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第五話 三つ葉書店をあなたと守りたい
信じたいけど
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「三沢萌奈さん……はい、知っています。でもどうして彩葉さんが彼女のことを」
詩文さんは驚愕に満ちたまなざしをこちらに向ける。それもそうだろう。川崎で知り合いだった人物を、縁もゆかりもない私が知るはずがない。奇妙な現実を目の当たりにして戸惑う彼の双眸は何度も揺れていた。
「実はその三沢萌奈さん——の幽霊が、私に見えているからです」
「は……ゆ、幽霊?」
またもや突拍子のない発言をする私を疑り深い目で見つめる彼。もう何がなんだか分からないというふうに肩をすくめてみせた。
「はい。三沢萌奈さんは今、私たちの目の前にいます。黒猫の姿をして。本人は自分のことを、あやかし猫だと言います。猫に化けた彼女が、ずっと私や詩文さんのそばにいました。さっき話した『三つ葉書店』の仕事を陰で手伝ってくれていた人物は、彼女のことなんです。こんなこと言っても信じてもらえないと思いますがっ」
「萌奈さんが……? あやかし猫……? すみません、ちょっと頭が追いつかなくて」
そう言うと詩文さんは袖口からハンカチを取り出して額の汗を拭った。夜風が涼しい日だが、さすがにこんな話を聞かされて冷静でいられるはずがない。
「そうですよね、理解できないですよね……すみません」
「い、いえ! 彩葉さんが謝ることじゃないですっ。ただちょっと現実離れした話だったので、整理する時間が必要というか。信じられない気持ちはあるのですが、彩葉さんが萌奈さんのことを知ってるのは、普通なら考えられないことです」
どうやら彼は、精一杯この突飛な話を信じようとしてくれているみたいだ。その気持ちだけでありがたい。ドクドクと激しく脈打っていた心臓が、少しだけ落ち着いてきた。
「だから、彩葉さんの話を信じたいんです。そのために、もうちょっとだけ、証拠のようなものが欲しくて——って、そう言われても難しいですよねえ。彩葉さんのお話の通り、僕が店にいる時に不可思議な現象に見舞われていたのは確かなんです。それが彼女の仕業だと言われれば、納得のいくところがあります。だから、もし本当に萌奈さんがそばにいるなら、僕にもその気配を感じられないかなって思って……」
詩文さんの想いを聞いて、胸が切なく締め上げられた。モナの方を見ると、潤んだ瞳で彼のことを見上げている。
きっと詩文さんは萌奈が亡くなったことを知っているから、彼女があやかし猫としてそばにいるという話を聞いて、思うところがあるのだろう。二人の関係は、モナから聞いた話の中でしか知らないけれど、私が思っている以上に親密だったかもしれない。
早く、早く。
見上げた空に叫ぶように、心の中で強く祈る。
分厚い雲が、月を隠している。明日は雨が降ると聞いている。このまま雲の量は多くなる一方だろうか。話だけなら後日改めてすることだってできる。でもどうしてか、今このタイミングでしか伝えられない想いがあると感じてしまった。
「彩葉」
不意にモナが私を呼んだ。両目を瞑って願い事をしていた私ははっとモナの方を見る。この世のものではないと思えないほど美しい宝石のような瞳が、まっすぐに私を見つめていた。
その刹那、彼女は化けた。
モナに目を奪われている間、頭上の月はようやく姿を現したのだ。
ひゅうるるるる、と音を立てて突如目の前に現れた女性の姿を見て、詩文さんの口があんぐりと開かれる。何が起こったのか、理解するのに必死に頭を動かしているのが見て取れる。私が初めてモナの正体を見た時とまったく同じ反応だった。
詩文さんは驚愕に満ちたまなざしをこちらに向ける。それもそうだろう。川崎で知り合いだった人物を、縁もゆかりもない私が知るはずがない。奇妙な現実を目の当たりにして戸惑う彼の双眸は何度も揺れていた。
「実はその三沢萌奈さん——の幽霊が、私に見えているからです」
「は……ゆ、幽霊?」
またもや突拍子のない発言をする私を疑り深い目で見つめる彼。もう何がなんだか分からないというふうに肩をすくめてみせた。
「はい。三沢萌奈さんは今、私たちの目の前にいます。黒猫の姿をして。本人は自分のことを、あやかし猫だと言います。猫に化けた彼女が、ずっと私や詩文さんのそばにいました。さっき話した『三つ葉書店』の仕事を陰で手伝ってくれていた人物は、彼女のことなんです。こんなこと言っても信じてもらえないと思いますがっ」
「萌奈さんが……? あやかし猫……? すみません、ちょっと頭が追いつかなくて」
そう言うと詩文さんは袖口からハンカチを取り出して額の汗を拭った。夜風が涼しい日だが、さすがにこんな話を聞かされて冷静でいられるはずがない。
「そうですよね、理解できないですよね……すみません」
「い、いえ! 彩葉さんが謝ることじゃないですっ。ただちょっと現実離れした話だったので、整理する時間が必要というか。信じられない気持ちはあるのですが、彩葉さんが萌奈さんのことを知ってるのは、普通なら考えられないことです」
どうやら彼は、精一杯この突飛な話を信じようとしてくれているみたいだ。その気持ちだけでありがたい。ドクドクと激しく脈打っていた心臓が、少しだけ落ち着いてきた。
「だから、彩葉さんの話を信じたいんです。そのために、もうちょっとだけ、証拠のようなものが欲しくて——って、そう言われても難しいですよねえ。彩葉さんのお話の通り、僕が店にいる時に不可思議な現象に見舞われていたのは確かなんです。それが彼女の仕業だと言われれば、納得のいくところがあります。だから、もし本当に萌奈さんがそばにいるなら、僕にもその気配を感じられないかなって思って……」
詩文さんの想いを聞いて、胸が切なく締め上げられた。モナの方を見ると、潤んだ瞳で彼のことを見上げている。
きっと詩文さんは萌奈が亡くなったことを知っているから、彼女があやかし猫としてそばにいるという話を聞いて、思うところがあるのだろう。二人の関係は、モナから聞いた話の中でしか知らないけれど、私が思っている以上に親密だったかもしれない。
早く、早く。
見上げた空に叫ぶように、心の中で強く祈る。
分厚い雲が、月を隠している。明日は雨が降ると聞いている。このまま雲の量は多くなる一方だろうか。話だけなら後日改めてすることだってできる。でもどうしてか、今このタイミングでしか伝えられない想いがあると感じてしまった。
「彩葉」
不意にモナが私を呼んだ。両目を瞑って願い事をしていた私ははっとモナの方を見る。この世のものではないと思えないほど美しい宝石のような瞳が、まっすぐに私を見つめていた。
その刹那、彼女は化けた。
モナに目を奪われている間、頭上の月はようやく姿を現したのだ。
ひゅうるるるる、と音を立てて突如目の前に現れた女性の姿を見て、詩文さんの口があんぐりと開かれる。何が起こったのか、理解するのに必死に頭を動かしているのが見て取れる。私が初めてモナの正体を見た時とまったく同じ反応だった。
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