52 / 57
第五話 三つ葉書店をあなたと守りたい
再会
しおりを挟む
「も、萌奈さん!?」
現れた白い肌の美しい女性を前に、詩文さんの動揺は隠しきれない。見開かれた大きな瞳は一点、彼女を見つめたまま離さない。こんな時なのに、私は一瞬萌奈になりたいと願ってしまう。
対人関係を築くのが苦手な詩文さんが、川崎の街で一番心を許していた人に。
余暇の時間を費やして、会いに行っていた人に。
私は嫉妬してしまっていた。
「お久しぶりですね……詩文さん」
萌奈の両目がすっと細くなる。その瞳が、あやかし猫の彼女と重なった。
詩文さんは、萌奈と私を交互に見て、何かを必死に確認しているようだった。萌奈の姿を見ても全然驚かない私を目にしてすべてを察したのか、「ああ、本当だったんですね」とようやく頷いてくれた。それでも彼は、食い入るようにして再び萌奈を見た。ありえない——彼の口から漏れ出てきそうな本音を、容易に想像することができた。
「萌奈さん、どうしてあなたがここに……。去年の十二月に、亡くなったと、聞きました」
「ええ、そうです。だからこそ、こうしてあやかしとしてあなたのそばにいるんです」
「は、はあ……。納得はできないですけど、状況だけは分かります。でもすみません、正直びっくりしすぎて何と言ったらいいかっ」
詩文さんの戸惑いぶりは見ていて清々しいほどだった。私だって、いまだにモナの存在をどう理解したらいいか分からないところがある。それでもモナが、詩文さんのそばで必死に彼を見守っているのを見て、心が動いたのだ。
彼女の気持ちを、詩文さんに伝えたい。
死してなお、モナが詩文さんにつきまとうのは、彼に対して未練があるからに他ならない。単純な理由だが、私がモナの正体を彼に伝えようと思ったのは、私もモナと同じで、彼に恋をしているからだ。
「急に出てきてびっくりされるのは分かっています。実はわたしも、今日彩葉さんがわたしとあたなを月の光の下に連れ出そうとしているのを見て、何をしようとしているのか知りました。本当はわたし、あなたに自分の正体を伝えるつもりはなかったんです。でも、どうやらわたしにもタイムリミットがあるようで……。あまり長いこと、この世界に留まっていられない事情ができました。だから時間切れになる前に、やっぱり詩文さんに、伝えておきたいことがあって」
萌奈の言うタイムリミットというのは、以前彼女の口から聞いた、あやかしである彼女が人間に対して危害を加える可能性があるということを言っているのだろう。あやかしという存在は、生の世界の秩序を乱す。だからこそ、現世に未練があるのなら、それを払拭しなければならない。
萌奈はとっくに決意をしているのだ。
自分は、この世界から成仏をすべきなんだって。
冷静な口調で話し出す萌奈の姿を見て、詩文さんもいくらか気持ちが落ち着いたのか、「ええ」と深く頷いた。目の前の状況を受け入れられないのは変わらないと思う。けれど、萌奈の声を必死に聞こうとしていることだけは分かった。
「受け入れてくれて、ありがとうございます。あまり時間がないので、単刀直入にいいますね。詩文さん、わたしはあなたのことが好きでした」
「へ、す、好き……!?」
突然の告白に面食らったのは詩文さんだけではない。私も同じだった。まさか彼女がこんなにもあっさりと想いを口にするなんて。先日、一緒に告白するから大丈夫だと励ましたばかりなのに。私が告白するよりも先に、自ら詩文さんに気持ちを伝えるとは。なんだか少し、裏切られた気分になる。でもその決意を聞いて、分かってしまった。
ああ、本当に彼女にはもう時間がないんだ。
もしかしたら彼女の中で、人間に対して攻撃的な一面が急激に湧き上がっているのを感じているのかもしれない。だとしたら萌奈は今、胸の中で必死に自分と戦っていることだろう。
「はい、本当に好きでした。生まれて初めて恋をしていたかもしれません。図書館であなたと話す時間が楽しみで、毎日本当に幸せでした。わたし、人間関係を築くのがすごく苦手で、今真でも学校や職場で苦労してきたんです。でも詩文さんとは、不思議と自然に自分を出せていることに気づいて。それからもう、毎日が本当に温かな陽だまりに包まれているかのようでした」
詩文さんの表情が、驚きから次第に切ないものに変わっていく。もうこの世にはいない女性からの告白を聞いて、何を思っているのだろうか。隣で萌奈の話を聞いている私は、胸が詰まる想いがした。
詩文さんは、やがてすっと瞳を閉じた。どうしたんだろう、と様子を伺っていると、再び両目が開かれる。その目にはもう驚きではなく、萌奈の声をしっかりと受け止めようという強い意志が宿っていた。
現れた白い肌の美しい女性を前に、詩文さんの動揺は隠しきれない。見開かれた大きな瞳は一点、彼女を見つめたまま離さない。こんな時なのに、私は一瞬萌奈になりたいと願ってしまう。
対人関係を築くのが苦手な詩文さんが、川崎の街で一番心を許していた人に。
余暇の時間を費やして、会いに行っていた人に。
私は嫉妬してしまっていた。
「お久しぶりですね……詩文さん」
萌奈の両目がすっと細くなる。その瞳が、あやかし猫の彼女と重なった。
詩文さんは、萌奈と私を交互に見て、何かを必死に確認しているようだった。萌奈の姿を見ても全然驚かない私を目にしてすべてを察したのか、「ああ、本当だったんですね」とようやく頷いてくれた。それでも彼は、食い入るようにして再び萌奈を見た。ありえない——彼の口から漏れ出てきそうな本音を、容易に想像することができた。
「萌奈さん、どうしてあなたがここに……。去年の十二月に、亡くなったと、聞きました」
「ええ、そうです。だからこそ、こうしてあやかしとしてあなたのそばにいるんです」
「は、はあ……。納得はできないですけど、状況だけは分かります。でもすみません、正直びっくりしすぎて何と言ったらいいかっ」
詩文さんの戸惑いぶりは見ていて清々しいほどだった。私だって、いまだにモナの存在をどう理解したらいいか分からないところがある。それでもモナが、詩文さんのそばで必死に彼を見守っているのを見て、心が動いたのだ。
彼女の気持ちを、詩文さんに伝えたい。
死してなお、モナが詩文さんにつきまとうのは、彼に対して未練があるからに他ならない。単純な理由だが、私がモナの正体を彼に伝えようと思ったのは、私もモナと同じで、彼に恋をしているからだ。
「急に出てきてびっくりされるのは分かっています。実はわたしも、今日彩葉さんがわたしとあたなを月の光の下に連れ出そうとしているのを見て、何をしようとしているのか知りました。本当はわたし、あなたに自分の正体を伝えるつもりはなかったんです。でも、どうやらわたしにもタイムリミットがあるようで……。あまり長いこと、この世界に留まっていられない事情ができました。だから時間切れになる前に、やっぱり詩文さんに、伝えておきたいことがあって」
萌奈の言うタイムリミットというのは、以前彼女の口から聞いた、あやかしである彼女が人間に対して危害を加える可能性があるということを言っているのだろう。あやかしという存在は、生の世界の秩序を乱す。だからこそ、現世に未練があるのなら、それを払拭しなければならない。
萌奈はとっくに決意をしているのだ。
自分は、この世界から成仏をすべきなんだって。
冷静な口調で話し出す萌奈の姿を見て、詩文さんもいくらか気持ちが落ち着いたのか、「ええ」と深く頷いた。目の前の状況を受け入れられないのは変わらないと思う。けれど、萌奈の声を必死に聞こうとしていることだけは分かった。
「受け入れてくれて、ありがとうございます。あまり時間がないので、単刀直入にいいますね。詩文さん、わたしはあなたのことが好きでした」
「へ、す、好き……!?」
突然の告白に面食らったのは詩文さんだけではない。私も同じだった。まさか彼女がこんなにもあっさりと想いを口にするなんて。先日、一緒に告白するから大丈夫だと励ましたばかりなのに。私が告白するよりも先に、自ら詩文さんに気持ちを伝えるとは。なんだか少し、裏切られた気分になる。でもその決意を聞いて、分かってしまった。
ああ、本当に彼女にはもう時間がないんだ。
もしかしたら彼女の中で、人間に対して攻撃的な一面が急激に湧き上がっているのを感じているのかもしれない。だとしたら萌奈は今、胸の中で必死に自分と戦っていることだろう。
「はい、本当に好きでした。生まれて初めて恋をしていたかもしれません。図書館であなたと話す時間が楽しみで、毎日本当に幸せでした。わたし、人間関係を築くのがすごく苦手で、今真でも学校や職場で苦労してきたんです。でも詩文さんとは、不思議と自然に自分を出せていることに気づいて。それからもう、毎日が本当に温かな陽だまりに包まれているかのようでした」
詩文さんの表情が、驚きから次第に切ないものに変わっていく。もうこの世にはいない女性からの告白を聞いて、何を思っているのだろうか。隣で萌奈の話を聞いている私は、胸が詰まる想いがした。
詩文さんは、やがてすっと瞳を閉じた。どうしたんだろう、と様子を伺っていると、再び両目が開かれる。その目にはもう驚きではなく、萌奈の声をしっかりと受け止めようという強い意志が宿っていた。
1
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説
京都和み堂書店でお悩み承ります
葉方萌生
キャラ文芸
建仁寺へと続く道、祇園のとある路地に佇む書店、その名も『京都和み堂書店」。
アルバイトとして新米書店員となった三谷菜花は、一見普通の書店である和み堂での仕事を前に、胸を躍らせていた。
“女将”の詩乃と共に、書店員として奔走する菜花だったが、実は和み堂には特殊な仕事があって——?
心が疲れた時、何かに悩んだ時、あなたの心に効く一冊をご提供します。
ぜひご利用ください。
猫又の恩返し~猫屋敷の料理番~
三園 七詩
キャラ文芸
子猫が轢かれそうになっているところを助けた充(みつる)、そのせいでバイトの面接に遅刻してしまった。
頼みの綱のバイトの目処がたたずに途方にくれていると助けた子猫がアパートに通うようになる。
そのうちにアパートも追い出され途方にくれていると子猫の飼い主らしきおじいさんに家で働かないかと声をかけられた。
もう家も仕事もない充は二つ返事で了承するが……屋敷に行ってみると何か様子がおかしな事に……
あまりさんののっぴきならない事情
菱沼あゆ
キャラ文芸
強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。
充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。
「何故、こんなところに居る? 南条あまり」
「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」
「それ、俺だろ」
そーですね……。
カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。
騎士団寮のシングルマザー
古森きり
恋愛
夫と離婚し、実家へ帰る駅への道。
突然突っ込んできた車に死を覚悟した歩美。
しかし、目を覚ますとそこは森の中。
異世界に聖女として召喚された幼い娘、真美の為に、歩美の奮闘が今、始まる!
……と、意気込んだものの全く家事が出来ない歩美の明日はどっちだ!?
※ノベルアップ+様(読み直し改稿ナッシング先行公開)にも掲載しましたが、カクヨムさん(は改稿・完結済みです)、小説家になろうさん、アルファポリスさんは改稿したものを掲載しています。
※割と鬱展開多いのでご注意ください。作者はあんまり鬱展開だと思ってませんけども。
AV研は今日もハレンチ
楠富 つかさ
キャラ文芸
あなたが好きなAVはAudioVisual? それともAdultVideo?
AV研はオーディオヴィジュアル研究会の略称で、音楽や動画などメディア媒体の歴史を研究する集まり……というのは建前で、実はとんでもないものを研究していて――
薄暗い過去をちょっとショッキングなピンクで塗りつぶしていくネジの足りない群像劇、ここに開演!!
おデブな私とドSな魔王さま♪
柳乃奈緒
キャラ文芸
体重があと少しで100キロの大台に到達する
おデブでちょっぴりネガティブな女子高生の美乃里。
ある日、黒魔術を使って召喚してしまった
超ドSな魔王に、何故か強制的にダイエットを強いられる。
果たして美乃里は、ドSな魔王のダイエットに耐えられるのか?そして、ハッピーエンドはあるのだろうか?
【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件
三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。
※アルファポリスのみの公開です。
ハレマ・ハレオは、ハーレまない!~億り人になった俺に美少女達が寄ってくる?だが俺は絶対にハーレムなんて作らない~
長月 鳥
キャラ文芸
W高校1年生の晴間晴雄(ハレマハレオ)は、宝くじの当選で億り人となった。
だが、彼は喜ばない。
それは「日本にも一夫多妻制があればいいのになぁ」が口癖だった父親の存在が起因する。
株で儲け、一代で財を成した父親の晴間舘雄(ハレマダテオ)は、金と女に溺れた。特に女性関係は酷く、あらゆる国と地域に100名以上の愛人が居たと見られる。
以前は、ごく平凡で慎ましく幸せな3人家族だった……だが、大金を手にした父親は、都心に豪邸を構えると、金遣いが荒くなり態度も大きく変わり、妻のカエデに手を上げるようになった。いつしか住み家は、人目も憚らず愛人を何人も連れ込むハーレムと化し酒池肉林が繰り返された。やがて妻を追い出し、親権を手にしておきながら、一人息子のハレオまでも安アパートへと追いやった。
ハレオは、憎しみを抱きつつも父親からの家賃や生活面での援助を受け続けた。義務教育が終わるその日まで。
そして、高校入学のその日、父親は他界した。
死因は【腹上死】。
死因だけでも親族を騒然とさせたが、それだけでは無かった。
借金こそ無かったものの、父親ダテオの資産は0、一文無し。
愛人達に、その全てを注ぎ込み、果てたのだ。
それを聞いたハレオは誓う。
「金は人をダメにする、女は男をダメにする」
「金も女も信用しない、父親みたいになってたまるか」
「俺は絶対にハーレムなんて作らない、俺は絶対ハーレまない!!」
最後の誓いの意味は分からないが……。
この日より、ハレオと金、そして女達との戦いが始まった。
そんな思いとは裏腹に、ハレオの周りには、幼馴染やクラスの人気者、アイドルや複数の妹達が現れる。
果たして彼女たちの目的は、ハレオの当選金か、はたまた真実の愛か。
お金と女、数多の煩悩に翻弄されるハレマハレオの高校生活が、今、始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる