上 下
51 / 57
第五話 三つ葉書店をあなたと守りたい

信じたいけど

しおりを挟む
「三沢萌奈さん……はい、知っています。でもどうして彩葉さんが彼女のことを」

 詩文さんは驚愕に満ちたまなざしをこちらに向ける。それもそうだろう。川崎で知り合いだった人物を、縁もゆかりもない私が知るはずがない。奇妙な現実を目の当たりにして戸惑う彼の双眸は何度も揺れていた。

「実はその三沢萌奈さん——の幽霊が、私に見えているからです」

「は……ゆ、幽霊?」

 またもや突拍子のない発言をする私を疑り深い目で見つめる彼。もう何がなんだか分からないというふうに肩をすくめてみせた。

「はい。三沢萌奈さんは今、私たちの目の前にいます。黒猫の姿をして。本人は自分のことを、あやかし猫だと言います。猫に化けた彼女が、ずっと私や詩文さんのそばにいました。さっき話した『三つ葉書店』の仕事を陰で手伝ってくれていた人物は、彼女のことなんです。こんなこと言っても信じてもらえないと思いますがっ」

「萌奈さんが……? あやかし猫……? すみません、ちょっと頭が追いつかなくて」

 そう言うと詩文さんは袖口からハンカチを取り出して額の汗を拭った。夜風が涼しい日だが、さすがにこんな話を聞かされて冷静でいられるはずがない。

「そうですよね、理解できないですよね……すみません」

「い、いえ! 彩葉さんが謝ることじゃないですっ。ただちょっと現実離れした話だったので、整理する時間が必要というか。信じられない気持ちはあるのですが、彩葉さんが萌奈さんのことを知ってるのは、普通なら考えられないことです」

 どうやら彼は、精一杯この突飛な話を信じようとしてくれているみたいだ。その気持ちだけでありがたい。ドクドクと激しく脈打っていた心臓が、少しだけ落ち着いてきた。

「だから、彩葉さんの話を信じたいんです。そのために、もうちょっとだけ、証拠のようなものが欲しくて——って、そう言われても難しいですよねえ。彩葉さんのお話の通り、僕が店にいる時に不可思議な現象に見舞われていたのは確かなんです。それが彼女の仕業だと言われれば、納得のいくところがあります。だから、もし本当に萌奈さんがそばにいるなら、僕にもその気配を感じられないかなって思って……」

 詩文さんの想いを聞いて、胸が切なく締め上げられた。モナの方を見ると、潤んだ瞳で彼のことを見上げている。
 きっと詩文さんは萌奈が亡くなったことを知っているから、彼女があやかし猫としてそばにいるという話を聞いて、思うところがあるのだろう。二人の関係は、モナから聞いた話の中でしか知らないけれど、私が思っている以上に親密だったかもしれない。

 早く、早く。
 見上げた空に叫ぶように、心の中で強く祈る。
 分厚い雲が、月を隠している。明日は雨が降ると聞いている。このまま雲の量は多くなる一方だろうか。話だけなら後日改めてすることだってできる。でもどうしてか、今このタイミングでしか伝えられない想いがあると感じてしまった。

「彩葉」

 不意にモナが私を呼んだ。両目を瞑って願い事をしていた私ははっとモナの方を見る。この世のものではないと思えないほど美しい宝石のような瞳が、まっすぐに私を見つめていた。
 その刹那、彼女は化けた。
 モナに目を奪われている間、頭上の月はようやく姿を現したのだ。

 ひゅうるるるる、と音を立てて突如目の前に現れた女性の姿を見て、詩文さんの口があんぐりと開かれる。何が起こったのか、理解するのに必死に頭を動かしているのが見て取れる。私が初めてモナの正体を見た時とまったく同じ反応だった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

京都和み堂書店でお悩み承ります

葉方萌生
キャラ文芸
建仁寺へと続く道、祇園のとある路地に佇む書店、その名も『京都和み堂書店」。 アルバイトとして新米書店員となった三谷菜花は、一見普通の書店である和み堂での仕事を前に、胸を躍らせていた。 “女将”の詩乃と共に、書店員として奔走する菜花だったが、実は和み堂には特殊な仕事があって——? 心が疲れた時、何かに悩んだ時、あなたの心に効く一冊をご提供します。 ぜひご利用ください。

NPO法人マヨヒガ! ~CGモデラーって難しいんですか?~

みつまめ つぼみ
キャラ文芸
 ハードワークと職業適性不一致に悩み、毎日をつらく感じている香澄(かすみ)。  彼女は帰り道、不思議な喫茶店を見つけて足を踏み入れる。  そこで出会った青年マスター晴臣(はるおみ)は、なんと『ぬらりひょん』!  彼は香澄を『マヨヒガ』へと誘い、彼女の保護を約束する。  離職した香澄は、新しいステージである『3DCGモデラー』で才能を開花させる。  香澄の手が、デジタル空間でキャラクターに命を吹き込む――。

異世界着ぐるみ転生

こまちゃも
ファンタジー
旧題:着ぐるみ転生 どこにでもいる、普通のOLだった。 会社と部屋を往復する毎日。趣味と言えば、十年以上続けているRPGオンラインゲーム。 ある日気が付くと、森の中だった。 誘拐?ちょっと待て、何この全身モフモフ! 自分の姿が、ゲームで使っていたアバター・・・二足歩行の巨大猫になっていた。 幸い、ゲームで培ったスキルや能力はそのまま。使っていたアイテムバッグも中身入り! 冒険者?そんな怖い事はしません! 目指せ、自給自足! *小説家になろう様でも掲載中です

砂漠の国でイケメン俺様CEOと秘密結婚⁉︎ 〜Romance in Abū Dhabī〜 【Alphapolis Edition】

佐倉 蘭
キャラ文芸
都内の大手不動産会社に勤める、三浦 真珠子(まみこ)27歳。 ある日、突然の辞令によって、アブダビの新都市建設に関わるタワービル建設のプロジェクトメンバーに抜擢される。 それに伴って、海外事業本部・アブダビ新都市建設事業室に異動となり、海外赴任することになるのだが…… ——って……アブダビって、どこ⁉︎ ※作中にアラビア語が出てきますが、作者はアラビア語に不案内ですので雰囲気だけお楽しみ下さい。また、文字が反転しているかもしれませんのでお含みおき下さい。

紅屋のフジコちゃん ― 鬼退治、始めました。 ―

木原あざみ
キャラ文芸
この世界で最も安定し、そして最も危険な職業--それが鬼狩り(特殊公務員)である。 ……か、どうかは定かではありませんが、あたしこと藤子奈々は今春から鬼狩り見習いとして政府公認特A事務所「紅屋」で働くことになりました。 小さい頃から憧れていた「鬼狩り」になるため、誠心誠意がんばります! のはずだったのですが、その事務所にいたのは、癖のある上司ばかりで!? どうなる、あたし。みたいな話です。 お仕事小説&ラブコメ(最終的には)の予定でもあります。 第5回キャラ文芸大賞 奨励賞ありがとうございました。

横浜で空に一番近いカフェ

みつまめ つぼみ
キャラ文芸
 大卒二年目のシステムエンジニア千晴が出会ったのは、千年を生きる妖狐。  転職を決意した千晴の転職先は、ランドマークタワー高層にあるカフェだった。  最高の展望で働く千晴は、新しい仕事を通じて自分の人生を考える。  新しい職場は高層カフェ! 接客業は忙しいけど、眺めは最高です!

眠らせ森の恋

菱沼あゆ
キャラ文芸
 新米秘書の秋名つぐみは、あまり顔と名前を知られていないという、しょうもない理由により、社長、半田奏汰のニセの婚約者に仕立て上げられてしまう。  なんだかんだで奏汰と同居することになったつぐみは、襲われないよう、毎晩なんとかして、奏汰をさっさと眠らせようとするのだが――。  おうちBarと眠りと、恋の物語。

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

処理中です...