73 / 74
73 あの日の結末②
しおりを挟む
異国へ向かう馬車の中。穏やかな揺れに心地好くなったのか、さっきまであんなにはしゃいでいたルゥナが私の膝に頭を預け眠ってしまいました。
「……大きくなりましたね」
「本当に……」
起こさないようにそっと頭を撫でていると、この子が産まれた日の事を思い出しました。そこに至るまでの怒涛の日々も。
それは、運命が決まったあの日─────。
***
〈10年前〉
あの日、私はレベッカ様に不安な気持ちを吐露しました。
ジルさんと結ばれるということは私は実家に帰って領地を継ぐことが出来ない。ということです。未だに私の帰りを待ってくれている両親や領地の民になんて言えばいいのか……。と悩んでいました。
いえ、たぶん私がジルさんと婚約した事は喜んでくれると思います。領地の事も気にするなと言うでしょう。しかし、私がいなければ跡継ぎのいない伯爵家はあの親戚たちに奪われる可能性があるのです。ずっと私を蔑み大切な両親に嫌味言ってきた親戚たちに大切な伯爵領を好き勝手されたらと思うと両親への顔向けも出来ません。
「私は……最低です。決めなければいけないとわかっているのに、決められないのです」
「ロティーナ様……」
レベッカ様は優しく私の背中を撫でてくれました。
「それなら、ひとついい考えがありますのよ。もちろんジーンルディ陛下が嫌がるなら無理なんですけれど……きっと大丈夫ですわ」
「え?」
そう言ってウインクしたレベッカ様は、優しい聖母の微笑みを見せたのです。
そこからが怒濤の展開でした。
なんと、ジルさんは異国の王を引退して全ての権限をレベッカ様に譲渡したのです。
「この国は元々占星術師がなにより1番の国だったからな。それならその占星術師が治める国になった方がいいだろ?」
確かに占星術師の言葉を求める声は未だに絶えませんし、その発言力はジルさんよりも上です。特にその根本を変えようともしていませんでしたが、まさかこのために?
「貿易や流通も全部整えたし、例の王女の国も納得済みだ。オレはラスドレード国を変えた王として名を残して引退する。引き継ぎも完璧だよ」
「レベッカ様はそれでいいのですか?」
「……ロティーナ様、これはわたくしから提案したことですわ。大丈夫、わたくしは必ずこの国を守ります」
だから、幸せになってください。と。
それからレベッカ様はご自身の両親、公爵家のおじさまとおばさまをラスドレード国へ呼び一緒に暮らしておられます。おじさまたちは爵位を返上されてラスドレード国に移住して隠居されるそうです。
そして、なんと私の実家である伯爵家が新たな公爵の爵位を頂いてしまいました。元の伯爵領もまとめて公爵領となり、かなりの領地を治めることになったのです。メルローズ様が「それだけの功績があるから」とおっしゃったそうですが、伯爵がいきなり公爵になるなんて本当ならあり得ません。おじさまとおばさまを異国へ移住させるために色々と手を尽くして下さったのでしょう。メルローズ様は「前王の愚かな罪を少しでも償いたい」とおっしゃっていましたから。
さらに驚いたのはターイズさんです。
「いつの間にレベッカ様と?」
「……占星術師様に口説き落とされました」
そう、なんとおふたりが結婚なされたんです。びっくりし過ぎてオロオロしてしまいました。
「自分は、その……心に想う方が忘れられないからとお断りしたのですが……」
「それでもいいと言いましたの。わたくしも色々あった身ですし、ラスドレード国の代表が未婚の女性だとわかれば面倒ですもの。ターイズ様には存分に隠れ蓑になっていただきますわ。それに、ルーナ様との想い出話もたくさん出来そうですしね」
「はい……。元々の本名は完全に捨てて“ターイズ”に改名するご許可も頂けましたし、今後周りから結婚について色々言われるよりは、占星術師様のお役に立てる方がいいかと思いまして。隠れ蓑でよいのならとお受けすることにしました」
レベッカ様は「もう婚約破棄に巻き込まれるのはこりごりですから」と笑いました。
その後、レベッカ様が引き継いだ後も特に問題は無く平和な国になったのを確認出来たのもあって私とジルさんは一緒に私の母国へと帰ったのです。
ジルさんは王族の名である“ジーンルディ”の名を返上し、改めて“ジル”となり私の入婿となりました。
結婚式を終え、新たな公爵夫妻となった私たちは忙しくも幸せに暮らしていました。メルローズ様の治めるこの国はとても豊かで平和です。ラスドレード国との交流も順調で、それぞれの国はさらに発展し国民たちも不満なく暮らしています。
そんな時、私が妊娠したことがわかりました。
あの時のジルさんの歓びぶりは大変でしたよ。いくら嬉しいからって窓から叫ぶのは止めてください。恥ずかしいです。
産まれた娘は桃色の髪に灰色の瞳をしていて、みんなそれはそれは喜んでくれました。
もう“不気味な桃毛”も“不吉な灰眼”も存在しないのです。
娘の名前は“ルゥナ”です。もちろんルーナ様の名前から名付けさせてもらいました。
私はとても幸せです。とても……。
***
「ロティーナ様ぁ~っ」
異国へ到着した私たちを大きなお腹を抱えたレベッカ様が迎えてくれます。
昔はラスドレード国へ来るには何日も馬車の旅をしなければいけなかったのですが、ジルさんとレベッカ様が手を組んで道を整備してくれたので今では2日でこれるようになりました。元アールスト国だった国はラスドレード国の領地になってから宿屋がたくさん増えました。ラスドレード国へ来るときは一晩そこに泊まりますが、行く度にさらに発展しているので宿屋業が大当たりしたようです。
「レベッカ様!走ったら危な……」
走り出すレベッカ様を止めようと手を伸ばすと、私の手が届く前にレベッカ様の体が宙に浮きました。
「……ターイズ様、重いから下ろしてください!」
「レベッカは重くない。いつ産まれてもおかしくないのに危ないことはしないで欲しい」
ジタバタとするレベッカ様を軽々抱き上げたターイズさんが私に視線を向けました。
「ようこそいらっしゃいました、聖女様。このような格好で申し訳ありません」
「いえいえ、今はなによりレベッカ様を優先してください」
あの時はお互いに隠れ蓑宣言して結婚したおふたりですが、なんだかんだと想い合っているようで安心しました。
「もう、ターイズ様は心配しすぎですわ。お医者様だってまだ大丈夫だって……い、いたたた?!」
「レベッカ様ぁ?!」
「……大きくなりましたね」
「本当に……」
起こさないようにそっと頭を撫でていると、この子が産まれた日の事を思い出しました。そこに至るまでの怒涛の日々も。
それは、運命が決まったあの日─────。
***
〈10年前〉
あの日、私はレベッカ様に不安な気持ちを吐露しました。
ジルさんと結ばれるということは私は実家に帰って領地を継ぐことが出来ない。ということです。未だに私の帰りを待ってくれている両親や領地の民になんて言えばいいのか……。と悩んでいました。
いえ、たぶん私がジルさんと婚約した事は喜んでくれると思います。領地の事も気にするなと言うでしょう。しかし、私がいなければ跡継ぎのいない伯爵家はあの親戚たちに奪われる可能性があるのです。ずっと私を蔑み大切な両親に嫌味言ってきた親戚たちに大切な伯爵領を好き勝手されたらと思うと両親への顔向けも出来ません。
「私は……最低です。決めなければいけないとわかっているのに、決められないのです」
「ロティーナ様……」
レベッカ様は優しく私の背中を撫でてくれました。
「それなら、ひとついい考えがありますのよ。もちろんジーンルディ陛下が嫌がるなら無理なんですけれど……きっと大丈夫ですわ」
「え?」
そう言ってウインクしたレベッカ様は、優しい聖母の微笑みを見せたのです。
そこからが怒濤の展開でした。
なんと、ジルさんは異国の王を引退して全ての権限をレベッカ様に譲渡したのです。
「この国は元々占星術師がなにより1番の国だったからな。それならその占星術師が治める国になった方がいいだろ?」
確かに占星術師の言葉を求める声は未だに絶えませんし、その発言力はジルさんよりも上です。特にその根本を変えようともしていませんでしたが、まさかこのために?
「貿易や流通も全部整えたし、例の王女の国も納得済みだ。オレはラスドレード国を変えた王として名を残して引退する。引き継ぎも完璧だよ」
「レベッカ様はそれでいいのですか?」
「……ロティーナ様、これはわたくしから提案したことですわ。大丈夫、わたくしは必ずこの国を守ります」
だから、幸せになってください。と。
それからレベッカ様はご自身の両親、公爵家のおじさまとおばさまをラスドレード国へ呼び一緒に暮らしておられます。おじさまたちは爵位を返上されてラスドレード国に移住して隠居されるそうです。
そして、なんと私の実家である伯爵家が新たな公爵の爵位を頂いてしまいました。元の伯爵領もまとめて公爵領となり、かなりの領地を治めることになったのです。メルローズ様が「それだけの功績があるから」とおっしゃったそうですが、伯爵がいきなり公爵になるなんて本当ならあり得ません。おじさまとおばさまを異国へ移住させるために色々と手を尽くして下さったのでしょう。メルローズ様は「前王の愚かな罪を少しでも償いたい」とおっしゃっていましたから。
さらに驚いたのはターイズさんです。
「いつの間にレベッカ様と?」
「……占星術師様に口説き落とされました」
そう、なんとおふたりが結婚なされたんです。びっくりし過ぎてオロオロしてしまいました。
「自分は、その……心に想う方が忘れられないからとお断りしたのですが……」
「それでもいいと言いましたの。わたくしも色々あった身ですし、ラスドレード国の代表が未婚の女性だとわかれば面倒ですもの。ターイズ様には存分に隠れ蓑になっていただきますわ。それに、ルーナ様との想い出話もたくさん出来そうですしね」
「はい……。元々の本名は完全に捨てて“ターイズ”に改名するご許可も頂けましたし、今後周りから結婚について色々言われるよりは、占星術師様のお役に立てる方がいいかと思いまして。隠れ蓑でよいのならとお受けすることにしました」
レベッカ様は「もう婚約破棄に巻き込まれるのはこりごりですから」と笑いました。
その後、レベッカ様が引き継いだ後も特に問題は無く平和な国になったのを確認出来たのもあって私とジルさんは一緒に私の母国へと帰ったのです。
ジルさんは王族の名である“ジーンルディ”の名を返上し、改めて“ジル”となり私の入婿となりました。
結婚式を終え、新たな公爵夫妻となった私たちは忙しくも幸せに暮らしていました。メルローズ様の治めるこの国はとても豊かで平和です。ラスドレード国との交流も順調で、それぞれの国はさらに発展し国民たちも不満なく暮らしています。
そんな時、私が妊娠したことがわかりました。
あの時のジルさんの歓びぶりは大変でしたよ。いくら嬉しいからって窓から叫ぶのは止めてください。恥ずかしいです。
産まれた娘は桃色の髪に灰色の瞳をしていて、みんなそれはそれは喜んでくれました。
もう“不気味な桃毛”も“不吉な灰眼”も存在しないのです。
娘の名前は“ルゥナ”です。もちろんルーナ様の名前から名付けさせてもらいました。
私はとても幸せです。とても……。
***
「ロティーナ様ぁ~っ」
異国へ到着した私たちを大きなお腹を抱えたレベッカ様が迎えてくれます。
昔はラスドレード国へ来るには何日も馬車の旅をしなければいけなかったのですが、ジルさんとレベッカ様が手を組んで道を整備してくれたので今では2日でこれるようになりました。元アールスト国だった国はラスドレード国の領地になってから宿屋がたくさん増えました。ラスドレード国へ来るときは一晩そこに泊まりますが、行く度にさらに発展しているので宿屋業が大当たりしたようです。
「レベッカ様!走ったら危な……」
走り出すレベッカ様を止めようと手を伸ばすと、私の手が届く前にレベッカ様の体が宙に浮きました。
「……ターイズ様、重いから下ろしてください!」
「レベッカは重くない。いつ産まれてもおかしくないのに危ないことはしないで欲しい」
ジタバタとするレベッカ様を軽々抱き上げたターイズさんが私に視線を向けました。
「ようこそいらっしゃいました、聖女様。このような格好で申し訳ありません」
「いえいえ、今はなによりレベッカ様を優先してください」
あの時はお互いに隠れ蓑宣言して結婚したおふたりですが、なんだかんだと想い合っているようで安心しました。
「もう、ターイズ様は心配しすぎですわ。お医者様だってまだ大丈夫だって……い、いたたた?!」
「レベッカ様ぁ?!」
45
お気に入りに追加
402
あなたにおすすめの小説
不遇な王妃は国王の愛を望まない
ゆきむらさり
恋愛
稚拙ながらも投稿初日(11/21)から📝HOTランキングに入れて頂き、本当にありがとうございます🤗 今回初めてHOTランキングの5位(11/23)を頂き感無量です🥲 そうは言いつつも間違ってランキング入りしてしまった感が否めないのも確かです💦 それでも目に留めてくれた読者様には感謝致します✨
〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。
※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり。ハピエン🩷
欲深い聖女のなれの果ては
あねもね
恋愛
ヴィオレーヌ・ランバルト公爵令嬢は婚約者の第二王子のアルバートと愛し合っていた。
その彼が王位第一継承者の座を得るために、探し出された聖女を伴って魔王討伐に出ると言う。
しかし王宮で準備期間中に聖女と惹かれ合い、恋仲になった様子を目撃してしまう。
これまで傍観していたヴィオレーヌは動くことを決意する。
※2022年3月31日、HOTランキング1位となりました。お読みいただいている皆様方、誠にありがとうございます。
エメラインの結婚紋
サイコちゃん
恋愛
伯爵令嬢エメラインと侯爵ブッチャーの婚儀にて結婚紋が光った。この国では結婚をすると重婚などを防ぐために結婚紋が刻まれるのだ。それが婚儀で光るということは重婚の証だと人々は騒ぐ。ブッチャーに夫は誰だと問われたエメラインは「夫は三十分後に来る」と言う。さら問い詰められて結婚の経緯を語るエメラインだったが、手を上げられそうになる。その時、駆けつけたのは一団を率いたこの国の第一王子ライオネスだった――
婚約破棄の上に家を追放された直後に聖女としての力に目覚めました。
三葉 空
恋愛
ユリナはバラノン伯爵家の長女であり、公爵子息のブリックス・オメルダと婚約していた。しかし、ブリックスは身勝手な理由で彼女に婚約破棄を言い渡す。さらに、元から妹ばかり可愛がっていた両親にも愛想を尽かされ、家から追放されてしまう。ユリナは全てを失いショックを受けるが、直後に聖女としての力に目覚める。そして、神殿の神職たちだけでなく、王家からも丁重に扱われる。さらに、お祈りをするだけでたんまりと給料をもらえるチート職業、それが聖女。さらに、イケメン王子のレオルドに見初められて求愛を受ける。どん底から一転、一気に幸せを掴み取った。その事実を知った元婚約者と元家族は……
冤罪で殺された聖女、生まれ変わって自由に生きる
みおな
恋愛
聖女。
女神から選ばれし、世界にたった一人の存在。
本来なら、誰からも尊ばれ大切に扱われる存在である聖女ルディアは、婚約者である王太子から冤罪をかけられ処刑されてしまう。
愛し子の死に、女神はルディアの時間を巻き戻す。
記憶を持ったまま聖女認定の前に戻ったルディアは、聖女にならず自由に生きる道を選択する。
私の婚約者とキスする妹を見た時、婚約破棄されるのだと分かっていました
あねもね
恋愛
妹は私と違って美貌の持ち主で、親の愛情をふんだんに受けて育った結果、傲慢になりました。
自分には手に入らないものは何もないくせに、私のものを欲しがり、果てには私の婚約者まで奪いました。
その時分かりました。婚約破棄されるのだと……。
【完結済】次こそは愛されるかもしれないと、期待した私が愚かでした。
こゆき
恋愛
リーゼッヒ王国、王太子アレン。
彼の婚約者として、清く正しく生きてきたヴィオラ・ライラック。
皆に祝福されたその婚約は、とてもとても幸せなものだった。
だが、学園にとあるご令嬢が転入してきたことにより、彼女の生活は一変してしまう。
何もしていないのに、『ヴィオラがそのご令嬢をいじめている』とみんなが言うのだ。
どれだけ違うと訴えても、誰も信じてはくれなかった。
絶望と悲しみにくれるヴィオラは、そのまま隣国の王太子──ハイル帝国の王太子、レオへと『同盟の証』という名の厄介払いとして嫁がされてしまう。
聡明な王子としてリーゼッヒ王国でも有名だったレオならば、己の無罪を信じてくれるかと期待したヴィオラだったが──……
※在り来りなご都合主義設定です
※『悪役令嬢は自分磨きに忙しい!』の合間の息抜き小説です
※つまりは行き当たりばったり
※不定期掲載な上に雰囲気小説です。ご了承ください
4/1 HOT女性向け2位に入りました。ありがとうございます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる