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8 攻略対象者に殺されかけた悪役令嬢は、治癒師の御主人様になる

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    私には推しのキャラクターがいる。
    それは攻略対象者のひとり、ルーク・シャーラウィだ。
   
    ルークは言わば闇落ちキャラである。父親は貴族で母親が平民なのだが、貴族の男がメイドとして働いていた娘と火遊びをした結果産まれたのがルークなのだ。基本的に火遊びしただけの貴族が、その相手が妊娠したから責任など取るはずもなく、ルークの母親はあっさりと捨てられてしまった。

    下町で貧乏ながらも幸せに育ったルークだったが、母親が流行り病にかかり死に際にとある貴族の名を口にしてしまった。その母親にとって最初で最後の恋であり最愛の男だったのだと推測され、死に際に最愛の人の名を口にしただけと言われればそうなのだが……ルークは直感でその名が自分と母を捨てた父親の名だとわかってしまったのだ。

    その後、ルークはその父親を憎悪することになる。

    たった一言の名前からその男の素性を探りだしたのにはかなりの執念を感じる。その男には妻と自分と歳の変わらぬ娘……ヒロインがいることも知るとその憎悪は爆発した。この時にルークは自分が闇の力を持っている事に気付きこの力で復讐すると誓った。

    実は貴族の男は連れ子のいる女と再婚していてその娘はルークとは血の繋がりはないのだがルークはそんなことまでは知らずに憎悪だけを募らせていたのだ。

    ルークはヒロインの心を壊してやろうと近づくのだがなんだかんだあった時にルークが大怪我してしまい、なんとヒロインが奇跡の治癒の力に目覚めルークを救う。そしてヒロインは傷だけでなくルークの荒んだ心までも癒していく。

    腹違いの兄妹かもしれないと悩み葛藤するものの色々な誤解を経て、ふたりは血の繋がりが無い事を知り素直な気持ちでお互いに想いを伝えるのである……。







    なんて素敵!なんて美しい愛なのか……!世間的にはなぜかあまり人気の無いルートだといわれていたが、私はこのルートをプレイしてからと言うものの、完全にルーク推しだ。ときめきが止まらない。

    銀髪に灰色の瞳をしていてツンデレで、デレたときのギャップが堪らないのである。

    そう、私は大好きなルークに幸せになって欲しい。ただそれだけだったのだ。





    そんな事を思い出したのは、そのルークが一組のカップルに向かってナイフを振り下ろそうとしている瞬間だった。ナイフには闇の力が込められているようで、あれで刺されたら死は免れないだろう。

    怯えた顔で泣いているヒロインと、庇うようにヒロインを抱き締める王子。

    ヒロインが王子ルートを選んでいた場合、ルークはヒロインを逆恨みした悪者として王子に返り討ちにあってしまう。その心の底に隠された闇も愛も誰にも知られずにだ。そんなの酷すぎる。

    ほんの一瞬でルークの事を思い出した私は、今まさに振り下ろされたばかりのナイフの前に身を乗り出して……自分の心臓でそのナイフを受け止めた。

「……!?」

    戸惑いに揺れるルークの瞳にうつる私の顔を見て、私は自分が何者なのか知ったのだ。

    燃えるような紅い髪は乱れ、同じく紅い瞳は少し吊り上がったいかにもな悪役顔。見覚えのあるその顔に思わず笑いそうになる。

    あ、これって悪役令嬢じゃん。と。

    王子の婚約者でありながら権力を振りかざしてヒロインを虐める最悪の公爵令嬢、エメリア・カーウェルド。どのルートでも必ず攻略対象者に殺されてしまう悪役令嬢は、ルークのルートでもこうやってナイフで刺されて死んでしまうのだ。

「エメリア……?!君がこの子を庇うなんて……!」

    背後から王子の動揺した声が聞こえた。それもそうだろう、だってつい一時間程前にエメリアがヒロインを酷く罵って泣かせたせいで王子はヒロインを慰めていたのだから。

    エメリアはヒロインが嫌いだった。
    自由で可愛らしくて、すでに冷めきった間柄で修復など諦めた自分の婚約者の心までも簡単に虜にするヒロインは、エメリアが欲しくても手に入れられないものばかり持っていたから。でも、こうしてエメリアになりその記憶や感情を知れば本当はどうしたかったのかがよくわかった気がした。ただひたすらに輝かしい彼女が羨ましかったのだ。そしてもヒロインを羨ましいと感じる。だって、ルークが心から愛するのはこのヒロインなのだもの。

    私は未だナイフを握ったままのルークの手に包むように自分の手を重ねた。

「……彼女を殺してはダメ。それをして1番後悔するのはあなただわ、ルーク。……あなたは幸せにならなきゃダメなのよーーーー」

「なぜオレの名前を……なんでこんなーーーー」

    そんなの、あなたがとても好きだから。と、告白することも許されず私は意識を手放したのだった。







    あぁ、やっぱり悪役令嬢は死ぬ運命なんだなぁ……。そう思ったのも束の間。

「ーーーー目が覚めた?」

    私を覗き込む灰色の瞳に驚き過ぎて体が硬直した。

「……ルーク?!あれ、私……生きて?」

    確かに心臓に深々とナイフが刺さったはずなのに。と胸元に指を這わせる。そこには血は止まり傷口も塞がっていたが大きな傷痕が残っていた。

「……あんた、公爵令嬢なんだろ?なんだってあんな馬鹿な事を……。こんなドブネズミみたいなオレを救ってあんたに何の得がある?」

    後悔を滲ませた瞳を私から反らしたルークの姿に思わずうっとりしそうになったが我慢する。横顔がなんともカッコいい。推しが私の事を心配して側にいてくれるなんて、もしかしたらこれは夢なんだろうか。

    ルークには言いたい事も聞きたい事も山ほどあるのだが、夢が終わる前にどうしてもこれだけは伝えたかった。

「そんなの、あなたの事が大好きだからに決まっているわ」

    にこりと微笑みを向ける。夢とはいえ好きな人には笑顔を見せていたかったから。

    その言葉にルークは顔をあげ、私をまっすぐに見た。

「……そっか。じゃあ、責任取ってくれる?」

「責任?」

    そう言って今度はニヤリと意地悪そうに笑うルークにドキマギしながらも意味がわからず首を傾げると、ルークは私の手を取り……その指先に唇を押し当てた。

「……?!」

    突然のその行為に「ぼふん!」と煙を立てそうな程に顔が赤くなる。え?なにこれ?もしかしてここはすでに天国なのか?!

「実はオレ、治癒の力に目覚めちゃったんだよね。希少な治癒師だけど公爵令嬢を殺しかけたもんだから重罪なわけで、どうやって罰を与えるかお偉いさんが悩んでるわけ。
……だから、オレの御主人様になってよ?」

「へ?治癒?え?御主人様??」

    あまりな急展開に頭がついていかず軽くパニックになった私はぽかんと口を開けたままルークを見つめていた。

「そ。あんたがオレを飼ってくれるなら、オレの一生をあんたに捧げる事で罪滅ぼしになるって事みたい。オレを助けると思って……ね?」

    両手を握られ、うるうるとした瞳で見つめらてしまった。そんなの私の返事なんか決まっている。

「よ、喜んでーーーーっ!」

    思わず居酒屋みたいな掛け声を出してしまったが、推しにこんなお願いされたら断るわけにはいかないじゃないかぁ!






    それにしても不思議だ。本当なら治癒の力に目覚めるのはヒロインのはずであったし、治癒師となればかなり希少な存在だ。いくら公爵令嬢を怪我させたからって普通なら国王が権力を使って保護しそうなものなのに。もしかして思い出したばかりの私の記憶が間違っていてルークの別ルートがあったのかしら?はっ!これがよく言うシークレットルートってやつ?!

    まぁ、ルークが望むならなんでもいいか。さて、とっとと王子と婚約破棄してこよぉっと!







***







    実はあの時、本当に治癒の力に目覚めたのはルークではなくエメリアであった。無意識のまま目覚めたばかりの力を使ったので傷痕が残ってしまったがその威力は計り知れず、手を握られていたルークはその力に巻き込まれてしまい一部だがエメリアの力と記憶を授かってしまう。そして同時にルークの中にあったはずの闇の力は霧散するかのように消えてしまった。ルークは闇の呪縛から解放されたのだ。

    エメリアが力の反動で眠っている間に大々的な調査も行われた。

    エメリアがヒロインにしていたと言う虐めも、ヒロインが貴族令嬢としての振る舞いがあまりに出来ていない事に腹を立てたエメリアが注意をしていただけだとわかった(エメリア本人はかなり虐めたと思っているが)。エメリアはヒロインを嫌いながらも、本当に王子と愛し合っているのならそれに相応しい女性になってくれれば安心して婚約者の座を任せられるからと考えていたのだ。そして王子はヒロインと結ばれる為にはエメリアが邪魔だと考え暗殺を目論んでいた事までもが露見した。

    ルークは頭を巡らせる。このままではエメリアは希少な治癒師として王族に連れていかれ祭り上げられるだろう。と。
    “祭り上げられる”とは一見聞こえは良いが、言わば王族に軟禁されるようなものだ。自由を奪われ一生飼い殺しにされるに決まっている。

    それならば……自分が彼女の身代わりになろうと考えた。

「オレが治癒の力に目覚めて彼女の怪我を治したのだ」と言い張り、わずかに授かったエメリアの力を使って小さな傷を治して見せた。一回使うと力は消えてしまったが周りの頭の固い連中を騙すのにはじゅうぶんだった。そしてさらにこう言ったのだ。

「オレは公爵令嬢を殺しかけてしまった。これは重罪だ。オレの身をどうするかは公爵令嬢に決めさせるべきだ。でなければオレは死罪しか受け入れない」と。

    もちろん無理矢理連行して軟禁することも可能ではあったが、確かに公爵令嬢の件は重罪でありさらには現王子の婚約者を殺しかけ傷跡を残した罪を放置は出来ない。公爵家より訴えがあれば無視することは出来ないからだ。

    こうしてルークはエメリアに仕える事を選んだ。どうやら側にいて時折触れ合えばエメリアから漏れ出た力の欠片がルークの中に吸収されるようなので、お偉いさんを騙し続ける事も可能である。

    こうしてエメリア本人に気付かれる事無く全てを騙し、ルークは治癒師としてエメリアに飼われる事になった。

    あの時、力と一緒にルークの中に流れてきた記憶想いとは、エメリアがどれだけルークを好きかと言う事で……なぜこんなに自分の事を想っているのかは謎であったが、ここまで想われるのも悪くない。そう思ったのである。


「でもルーク、私の事ならそんなに気にしなくていいのよ?遅かれ早かれ王子とは婚約破棄していたし、どのみち傷物令嬢になる事は決まっていたの。だから……」

「じゃあ、その責任もオレが取るってことでいい?御主人様」

「えっ……?」

    エメリアがきょとんとした顔で「どうゆう意味?」と聞こうとするのを指で制止したルークは灰色の瞳を細めて「内緒」と呟くのだった。

    まさかあんなに荒んでいた自分の心が、突然現れたこの少女にこんなにも癒されるなんて思いもしなかった。と。

    闇の力すらも消し飛ばしたエメリアの真の力はルークだけが知っているのである。





終わり

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