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第2章 悪女アミィの章

〈26〉嵌められた

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    パタン。と、静かに扉を閉める音が響いたかと思うと「うふふ」となんとも甘ったるい声が耳に届きました。

「馬鹿な女ね。あんたみたいな不気味な桃毛が本当に聖女になんてなれると思ってたのかしら。こんな毒入りのお茶に簡単に口をつけるなんてざまぁないわね!」

    私が倒れて体を預けているソファーを足で蹴りつけたようで、がん!と振動が伝わります。

    ……うーん。体は動かないし、目も開けられませんが意識はちゃんとありますね。その分聴覚が敏感になっているようですが。しかしまさか、アミィ嬢にざまぁされるとは思いもしませんでした。

    それにしても毒を盛られるなんて油断してしまいましたね。いえ、その可能性も考えてお茶に手をつけてなかったのにジルさんのせいでつい飲んでしまったんじゃないですか。まんまと謀られた気がしてなりません。これは絶対にお茶を飲むように誘導されましたね。

「ねぇ、ほんとにこれであたしを聖女にしてくれるのよね。あなたから来た手紙の通りにしたわよ?」

    甘ったる過ぎてべとつきそうな声と衣擦れの音。これだけでアミィ嬢がジルさんに寄りかかって抱きついているのが手に取るようにわかりました。ジルさんが鼻の下を伸ばしてるのかと想像すると殴りたくなりますが。
    と言うか、私が出したのとは別の手紙?をアミィ嬢宛に出していたようです。また私に内緒でなにかしていたんですね……やっぱりぶん殴ってやりましょう。

「もちろんさ。君の美しさにオレはメロメロだからね。でもそのためには色々手続きをしなくちゃいけないけど……大丈夫、オレが必ず君を輝かしい未来に導くよ」

    ……あぁ、今、ジルさんはぜったい胡散臭い顔をしてます。賭けてもいいですよ。こんな胡散臭すぎる声色を聞いて素直に信じる人がいるはずが

「嬉しいわ!あなたならあたしの本当の魅力をわかってくれると思っていたの!」

    いましたね。あんなに胡散臭そうな声色なのにすんなり信じるなんてアミィ嬢ったら案外間抜けなんでしょうか。

「ではまず、この書類にサインしてくれる?」

「なぁに、これ?」

    ガザガサと紙の束の音が聞こえます。

「君が公爵家と縁を切るっていう書類さ。でないと君が聖女として功績をあげる度にここの公爵家に報償金が入ってしまうんだ。どうせならそのお金も全部君に入るようにしてあげようと思ったんだよ。お金なんていくらあっても困らないだろう?……君には使いきれない程の金貨の山が似合うよ」

「確かにお金は欲しいけど……。公爵令嬢でなくなったら……」

「心配いらないよ。いいかい、計画はこうだ。
まず君は公爵家と完全に縁を切る。“アミィ”と言う令嬢はこの国から姿を消すんだ。
    そして君はこの・・聖女とすり替わるのさ。この国にいる間だけ我慢すればいいだけだよ。しばらくは顔を隠して異国に行くためのお清め期間だとか言っておけばいい。異国にさえ行けばオレの権限で聖女の髪の毛の色なんてどうとでも言いくるめるからね。
    それに、聖女になれば王族と同じ……いや、それ以上の権力と地位を手に入れられるんだよ。たかが公爵令嬢の地位なんかなんの価値もないさ。君は貴族のしがらみから解放され唯一無二の存在になるんだ」

    ジルさんのその言葉にアミィ嬢は身震いして感動したようでした。

「唯一無二の存在……。そうよ、それこそあたしの求めるものよ!そしてあたしに相応しいものだわ!
    ……この桃毛はどうする気なの?一応まだ生きてるんでしょ。体の自由を奪う薬なんて希少な物なんか使わずにさっさと殺せばいいのに」

「大丈夫。誰にも気づかれずに闇に葬る事なんてオレには簡単さ。ただ、君の手を汚したくないからこんな薬を使っただけで本当は早く始末したくてしょうがなかったんだ。周りの人間はこの桃毛女は異国へ行ったと信じて疑う事はないよ」

    ぐいっ!とアミィ嬢がジルさんに近づいた気配がしました。たぶんふたりはこれ以上無いくらい密着しているでしょう。

「本当に信じていいんでしょうね?もしあたしを嵌めたらあなたも道連れにしてやるから」

「ご褒美に君をくれるなら、悪魔にだって魂を売るよ」

「うふふ……。じゃあ、ちゃんとこの女を消してくれたら、あなたの望みを叶えてあげるわ」

    チュッ。と言うリップ音がやけに大きく聞こえ、アミィ嬢のクスクスと笑う声が響きました。

    聞きたくない。そう思っても耳を塞ぐ事も出来ずやたらと不快な気持ちで時が過ぎるのを待ったのでした。



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