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73 あの日の結末②

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    異国へ向かう馬車の中。穏やかな揺れに心地好くなったのか、さっきまであんなにはしゃいでいたルゥナが私の膝に頭を預け眠ってしまいました。

「……大きくなりましたね」

「本当に……」

    起こさないようにそっと頭を撫でていると、この子が産まれた日の事を思い出しました。そこに至るまでの怒涛の日々も。

    それは、運命が決まったあの日─────。










***



〈10年前〉



   あの日、私はレベッカ様に不安な気持ちを吐露しました。

    ジルさんと結ばれるということは私は実家に帰って領地を継ぐことが出来ない。ということです。未だに私の帰りを待ってくれている両親や領地の民になんて言えばいいのか……。と悩んでいました。

いえ、たぶん私がジルさんと婚約した事は喜んでくれると思います。領地の事も気にするなと言うでしょう。しかし、私がいなければ跡継ぎのいない伯爵家はあの親戚たちに奪われる可能性があるのです。ずっと私を蔑み大切な両親に嫌味言ってきた親戚たちに大切な伯爵領を好き勝手されたらと思うと両親への顔向けも出来ません。

「私は……最低です。決めなければいけないとわかっているのに、決められないのです」

「ロティーナ様……」

    レベッカ様は優しく私の背中を撫でてくれました。

「それなら、ひとついい考えがありますのよ。もちろんジーンルディ陛下が嫌がるなら無理なんですけれど……きっと大丈夫ですわ」

「え?」

    そう言ってウインクしたレベッカ様は、優しい聖母の微笑みを見せたのです。




    そこからが怒濤の展開でした。

    なんと、ジルさんは異国の王を引退して全ての権限をレベッカ様に譲渡したのです。

「この国は元々占星術師がなにより1番の国だったからな。それならその占星術師が治める国になった方がいいだろ?」

    確かに占星術師の言葉を求める声は未だに絶えませんし、その発言力はジルさんよりも上です。特にその根本を変えようともしていませんでしたが、まさかこのために?

「貿易や流通も全部整えたし、例の王女の国も納得済みだ。オレはラスドレード国を変えた王として名を残して引退する。引き継ぎも完璧だよ」

「レベッカ様はそれでいいのですか?」

「……ロティーナ様、これはわたくしから提案したことですわ。大丈夫、わたくしは必ずこの国を守ります」



    だから、幸せになってください。と。









    それからレベッカ様はご自身の両親、公爵家のおじさまとおばさまをラスドレード国へ呼び一緒に暮らしておられます。おじさまたちは爵位を返上されてラスドレード国に移住して隠居されるそうです。

    そして、なんと私の実家である伯爵家が新たな公爵の爵位を頂いてしまいました。元の伯爵領もまとめて公爵領となり、かなりの領地を治めることになったのです。メルローズ様が「それだけの功績があるから」とおっしゃったそうですが、伯爵がいきなり公爵になるなんて本当ならあり得ません。おじさまとおばさまを異国へ移住させるために色々と手を尽くして下さったのでしょう。メルローズ様は「前王の愚かな罪を少しでも償いたい」とおっしゃっていましたから。

    さらに驚いたのはターイズさんです。

「いつの間にレベッカ様と?」

「……占星術師様に口説き落とされました」

    そう、なんとおふたりが結婚なされたんです。びっくりし過ぎてオロオロしてしまいました。

「自分は、その……心に想う方が忘れられないからとお断りしたのですが……」

「それでもいいと言いましたの。わたくしも色々あった身ですし、ラスドレード国の代表が未婚の女性だとわかれば面倒ですもの。ターイズ様には存分に隠れ蓑になっていただきますわ。それに、ルーナ様との想い出話もたくさん出来そうですしね」

「はい……。元々の本名は完全に捨てて“ターイズ”に改名するご許可も頂けましたし、今後周りから結婚について色々言われるよりは、占星術師様のお役に立てる方がいいかと思いまして。隠れ蓑でよいのならとお受けすることにしました」

    レベッカ様は「もう婚約破棄に巻き込まれるのはこりごりですから」と笑いました。

    その後、レベッカ様が引き継いだ後も特に問題は無く平和な国になったのを確認出来たのもあって私とジルさんは一緒に私の母国へと帰ったのです。

    ジルさんは王族の名である“ジーンルディ”の名を返上し、改めて“ジル”となり私の入婿となりました。

    結婚式を終え、新たな公爵夫妻となった私たちは忙しくも幸せに暮らしていました。メルローズ様の治めるこの国はとても豊かで平和です。ラスドレード国との交流も順調で、それぞれの国はさらに発展し国民たちも不満なく暮らしています。

    そんな時、私が妊娠したことがわかりました。

    あの時のジルさんの歓びぶりは大変でしたよ。いくら嬉しいからって窓から叫ぶのは止めてください。恥ずかしいです。

    産まれた娘は桃色の髪に灰色の瞳をしていて、みんなそれはそれは喜んでくれました。

    もう“不気味な桃毛”も“不吉な灰眼”も存在しないのです。

    娘の名前は“ルゥナ”です。もちろんルーナ様の名前から名付けさせてもらいました。


   私はとても幸せです。とても……。









***





「ロティーナ様ぁ~っ」

    異国へ到着した私たちを大きなお腹を抱えたレベッカ様が迎えてくれます。

    昔はラスドレード国へ来るには何日も馬車の旅をしなければいけなかったのですが、ジルさんとレベッカ様が手を組んで道を整備してくれたので今では2日でこれるようになりました。元アールスト国だった国はラスドレード国の領地になってから宿屋がたくさん増えました。ラスドレード国へ来るときは一晩そこに泊まりますが、行く度にさらに発展しているので宿屋業が大当たりしたようです。

「レベッカ様!走ったら危な……」

    走り出すレベッカ様を止めようと手を伸ばすと、私の手が届く前にレベッカ様の体が宙に浮きました。

「……ターイズ様、重いから下ろしてください!」

「レベッカは重くない。いつ産まれてもおかしくないのに危ないことはしないで欲しい」

    ジタバタとするレベッカ様を軽々抱き上げたターイズさんが私に視線を向けました。

「ようこそいらっしゃいました、聖女様。このような格好で申し訳ありません」

「いえいえ、今はなによりレベッカ様を優先してください」

    あの時はお互いに隠れ蓑宣言して結婚したおふたりですが、なんだかんだと想い合っているようで安心しました。

「もう、ターイズ様は心配しすぎですわ。お医者様だってまだ大丈夫だって……い、いたたた?!」

「レベッカ様ぁ?!」






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