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第1章 婚約破棄の章

〈15〉断罪された男(エドガー視点)

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    あの後、俺は本当に喉を潰され奴隷として鉱山へ連れて行かれてしまった。まさかあんな怪しい薬を本当に俺に飲ませるなんて兄上は人の心を捨ててしまったのかと悲しくなった。

    目隠しをされ手足を拘束される。荷馬車に詰め込まれたまま目的地に着くまでの長い距離を揺られ、何度も体をぶつけては呻いて訴えたが、付いてきてくれているはずの兄上はひと言も俺を心配する言葉など発しなかった。

    ドサリと荷馬車から投げ捨てるように落とされ、頬に乾いた土を感じる。痛みと共にやっと目的地についたのだとわかった。

「ヴーッ!ヴゥーッ!」

    目隠しを取られた。すると目の前に兄上がいて感情の無いような瞳で俺を見下ろしていたのだ。

俺は兄上に潰れた声で必死に俺の無実を訴えた。

「エドガー、よく聞け」

    だが兄上は冷めた視線を向ける。それは今まで見たことの無いほどの冷たい目だった。

「お前のせいで、子爵家は終わりだ。いいか?あの馬鹿女母親の残した負債のせいで子爵家は傾きかけていた。それを伯爵が娘の婚約者の家の為だと支援してくれていたんだ。“これからも周りから辛辣な言葉をかけられるであろう娘を守ってくれるんだからこれくらいたいしたことない”と、税を上げなくて済むように物流の仕事まで回して下さっていた。
    ただ、ロティーナ嬢の心の支えにさえなってくれればそれ以上は望まないと、勉強も出来ない後ろ楯もないお前を受け入れてくれたんだ。
それなのにお前は……お前が敬愛している母親はな、2度と子供たちと接触しないという条件で負債を子爵家に押し付けたんだぞ?浪費癖も酷かったが、“自分は子爵夫人だ”と領地での暴挙もさらに酷かった。父上はなんとか心を入れ替えて欲しいと説得したがとても無理で、だからお前が産まれた後すぐに離縁したんだ。
    勘違いしないように言っておくがあの女から言ったんだからな?“負債を全て引き受けてくれるなら2度と子供たちなどには会わない”と。
    わかったか?お前は母親に借金のカタに捨てられたんだ。そんなお前があの女の毒に染まり今度はロティーナ嬢を傷つけた。
    返済はいらないと言われたが、きっと父上は今まで支援された金を返すつもりだ。なにがなんでもな。お前が作った借金に慰謝料も合わせれば途方も無い額になるだろう。
    そして、その原因を作ったお前もお前をこんなクズにしたあの女も決して許さない。

    だが、お前は運が良いよ。本当ならあの場でアレクサンドルト伯爵に八つ裂きにされていただろうに、伯爵はロティーナ嬢にそんな汚い物を見せたくないから我慢なされたんだ。
    いいか?ロティーナ嬢は、いや、ロティーナ様は“聖女”だ。この国よりもはるかに大きい異国の聖女としてお勤めをされるんだ。もうお前のような者が視界にすら入れることは許されないお方になったんだよ。
    例え偽りでも、ちゃんと婚約者として振る舞っていればお前は今まで聖女を守っていた騎士として栄誉を与えられていたのに残念だったな。
    あの日・・・、父上はその話で呼び出されていたんだ」

    え?

    兄上が何をいっているのかイマイチ頭に入ってこなかった。

    母上が俺を捨てた?多大な負債を子爵家に押し付けた?
    いや、だって母上は泣く泣く俺を父上に奪われたって……本当は引き取りたかったって……。

    ロティーナが本物の聖女?俺は栄誉ある騎士になれたはずだった?

    どうなってるんだ?訳がわからない。

「まぁ、実はお前が伯爵領で暴挙を働いていたと言う証拠や資料を使者の方が持ってきたのでどのみち騎士にはなれなかっただろうが……せめてロティーナ様に優しく接していればこんな結末にはならなかっただろうに」

    俺の事が調べられていたってことか?
    目を見開いたまま、ガクガクと震える俺を見て、兄上は呆れたようにため息をついた。

「何を驚いているんだ?当たり前だろう。聖女として迎え入れる方の婚約者なんだ。素行調査されるに決まってるじゃないか」

    ということはアミィとの事もわかっているんだろう?そうだ、アミィに連絡をとってもらえばいいんだ!そうすれば、アミィはきっと俺を助けてくれる!

「ヴーッ!ヴゥーッ!」

    兄上になんとかこの事を伝えようと必死に訴えたが、その訴えがこの冷酷に成り下がった兄上に伝わる事はなかったのだ。

「お前に言いたいことは山ほどあるが、これでお別れだエドガー。いや、もう名も無き奴隷だな。さようなら、弟だった男よ」








***





    あれからどれくらいの時間が経ったのだろう?

    鉱山での労働は想像以上に大変だった。
    足には重い鎖をつけられ、休むことさえ許されない。食事だって酷いもんだ。石のように黒くて固いパンとまるで泥のような水なんてとてもじゃないが食えたものじゃなかった。

    だが、次第にそんな固いパンすらも美味しいと感じるようになった頃、いつもと違う騒ぎが起こったのだ。

「うー……」

    騒ぎの中心に近づくと、そこには項垂れたひとりの女が十字に組まれた木に張り付けられていた。
    そしてその横にある板には『この者に石を投げつければ褒美にミルクのスープが貰える』と書いてあったのだ。

    ミルクのスープ!以前はそんなもの貧乏人が食うものだと馬鹿にしていたが、今ではどんな宝石よりも素晴らしいと感じる。
    すでに石を投げつけている奴らに混ざって俺も必死に石を投げた。

「ぎゃあっ!」

    やった!顔に当たったぞ!これでスープが貰えると喜び視線を向け……俺は驚きのあまり次に投げようとしていた石を落としてしまう。

    なんてことだ……あそこで石を投げられているのは、母上じゃないか?!

    なぜ母上がこんなところに?!訳がわからなかったが、もしかしたら俺を助けるためにここへ来て捕まってしまったのではとも思った。

「ヴーッ!ヴーッ!」

    急いで母上の元へ駆け寄りその体を揺らす。石は容赦なく投げられていて俺にも当たったが、今は母上が優先だ。

「お、お前は……エドガー……?」

「うーっ!」

    母上もすぐ俺に気付いてくれた。あぁ、やはり母上は俺を愛してくれているのだ!俺を捨てたなんて、兄上が言った事はまちがーーーー

「さわんじゃないよ!この役立たずがぁっ!!」

「?!」

    見たことの無いような恐ろしい形相の母上がそこにいた。

「お前のせいで捕まってしまった!せっかく伯爵家の財産を裏から自由にしてやろうと思ったのに、計画は丸潰れだ!お前がグズなせいでこっそりと裏でお前を操っていたことまでバレてしまったじゃないか……!
    お前のせいだ!お前のせいだ!お前なんか産むんじゃなかった……!」

    母上はいつも優しかった。離れて暮らしていても、いつもお前の事を考えているよと、お前はとても素晴らしい人間なのだから何をしても許されるんだよと、優しく教えてくれたのに……。

    俺は頭が真っ白になり、フラフラと母上から離れた。時折石が当たり血が吹き出たが歩き続け……そして気づくとひときわ大きな石を担いで母上に投げつけていた。

    あはぁ、今夜はご馳走だ。









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