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42:悪役令嬢と恐ろしい男

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「……お前がセリィナ・アバーラインか、その顔をよく見せてみろ。
ふっふふ、そうかあいつはこのような女が好みなのだな。なかなか悪くない趣味だ。生き別れていた我が子の事を知れるのはなんであっても嬉しいものだな」

    その男は私の顎に指を添わせ、無理矢理上を向かせてきてそう言った。口は猿轡で塞がれているし手足はロープで縛られているから身動きが取れないので、せめてもの抵抗にと思い切り睨んでみるが何の効果も無かったようだ。

    その男がクスクスと私を馬鹿にしたように笑うと、濃いワインレッドの髪が緩やかに揺れた。

    髪の色も瞳も、それに顔立ちも……どれもこれもがライルにそっくりで誰に教わらなくてもこの人がライルの父親なのだとわかる。
    ライルを懐かしく思うも、それと同時にとても恐ろしい人だと肌で感じていた。

    まるで生き写しのようにそっくりなのに全然違う。それが第一印象である。ライルはこんな冷めた目で人を見下したりしないし、こんな笑い方もしない。この人がライルの父親であろうともライルを幸せになんか出来ない人だと私の中の何かが告げていたのだ。


「おとなしく従うなら自由にしてやる、その代わり俺に服従すると誓え。
なに、悪いようにはしないから安心するがいい」

    声色は優しげであったが、有無を言わさぬ圧力を感じる。

    ……怖い。怖くて思わず涙ぐんでしまうが、こんなところで泣くわけにはいかないと必死に涙をこらえた。

「ふふ……生意気な目だ。か弱い生き物のくせに、強い者に逆らおうとするのか。しかしその目は気に入らないな……。

    か弱く、ひとりでは何も出来ない小娘の分際でこの俺に逆らうなど許されないのだから」

    そしてその紫色の瞳を妖しくギラリと光らせると、いつの間にか手に持っていたナイフを私に振り下ろしたのだ……!
























ザクッ……!

「……っ?!」

    私はその男に頭を掴まれ、乱暴に振り下ろしたナイフで髪を切り刻まれていた。

    ザクザクと軽快な音と共にプラチナブロンドの髪が床に散らばる。耳の側をナイフの冷たい感触がかすり、背筋に冷たい汗が流れた。

「下手に動くなよ?手元が狂ったら大変だ……。ちゃんと警告したのだから、動いて顔に傷がついてもそれは俺のせいではなく自分のせいなのだからな」

    クスクスと笑いながらもナイフを振り下ろす手は止まる気配がない。長かった私の髪はあっという間に肩よりも短くなった。

「ねぇ、王様!あたしへのご褒美は?!ちゃんとその女を捕まえて来たでしょう?!」

    ほとんどの髪の束が無くなった頃、男の背中にフィリアが勢い良く抱きつく。私を拐いここまで連れてきた後、髪が切り刻まれる様子をずっと壁際で見ていたが待ちくたびれたようだ。

「ーーーーっ!」

    ピッ!とナイフの切っ先が私の頬にあたる。ビリビリとした痛みが伝わり血が溢れた。

「おいおい、驚かすな。この女の顔を切ってしまったではないか。お前のせいだぞ」

「いいじゃない、そんな女なんかーーーー「ダメだ」え?」

    男は私の頬を伝う血を凝視しながらも頭から手を離し、今度はその手をフィリアの顔へと伸ばし鷲掴みにした。

「な、なにを」

「まだ、この女は血を流す予定ではない。この女のせいならまだしも、お前のせいで予定が狂うのは……我慢ならないな」

    グリッと指に力を入れたのかフィリアの顔がわずかに軋む。「いだぃ!いだいいぃぃぃ!」とフィリアが暴れると、男はやっと私の頬から視線を外した。

「……せっかく、血を見たいのを我慢しているのに……俺を不快にさせるとは馬鹿な女だ。
    あぁ、でも今はダメだ。俺は忙しい。やらねばならないことが山のようにあるのだからな」

    そういって鷲掴みにしたままフィリアを引きずり連れていくと、どこかの部屋の扉を開けてその中に放り込んだのだ。

「もう少し使ってやろうと思っていたのに……」

「ま、まって……!」

    手を差し出すフィリアを無視して、扉は閉められた。

    事態が飲み込めない私が男を見ていると、男はにこりと笑う。

「どうした、不思議そうな顔をして?
    あぁ……この部屋にはとある人物を待たせてあるんだ。無謀にも俺に交渉してきた愚か者だが、面白そうだったんでな……。あの女が用済みになれば渡してやると言ったら喜んでいた。
    まぁ、こんなに早く渡してやるつもりは無かったんだが……。俺の気分を害したからには仕方がないなぁ。
    なぁに、気にすることはない。あの部屋は防音に優れているので中で何が起ころうと・・・・・・・・・こちらに聞こえはしないさ。なんといっても……王族が使う秘密の遊び部屋だからな」

    ナイフを床に放り出しその指で私の頬に流れる血を掬い取ると、それをひと舐めして男は笑ったのだった。









 

    
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