫉妬して「王子様に本当に愛されてるのはあたしよ!」と絡んでくるらしいのだが、今の私を買ったのはアーノルド様だ。ヒロインに嫉妬される理由は無いはずーーーー。そこまで思考していると、ヒロインはまたもや何度か咳ばらいをして腕を自分の腰に当てながら口を開いた。
「……とりあえず、名前の事はいいわ。ねぇ!あんたに聞きたい事があるんどけど!」
「え?はい、なんでしょう?」
一体何を聞かれるのだろうと首をこてんと傾げると、ヒロインは眉間にシワを寄せて私に詰め寄った。
「あんた、アーノルドに金で買われて無理矢理妻にされたって本当なの?!」
「え、……えーと?まぁ、はい」
無理矢理と言うか。まぁ、金で買われて即座に呼び寄せられたわけだし無理矢理?なんだろうか。それに金で買われたことは事実だ。あのお金のおかげで借金は元より生活費に弟の学費もなんとかしてもらえた。さらに言えば借金が無くなったから侯爵家の管理する領地も失わなくて済んだのだ。今回のことで賢明に働いて税を納めてくれる領民がいるから自分たちは生活出来ていたのだと身に沁みたお父様は領民たちに頭を下げてこれまでの横暴な振る舞いを謝罪したと聞いた。ひとつだけ驚いたのは、領民の代表なる人物がお父様を許したことだ。確かに侯爵家は態度こそ横暴だったが、決して税を上げたりもせず理不尽な事もしなかったからこの領地は暮らしやすいのだと言われたと。そういえば無茶な増税は絶対にしなかったし、いつも「平民は貴族に守られなければ生きていけない弱い奴らだ。由緒正しき貴族ならば守ってやらねばならないこともある。だが、生きている次元が違うのだから決して絆されてはいけない。それが由緒正しき貴族の生き様だ」と言っていたことを思い出した。そのことをアーシャ様に言ったら「とんだわかりにくいツンデレですわね」と呆れられてしまったが。……ツンデレってなにかしら?
それにしても、セノーデン伯爵家には感謝してもしきれない。お父様にも今の私は大丈夫だと手紙を送ったし、今回のことを反省して偏見なく生きて欲しいと思う。
そんな事を思い出していた私の表情を見て、ヒロインはさらに私に顔を近づけた。
「う、噂では、アーノルドに殺されたとか、奴隷として売られたとか、監禁されてるとか……」
「へ?いえ、こうして生きて学園に復帰していますし?殺されたりなんか……もちろん、売られたりなどや監禁などもされてはいませんが……」
「そ、そうよね……。で、でも!酷いことされたりとか虐げられたりしてるんでしょ?!お金で買われたんだから逆らうなとか言うことを聞けとか……!この1か月、どんな新婚生活を送っていたのか教えなさいよ?!」
「し、新婚生活……?!」
そう、確かに私とアーノルド様はすでに正式な夫婦にはなっている。まぁ、それも結婚式もまだしていないし書類上の事だけなのだか。アーシャ様が言うには「お兄様ったら1秒でも早くエトランゼ様と夫婦になりたいと役所に無理を言ったみたいですわ。まぁ、本当の結婚生活はエトランゼ様が学園を卒業後でしょうけれど、婚約者の立場だけでは我慢出来なかったみたいですのよ。愛が重いですわねぇ(笑)。それくらいエトランゼ様を独占したいようですわ!もちろんそれはわたくしもですけれど!お義姉様ってお呼び出来るのが楽しみですわぁ!」……らしい。書類が無事に処理されてからはアーノルド様のスキンシップがなんかこう、アレなので私としては反応に困るのは確かである。
「ど、どんなってそれは、そんな……!そ、そんなこと、人様に言えるはずありませんわ……!!」
私はここ最近のアーノルド様の行動を思い返し、顔色を赤や青にしてしまった。
だ、だって!こ、この間も、アーノルド様ったらやたら甘い言葉を囁きながら「ほら、エトランゼ嬢。あーんして?」なんて言って私の口にクッキーを押し込んだんですもの!しかもその後、口元についたクッキーの欠片を指で拭ってさらにそれを自分で食べたり……。「あなたに食べられたこのクッキーは幸せ者ですね。僕はあなたを食べたいですけど」と、全くわけの分からないことを言い出したりするんですもの!私はクッキーではありませんよ?!それでも、なんだか本当に私の事をそれなりに好意的に思っているかのようなその態度に翻弄されっぱなしなのである。書類上とはいえ結婚して夫婦となった今、もしもアーノルド様がこのヒロインと恋仲に(アーシャ様の言うアーノルド様ルートとやらに)なっていたら離縁やらなんやら大変な目に合うのに悪役令嬢の境遇に同情して本当に結婚してしまうなんて……さらにまるで本当に私を妻として求めていたかのような振る舞いで私を傷付けまいとするんだもの。私が少しでも後ろめたい気持ちにならないようにの配慮が凄まじいのだ。ある意味、それほど同情されるくらい私の未来が暗いことを指しているのだが。
なんとなくだが、このヒロインが王子を選んでくれて良かった。と、心の奥底でそんな風に思っていた。だって、それくらいセノーデン伯爵家は居心地が良い空間になりつつあったから。
それなのにーーーー。
なぜ、このヒロインはアーノルド様とのことを聞いてくるのか?
あなたが好きなのは、王子であってアーノルド様ではないはずなのでは?だいたい、さっきからアーノルド様の事を呼び捨てにしているのはなぜなんだろう。いくらアーノルド様に愛されるはずのヒロインだからって、彼は今は私の夫なのに……。それとも、私が同情されただけの妻だと知っているのかーーーー。
今の私は王子とは関わっていない。確かにアーシャ様に教えてもらった物語通りならば、悪役令嬢がいなければヒロインが王妃になるのは大変かもしれない。でも、だからって……。
ヒロインの真意がわからずに私が俯くと、ヒロインがボソリと小声で何かを呟いた。
「……なんてこと。だ、だってアーノルドルートはき……」
「え」
これまで、アーノルド様やアーシャ様。それに伯爵夫妻からしか聞かなかった言葉をヒロインが口にした気がして、思わずヒロインの目を真っ直ぐに見つめる。その途端、ヒロインは顔を真っ赤にしてーーーー。
「そこまでですわぁ!!」
私が詰め寄るヒロインと間近で見つめ合う状況になった瞬間。どこからか走ってやってきたアーシャ様がその隙間に滑り込んできたのである。
「……アーシャ様!」
「ご無事ですか?!エトランゼ様!」
はぁはぁと息を切らしだアーシャ様が、私の姿を見て眉をハの字にする。
「……お手洗いから出てきたらいないんですもの。心配しましたのよ」
「あ、ごめんなさい……。実はこちらの男爵令嬢に……その」
私が思わず言葉を濁すと、アーシャ様が私を背に庇いながらヒロインと距離を取るように後ろに下がった。
「ーーーーこの方は侯爵令嬢で、我が兄の妻となられたお方ですわ。男爵令嬢のあなたがどんなご用かしら?」
アーシャ様がヒロインに鋭い視線を向けると、ヒロインはにたじろんだ様子で「ちっ!」と舌打ちをした。そして憎々しげに睨みながらも頭を下げる。
「ーーーー別に、ちょっとお話をしていただけですわ……。ね?エトランゼ様」
「え、ええ……」
そしてヒロインはそのまま立ち去ったのだが……ヒロインが去り際にこちらを恨めしく睨んできたのを私は見逃さなかった。
きっと、あれは私に向けられた視線だと、わかってしまったのだーーーー。
ピンク色の髪をツインテールにした少女が、髪と同じく淡いピンク色をした少し垂れ目気味な大きな瞳をギラギラとさせながら私に迫ってきていた。
「あっ、あなたは……!」
それはまさに、この1か月の間に耳にタコが出来そうな程に聞かされていた〈乙女ゲーム〉の要注意人物……ヒロイン像そのものだったのだ。
えーと?な、名前は……えーとえーと、名前……。あぁ!なんてことでしょう!ずっと「ヒロイン」と聞いたり言ったりしていたからか肝心の本名を思い出せないわ……!いやでも、確かにアーシャ様から聞いたことがあるはずーーーーあ!そ、そうだわ!
私は必死に記憶を絞り切り、アーシャ様の言葉を思い出すことに成功した。
「“天然に見せかけた養殖モノで、実は計算高い腹黒なフローラ・ラトベゼル男爵令嬢”ですわね?!」
「誰が養殖モノよ?!喧嘩売ってん…ゲフンゲフン!ーーーーさ、さすが、下位貴族を馬鹿にしている陰険侯爵令嬢ね!やっぱり男爵令嬢であるあたしに目をつけてイジメに来たってことね?!こんな物陰でこっそりイジメようとするなんて他の下位貴族に恨まれて当然よ!」
「え?お手洗いの前で待ち構えて出てきた私の手を掴んでここまで連れてこられたのは“天然に見せかけた養殖モ”「その前置きを名前の一部に加えるんじゃないわよ!」……も、申し訳ありません。この前置きの流れでお名前を記憶していたのでつい」
アーシャ様がヒロインの名前を口にする時は必ずこの前置きが付いてきていたのでどうもセットで覚えてしまったようだ。
「えーとえーと……。まぁ、それはそれとして。それで、私になんのご用でしょうか?」
とりあえずこの場を取り繕おうとにっこりと笑顔で対応したつもりだったが、どうやら怒らせてしまったようでヒロインは勢い良くダン!と足を踏み鳴らし頭を抱えだしてしまった。
「名前を覚えるの諦めたっていうのぉ?!侯爵令嬢なんだから物覚え良いはずでしょうがぁ!」
「1度覚えた事を覆すのは時間がかかるんです。それでなくても、アーノルド様の元へ行ってから覚えることがたくさんあって……」
セノーデン伯爵家の英才教育のおかげでヒロインと遭遇しても思っていたより冷静に事態を把握出来ていると感じる。なんとかしてこの場から逃げてアーノルド様かアーシャ様の所へ行かなくては……とにかく何か異変があったらすぐに教えて欲しいと言われているのだ。
それに、アーシャ様の情報によればヒロインは王子狙いのはずだ。確か、最初は王子の真意がわからずに実家の破綻で弱っている私を王子がお金を出して救った(お金で自由を買った)事実に嫉妬して「王子様に本当に愛されてるのはあたしよ!」と絡んでくるらしいのだが、今の私を買ったのはアーノルド様だ。ヒロインに嫉妬される理由は無いはずーーーー。そこまで思考していると、ヒロインはまたもや何度か咳ばらいをして腕を自分の腰に当てながら口を開いた。
「……とりあえず、名前の事はいいわ。ねぇ!あんたに聞きたい事があるんどけど!」
「え?はい、なんでしょう?」
一体何を聞かれるのだろうと首をこてんと傾げると、ヒロインは眉間にシワを寄せて私に詰め寄った。
「あんた、アーノルドに金で買われて無理矢理妻にされたって本当なの?!」
「え、……えーと?まぁ、はい」
無理矢理と言うか。まぁ、金で買われて即座に呼び寄せられたわけだし無理矢理?なんだろうか。それに金で買われたことは事実だ。あのお金のおかげで借金は元より生活費に弟の学費もなんとかしてもらえた。さらに言えば借金が無くなったから侯爵家の管理する領地も失わなくて済んだのだ。今回のことで賢明に働いて税を納めてくれる領民がいるから自分たちは生活出来ていたのだと身に沁みたお父様は領民たちに頭を下げてこれまでの横暴な振る舞いを謝罪したと聞いた。ひとつだけ驚いたのは、領民の代表なる人物がお父様を許したことだ。確かに侯爵家は態度こそ横暴だったが、決して税を上げたりもせず理不尽な事もしなかったからこの領地は暮らしやすいのだと言われたと。そういえば無茶な増税は絶対にしなかったし、いつも「平民は貴族に守られなければ生きていけない弱い奴らだ。由緒正しき貴族ならば守ってやらねばならないこともある。だが、生きている次元が違うのだから決して絆されてはいけない。それが由緒正しき貴族の生き様だ」と言っていたことを思い出した。そのことをアーシャ様に言ったら「とんだわかりにくいツンデレですわね」と呆れられてしまったが。……ツンデレってなにかしら?
それにしても、セノーデン伯爵家には感謝してもしきれない。お父様にも今の私は大丈夫だと手紙を送ったし、今回のことを反省して偏見なく生きて欲しいと思う。
そんな事を思い出していた私の表情を見て、ヒロインはさらに私に顔を近づけた。
「う、噂では、アーノルドに殺されたとか、奴隷として売られたとか、監禁されてるとか……」
「へ?いえ、こうして生きて学園に復帰していますし?殺されたりなんか……もちろん、売られたりなどや監禁などもされてはいませんが……」
「そ、そうよね……。で、でも!酷いことされたりとか虐げられたりしてるんでしょ?!お金で買われたんだから逆らうなとか言うことを聞けとか……!この1か月、どんな新婚生活を送っていたのか教えなさいよ?!」
「し、新婚生活……?!」
そう、確かに私とアーノルド様はすでに正式な夫婦にはなっている。まぁ、それも結婚式もまだしていないし書類上の事だけなのだか。アーシャ様が言うには「お兄様ったら1秒でも早くエトランゼ様と夫婦になりたいと役所に無理を言ったみたいですわ。まぁ、本当の結婚生活はエトランゼ様が学園を卒業後でしょうけれど、婚約者の立場だけでは我慢出来なかったみたいですのよ。愛が重いですわねぇ(笑)。それくらいエトランゼ様を独占したいようですわ!もちろんそれはわたくしもですけれど!お義姉様ってお呼び出来るのが楽しみですわぁ!」……らしい。書類が無事に処理されてからはアーノルド様のスキンシップがなんかこう、アレなので私としては反応に困るのは確かである。
「ど、どんなってそれは、そんな……!そ、そんなこと、人様に言えるはずありませんわ……!!」
私はここ最近のアーノルド様の行動を思い返し、顔色を赤や青にしてしまった。
だ、だって!こ、この間も、アーノルド様ったらやたら甘い言葉を囁きながら「ほら、エトランゼ嬢。あーんして?」なんて言って私の口にクッキーを押し込んだんですもの!しかもその後、口元についたクッキーの欠片を指で拭ってさらにそれを自分で食べたり……。「あなたに食べられたこのクッキーは幸せ者ですね。僕はあなたを食べたいですけど」と、全くわけの分からないことを言い出したりするんですもの!私はクッキーではありませんよ?!それでも、なんだか本当に私の事をそれなりに好意的に思っているかのようなその態度に翻弄されっぱなしなのである。書類上とはいえ結婚して夫婦となった今、もしもアーノルド様がこのヒロインと恋仲に(アーシャ様の言うアーノルド様ルートとやらに)なっていたら離縁やらなんやら大変な目に合うのに悪役令嬢の境遇に同情して本当に結婚してしまうなんて……さらにまるで本当に私を妻として求めていたかのような振る舞いで私を傷付けまいとするんだもの。私が少しでも後ろめたい気持ちにならないようにの配慮が凄まじいのだ。ある意味、それほど同情されるくらい私の未来が暗いことを指しているのだが。
なんとなくだが、このヒロインが王子を選んでくれて良かった。と、心の奥底でそんな風に思っていた。だって、それくらいセノーデン伯爵家は居心地が良い空間になりつつあったから。
それなのにーーーー。
なぜ、このヒロインはアーノルド様とのことを聞いてくるのか?
あなたが好きなのは、王子であってアーノルド様ではないはずなのでは?だいたい、さっきからアーノルド様の事を呼び捨てにしているのはなぜなんだろう。いくらアーノルド様に愛されるはずのヒロインだからって、彼は今は私の夫なのに……。それとも、私が同情されただけの妻だと知っているのかーーーー。
今の私は王子とは関わっていない。確かにアーシャ様に教えてもらった物語通りならば、悪役令嬢がいなければヒロインが王妃になるのは大変かもしれない。でも、だからって……。
ヒロインの真意がわからずに私が俯くと、ヒロインがボソリと小声で何かを呟いた。
「……なんてこと。だ、だってアーノルドルートはき……」
「え」
これまで、アーノルド様やアーシャ様。それに伯爵夫妻からしか聞かなかった言葉をヒロインが口にした気がして、思わずヒロインの目を真っ直ぐに見つめる。その途端、ヒロインは顔を真っ赤にしてーーーー。
「そこまでですわぁ!!」
私が詰め寄るヒロインと間近で見つめ合う状況になった瞬間。どこからか走ってやってきたアーシャ様がその隙間に滑り込んできたのである。
「……アーシャ様!」
「ご無事ですか?!エトランゼ様!」
はぁはぁと息を切らしだアーシャ様が、私の姿を見て眉をハの字にする。
「……お手洗いから出てきたらいないんですもの。心配しましたのよ」
「あ、ごめんなさい……。実はこちらの男爵令嬢に……その」
私が思わず言葉を濁すと、アーシャ様が私を背に庇いながらヒロインと距離を取るように後ろに下がった。
「ーーーーこの方は侯爵令嬢で、我が兄の妻となられたお方ですわ。男爵令嬢のあなたがどんなご用かしら?」
アーシャ様がヒロインに鋭い視線を向けると、ヒロインはにたじろんだ様子で「ちっ!」と舌打ちをした。そして憎々しげに睨みながらも頭を下げる。
「ーーーー別に、ちょっとお話をしていただけですわ……。ね?エトランゼ様」
「え、ええ……」
そしてヒロインはそのまま立ち去ったのだが……ヒロインが去り際にこちらを恨めしく睨んできたのを私は見逃さなかった。
きっと、あれは私に向けられた視線だと、わかってしまったのだーーーー。
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