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あちらを立てればこちらが立たず(ベクター視点)

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 驚きました。えぇ、それはもう驚愕ですとも。

 お掃除を完璧に済ませ(塵そのものはもちろん、意思疎通が出来たかもしれない事実も完璧に消し去り済み)賢者様たちの元へ戻ろうとしたワタクシが見たもの……それは。



 たいへんお怒りの賢者様が、黒マント姿の人間のオスの顔面に踵落としを食らわせている場面でした。ーーーーなんて恐ろしいのでしょう。もしワタクシがあんなことされたら泣きますよ?それはもうマジ泣きです。

『下手に近寄ると怖そうですねぇ』

 水と化したままだったワタクシは賢者様に気付かれないようにそっと近付くことに成功しました。ふーむ、どうやらこの黒マントが賢者様がお探し中だった錬金術師のようですが始末に悩んでおられるご様子です。


「……この黒マント、どうしてくれようかしら?アンバーたちに酷いことをした奴を野放しにするわけには……」


 なにやら不穏なオーラを放ちながら賢者様がブツブツと呟いています。よもやアンバー様に手を出すとはなんて迂闊な黒マントなのでしょう。賢者様はアンバー様を溺愛なさってますし、このままではこの黒マントは消し炭決定でございますね。しかし、錬金術師は必要なはず。どうしたものか……。


『ぴぎぃ』


 賢者様に抱っこされたアンバー様がちらりとワタクシの方を見ました。今のワタクシはただの水溜まりに見えるようにしていたのですがアンバー様にはバレていたようです。……賢者様にもバレてないのに、さすがはアンバー様です。そしてその視線……えぇ、わかっていますとも。この黒マントをなんとかしろとおっしゃっているのですよね?それはもちろん、賢者様に必要なものだからこの状況から助けろと……わかっています。わかっていますからワタクシにだけ殺気を向けるのをやめてください。やたら殺気がチクチク刺さってきますし怖いですってば。

『こうなったら……』

 ワタクシにはアンバー様に逆らうなんて選択肢はございません。いえ、だってほら、怖いですし。なので、賢者様に見つからないように気絶している黒マントの体の下に滑り込み……ズブズブとその体を沈めることに成功しました。これでワタクシの所有するあの洞窟に送り込むことが出来ますね。

「あっ……!?」

 賢者様が気付いた時にはすでに遅しですよ。ふふふ……。





***





 なんとなく得意気な気分になったまま未だ気絶している黒マントを洞窟にひきずり込み、壁際にポイッと放り込みました。それにしても起きませんねぇ。なにやら魘されているようですが「師匠ぉぉぉぉ、許してぇぇぇ」とかなんとか寝言を言っていますのでまだ余裕そうですね。命に別状さえなければ良いでしょう。

『ぴぎぃ』

 ほどなくしてアンバー様がやってきましたが、どうやら不機嫌なご様子です。眉根を寄せながら黒マントを睨みつけ、ぼふん!と音を立てたかと思うと人型に変身されたのです。……人魚のように元から人型に近い姿をしている魔物ならともかく、全く違う姿の魔物が完璧な人型に変身するにはそれなりの苦労がございます。聞いたところによるとアバー様は卵から孵っで間もないそうですが、なんとも末恐ろしいですね。

『……おい、ベクター。エターナがお前の行動を不審がってたから誤魔化してきて。それに時間稼ぎもね』

『わ、わかりましたぁぁぁっ』

 アンバー様からそう言われ賢者様の元へと急ぎます。不機嫌を通り越して殺気まで漂ってるではないですか。あんなにアンバー様が怒るなんて、あの黒マントは何をしでかしたんでしょうねぇ?しかし錬金術師は貴重な存在。あの黒マントなら賢者様やアンバー様が望むものを作れるかもしれませんし……これはアンバー様が本気でヘソを曲げる前に戻らねばいけませんね!


 こうしてワタクシは賢者様に特製チェスを渡し(押し付け)逃げるように洞窟に戻りました。これでしばらくは時間が稼げるはずです!





『ぴぎぃ』

 錬金術師との交渉を終えると時間切れなのかアンバー様の姿が元に戻ります。やはりまだ長時間の変身は厳しいようですね。不服そうな顔をなされていますが、通常なら短時間とはいえここまで完璧に変身は難しいのですから、アンバー様はとても優秀だと思うのですが……常に人間の姿になれるワタクシが申してもアンバー様は納得なさりませんね。


『ぴぎ、ぴぎぃ』

 するとアンバー様が首を傾げながら「どうやって足止めしてきたのか」と問うてきました。ふふふ、よくぞ聞いてくださいました!


『実は賢者様にお渡ししたチェスは特別製でして、対戦相手が誰であろうと必ず賢者様が負ける仕様になっているのです!あの駒にはワタクシの魔力を練り込んでいますので例えアメーバ相手だろうとも賢者様は負け犬のごとく連敗するしかな「ふーん、そういうことだったのね」……けっ、賢者様ぁぁぁ?!』



 恐る恐る振り向くと、そこにはフラム様を抱っこした賢者様が立っておられました。
 今は水溜まりからこの洞窟にこれないようにしていたのですっかり安心していましたのに、どうやら正規のルートからこられたご様子。先程の場所からはそれなりに距離があったはずなのですが……そうでした。賢者様の風の魔法ならひとっ飛びですよね。

 賢者様はにっこりと笑ってらっしゃいますが、その目は一切笑っていません。お、怒ってらっしゃる?

『お、お早いご到着で……も、もうフラム様にお勝ちに……?』

 どうやって誤魔化そうかと悩みながらそう言うと、フラム様が『すぐにかっちゃうので、もうあきたでしゅ!』と元気におっしゃいました。

「……フラムが飽きたって言うから、とりあえず様子を見に行こうと思って来てみたんだけど……。そっかぁ、勝てないはずよね。負け犬のごとく連敗しちゃったわ」

 怒ってらっしゃいます!絶対に怒ってらっしゃいます!!こうなったらアンバー様に助けを求めるしかないと視線を送りましたが、アンバー様はーーーーなんと『ぴぎぃ』と、トテトテと賢者様に抱きつきに行ったではありませんか!

 う、裏切り者でございます~っ!!








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