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第五話 三つ葉書店をあなたと守りたい

後ろめたい気持ち

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 詩文さんとデートをして、モナの身の上話を聞いてから一晩が明けた。今日は一日、『やよい庵』の仕事が入っている。朝の仕込みからお昼時までは無心でルーティンワークを行う。昼のラッシュ時間でも平日なので、そこまで忙しくはなかった。

「彩葉、ほな休憩入ってええで」

「はーい」

 十四時、母から休憩を言い渡された私は、気分転換に四条通まで歩いていく。最近ご無沙汰していたうどん屋さんで、木の葉丼を食べた。甘い味付けとお出汁が効いた木の葉丼は、疲れた身体に染み渡る。弥生小路に戻ってきたのは十四時四十分ごろだ。いつものように『三つ葉書店』を覗くと、モナはいなかった。
 朝から仕事に集中して考えないようにしていたのだが、実は昨日の夜からずっと、モナの話がぐるぐると頭の中を巡っている。考えないように、考えないように……と、仕事に集中することで頭の隅に追いやろうとしていたのだけれど。どうしても上手くいかなかった。

「彩葉さん、こんにちは!」

『三つ葉書店』の扉の前で呆けたよう立っている私を見つけた詩文さんが片手を挙げる。出会った時に比べると、随分とラフに接してくれるようになった。私は、詩文さんの心を開けている自信がある。それなのになぜだろう。胸に小さな棘が刺さっているような心地にさせられた。

「こんにちは。昨日はありがとうございました。とても楽しかったです」

「あ、いえいえ! むしろ僕の方こそありがとうございました。誘いに乗ってくれて、しかもおすすめのお店まで教えてくださって嬉しかったです」

「あのあと、大丈夫でしたか?」

 昨日の晩、詩文さんはかなり酔い潰れていて、足取りもおぼつかない様子だった。詩文さんは「いや~お恥ずかしい」と言って頭の後ろを掻く。きっちりとまとめられていた長髪の横の部分が、はらりとこぼれ落ちた。

「なんとか、なんとか。家に帰ったらそのまま寝てしまって、気づいたら朝になってました。あ、でも記憶はちゃんとありますから、安心してください」

「そ、それは良かったです」

 記憶まで飛んでいたら確かに悲しい気分になっていたかもしれないので、良かったんだろう。こうして翌日の営業もきちんとやっているようだし、アルコールはすっかり抜けたようだ。まあ、そもそも一杯しか飲んでいないんだしね。

「彩葉さんとたくさん話せて、僕にとっては充実した一日でしたよ。思えば京都に来てから、彩葉さんとお店を盛り上げたりプライベートでお世話になったりして、彩葉さんとの時間がかけがえのないものになっています。川崎にいた時よりも……ずっと。本当にありがとうございます」

 川崎にいたときよりもずっと。
 ズキン、ズキン、とどういうわけかやっぱり胸が痛む。ああ私、どうしちゃったんだろう。詩文さんに感謝されて、この上なく嬉しいはずなのに。もう一つの胸が、まるでモナの気持ちになって叫んでいるような……。

「な、私は関係ないです。詩文さんが自分で構えたお店でしょう」

「そうですけど。僕一人じゃ何もできませんでしたから」

 熱いまなざしを私に向けてくる詩文さん。私は咄嗟に視線を逸らしてしまう。恥ずかしい、という気持ちがほとんどだが、半分は込み上げてくる罪悪感のせいだった。
 ああ、そうか。
 私はモナに対して後ろめたいと思っているんだ。
 だからこんなにも胸が苦しいのだ。

「わ、私、もう戻らなきゃ」

「ああ、そうですか。残念。また話しに来てください」

「はいっ」

 勢いよく返事をしたものの、なんだか気持ちの置き所がない。
 『やよい庵』に戻ってからも、ひたすらモナと詩文さんのことを考えていた。

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