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36 その協力者はとても真面目なようです

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「……つ、疲れたぁ。もう!あの王子を殴らないように我慢して笑顔でいるのがこんなにツライなんて思いませんでしたっ」

    王妃様へのお見舞いを終えてパーティーへの参加を約束し、少し休むからと人払いをお願いして用意された客室の中へ入るなりフラフラと吸い込まれるようにソファに突っ伏してしまいました。お行儀が悪いと言われるかもしれませんが、それくらい精神力が削られてしまったんで(主にあの王子のせいで)許して欲しいです。なにせ、遠目から視界に入った瞬間からぶん殴ってやりたい欲求をずっと抑えていたんですもの。

あ、ソファがふかふかだわ。

「お疲れ様でした、お嬢様!とても素晴らしい立ち振る舞いでした!もうお嬢様はまさに聖女中の聖女でございましたよ~っ!」

「お疲れ様。なかなか立派な聖女様だったね」

   るんるんのアニーが意気揚々とお茶の準備をしてくれます。聖女中の聖女ってなんでしょうか……。なぜアニーがここにいるのかというと、実は偽聖女との旅なんて危険だからと思い、それとなく反対したのですが決して譲らずになんとジルさんを説得して聖女付きの侍女としてこの旅についてきてしまったからです。アニーは私が聖女だと信じて疑わず「異国でのお世話もお任せ下さい!」とやる気満々でトーマスからも色々と言い付けられてきたようでした。……ナイフの扱いを伝授されていたように見えたのは気の所為だと思いたいです。それにしても、もし私の聖女としての役割が偽物だとわかったらどうなることやら……。今から心配でなりません。

 そんな私の考えなど気にしていないのか(絶対にわかっているくせに)ジルさんは反対側のソファに座っていてすでにお茶を飲んでいます。なんで私より先に寛いでいるのでしょうか……。



「それで、そっちの首尾はどうだったんですか?」

    私がため息混じりにそう聞くと、ジルさんは「聞きたい?」と意味深な笑みを浮かべて首を傾げました。この人は私があの王子と対面している間「ちょっとデザートの仕込みをしてくる」とかなんとか言ってお供をアニーに押付けて姿を消してしまっていたんです。お供と言ってもアニーは侍女なのでパーティー会場の壁際に立っていることしか出来ませんので、実質ひとりであの王子とやり取りしたんですからね!

 まぁ、今回はちゃんと何をするのか教えてくれていたから私も頑張りましたけど。

   それにしてもあの第1王子の気持ち悪い視線に耐えるのは本当に大変でした。なんなんですかね、あの王子。まとわりつくようないやらしい目で見てきて気持ち悪いし、ずっとニヤニヤしていて気持ち悪いし、いきなり名前で呼んでくるとか本当に気持ち悪いんですけど。まさにキモ王子じゃないですか。あんなのがレベッカ様の元婚約者で、浮気しておいてレベッカ様を断罪したのかと思うとさらに怒りが湧いてきます。

「ロティーナがみんなの目を惹き付けてくれたからすんなり出来たよ。仕込みは完璧。ついでに情報も手に入れてきた。
 やっぱりあの王子、今は香水の効果が切れているみたいだな。昔の女アミィにはもう興味無いって感じだし。そして今度は聖女ロティーナを狙ってるっぽいね。野心家みたいだけど本人にそれ系の才能はなさそうだ。裏で糸を引いてる奴がいると思うよ。

    まぁそんなわけで、今夜のパーティーはオレがエスコートするよ。でないとあの馬鹿王子が確実に名乗り出そうだからさ」

「お願いしますよ、あんな人にエスコートなんかされたくないですから」

    気力を振り絞ってソファに座り直すとアニーがが甘い香りのする紅茶を私の前に出してくれました。ひと口飲むと疲れた体に染み渡る感じがします。

「……あぁ、美味しいぃぃぃ。やっぱりアニーの淹れる紅茶は最高ね!」

「任せて下さい!疲労回復効果のあるお茶ですから!」

    美味しい紅茶にほっと息を吐きながら、これまでの事が脳裏に浮かびました。

    あの日……私が髪をバッサリ切ってから、それはそれは慌ただしかったのです……。









***









    ジルさんは馬車内に散らばる髪を一本残らず集めて大切に袋に詰めた後、私の方をじーっと見てきます。そんなに神経質になって集めなくてもよいのでは?

「どうしました?」

    なにやら後頭部に視線を感じます。もしかして髪が短いと聖女として認められないとかなんとか言い出す気でしょうか?まぁ、それならジルさんの事だからウィッグでも準備しそうですけど。

「え。いやぁ、その髪のままで屋敷に帰ったら大騒動になりそうだなぁ。と思って……あの執事さんとか辺りがどんな反応するかとか」

「あぁ……それもそうですね。確かにトーマスとアニーが発狂するかもしれません」

    なにせ今の髪型は後ろはバッサリ短いのに、前髪やサイドの髪は長いまま。しかもナイフで切ったから切り口がバラバラです。さすがにこのままで帰宅したら、アニーたちどころかついでにお母様あたりも卒倒しそうですね。

「じゃあ、ちょっと寄り道していこうか」

    と言って連れてこられたのは、町外れにひっそりとある少々古びた小屋でした。こんな場所があったなんて知らなかったので驚いたのですが、小屋の中から出てきた人物にさらに驚いたのです。

「……なんだ、聖女様を連れてきたのか?」

  なんとそこにいたのは、青髪をした長身の……(たぶん)アニーを救けてくれた方だったからです。あの時は顔の原型がわかりませんでしたが、この青髪と雰囲気はまさにあの方でしょう。でも……なんだかーーーー。

「あれっ?もしかしてさっきの……」

「あ、さっきの別館の門のところにいた騎士は実はこいつー。内部から探らせるために潜り込んでもらってアミィ嬢の護衛してもらってたんだ~。クソ真面目で任務しか見えてないからアミィ嬢の誘惑にも反応しなくて便利だったんだけど、融通がきかないというか不器用な上に無愛想で臨機応変とかできない奴でさ」

 つまり、アミィ嬢の所へ行くときにあんなに睨んでいたのは私を心配して注意喚起をしたかったのだそうです。あれは注意喚起というよりどちらかと言うと脅しっぽかった気がしますが。っていうか、そうゆうのはもっと早く教えてておいて欲しいです。さっきはてっきりアミィ嬢の信者だと思って無駄に身構えてしまったじゃないですか!

「そ、それにしても……アミィ嬢のつけていた香水の威力は凄かったんでしょう?護衛となればかなり近くで過ごしたでしょうに、よく影響を受けませんでしたね?」

「……自分には、ずっと心に想う方がいますので」

 青髪の人がボソリと小声でそう答えると、ジルさんがニヤリと口もとを歪めながら肩を竦めました。

「いやぁ~。その相手が誰なのかは教えてくれないんだけど、一途な奴だからアミィ嬢にも靡かなかった強者なんだよね。オレみたいに体質的に効かない人間もいるけど、そうじゃないのにここまで鉄壁なんてそこだけは尊敬ものさ。つまり変態並みにその相手にぞっこんなんだろーね。いやぁ、変態ってすごいなぁ」

 一応(?)褒めているみたいですが、とりあえず青髪の彼がジルさんの仲間であることはわかりました。つまりあれだけ強力な香水でもアミィ嬢に性的な興味がなければ効果が無いと……そういうことでいいみたいですね。裏を返せば、それだけアミィ嬢に興味を持った男達が溢れていたということですけれど。

「自分のことはもういいだろう。それで、急にどうしたんだ」

 ニヤニヤ顔のジルさんを避けるように咳払いをした青髪の人……名前はターイズさんというそうです。こちらもジルさんと同じく偽名だそうですが、隣国のスパイですから、なんて理由をいつまで押し通す気でしょうか?この二人が仲間なのはわかりましたが、絶対にまだ私に嘘をついている気がします。

 気になることはあるものの、とにかくここに訪ねてきた理由を話すと「それならお任せください」とどこからともなく鋏と櫛を出して、あっという間に綺麗に整えてくれたのです。

「こいつ、手先が器用なんだよ。予定外の場所に突然現れて、聖女様にそれはそれは失礼な不躾な態度をとってたけど。しかも触るし。オレもこいつの行動にはいつもびっくりさせられてるんだよね」

「そ、それは……!申し訳なかったと思っているがあの時はとにかく危険を伝えねばと思い、どんな態度を取るべきかわからず……。こうなったら、この命でお詫びするしか……!」

 ジルさんが焚き付けたせいですが、さっきまで私の髪を整えていた鋏を急に握りしめ出したので思わず冷静に冷えた言葉をぶつけてしまいました。だってジルさんがこの人をからかっているだけなのは明白ですから。そんな不真面目なジルさんに比べてこの人はとても真面目なんだろうなと思いました。


「いえ、やめてください。死なれても迷惑です」


    それにあの中和剤やここまでの馬車なんかもこの人が手配してくれたようですし、髪も綺麗に整えてくれました。ありがたいじゃないですか。ジルさんだって、この人を頼ってここへ来たのでしょうし。

「本当に申し訳ございません……」

「いいんですよ。私は気にしていません。こちらこそ突然訪問してしまい申し訳ありません」

「ロティーナがそう言うならいいけど。……うん、その髪型も似合ってる。そうだ、聖女としてお勤めに集中するために髪は捨てました。的な事にしておけばどう?」

「そうですね。そうしましょう」

「とてもお美しいです、聖女様」

   

    この髪型もまわりには案外受けが良かったですよ。両親は「ロティーナの新たな魅力発見ね!」と絶賛してくれましたし、老執事にいたっては「お勤めの為に髪を切るご決心をなさるなんて、なんとご立派に……」と涙を流していました。アニーだけは「わたしが御髪を整えたかったですぅ……!」と悔しそうでしたが。

    その後隣国へ行く日取りも決まり、その報告も兼ねてメルローズ様に会いに行きました。

 王族では女性の髪は長いのが常識ですし嫌われてしまうかしら?とちょっと心配でしたが、メルローズ様は「なんて素敵!やっぱりロティーナ様は最先端だわ!」と誉めて頂きました。さすがにここまで短いのは無理かもしれませんが、もっと貴族の女性は色々な髪型を楽しむべきだとメルローズ様が興奮してらしましたね。なんでもみんながみんな同じような髪型ばかりでつまらないと思っていらしたそうで、メルローズ様の縦ロールも個性を主張する一環だったようです。

    それからはジルさんによる“聖女らしい立ち振舞いと言葉遣い”を徹底的に教え込まれ、今に至ります。……鬼コーチでしたけど。








「では聖女様。もう一仕事お願いしますよ?」

「わかってますよ。ジルさんこそちゃんとエスコートしてくださいね」

「いってらっしゃいませ、お嬢様……いえ、聖女様!」



    さぁ!楽しいパーティーの始まりです。
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