38 / 57
第四話 三つ葉書店にあなたが来る理由
彼のこと全部
しおりを挟む
ドク、ドク、ドク。
心臓の鼓動が急に速くなる。彼女の口から詩文さんに憧れていたという話を聞き、私の彼への恋心が疼いた。
落ち着け、私。
萌奈はもうこの世の人間ではない。だから彼女の恋心を知ったって、私には関係がないはずだ。そう思うのに、どうしても胸が疼いてしまう。同じ男性に、恋をしていた人が目の前にいるという事実は、二十四年間生きてきた私には刺激が強すぎた。しかもその人はもう亡くなっているし、なんならあやかし猫になっているし。もう訳が分からない。
「詩文さんは週に一回は必ず図書館に通っていました。一度に何冊も本を借りるのに、一週間で全部読み終えて返却をしてくるので、相当読書が好きな方なんだろうって思って。ある時思い切って話しかけてみたんです。ちょうど彼が借りた小説が、わたしのお気に入りの作家の本だったので。そしたら彼、すごくびっくりしてどきまぎしてました」
萌奈に話しかけられておどおどしている詩文さんの姿が目に浮かぶ。私が初めて会話を交わしたときも、彼は吃りまくっていて。見た目とは全然違う内面に、面食らってしまった。
「だけど、本の話をしていくうちに、すごく会話が盛り上がっていて。気がつけば彼も堂々とわたしに話してくれるようになりました。聞けば、彼もわたしと同じように対人関係を築くのが苦手なのだと。その点も同じ穴の狢だったので、仲良くなれた一因なのかもしれません」
初めて自分の対人スキルに感謝しましたよ、と苦笑いする萌奈。その目は誰がどう見ても「恋する乙女」の輝きを湛えていた。
「彼はよく図書館にふらりと入ってくる黒猫を可愛がっていました。私たち職員の間でもその黒猫ちゃんは有名な猫で、最初は追い出そうと必死になっていたんですが、いつしか看板猫になっていましたね。猫好きな人が喜んでくれていたので、まあこのままでもいいかっていうことになって。わたしと詩文さんと黒猫の三人で本について語り合ったこともありました。もちろん、黒猫ちゃんはのんびりマイペースにそこにいただけでしたけれど」
「そうだったんですね。なんというか……平和そうですね」
言いながら、コメント下手か、と自分でツッコみたくなった。
でも、詩文さんと萌奈、黒猫が二人と一匹で談笑しているところを想像すると、本当にのんびり穏やかな空間になりそうだと思う。
「ええ、確かにあの時間はすごく穏やかで素敵な時間でした。気づいたらわたしは、詩文さんに恋をしていました」
話の流れからして、彼女が詩文さんに恋をするのも当然かもしれない、と思った。以前、あやかし猫の姿をした彼女が、詩文さんに気があるというようなことを言っていた。あれは本心だったのだ。私を揶揄うための嘘ではなかった。
「詩文さんはどう思ってたのか、分かりません。わたしの方から彼をデートに誘ったこともあったんです」
「え、そうなんですか」
それは意外だ。萌奈は恋に積極的なタイプではないと思っていたから。
「わたしも、自分の行動力にびっくりしましたよ。でも彩葉さんも分かるでしょう? あの人、待っていたって自分からデートを誘ってくるなんて思えないんですよ。彩葉さんは、誘ってもらってましたけど、あれはすっごくレアです」
ちょっぴり恨めしそうな目を私に向ける萌奈。彼女に言われなくても、詩文さんが女の子を誘いそうにないということは付き合いの短い私でもすぐに分かった。だからこそ、詩文さんが私をデートに誘った時、あやかし猫の彼女はさぞ驚いたに違いない。
「デート中も、エスコートなんて全然してくれなくて、思わずわたしの方が彼をリードしていました。まあ、そういう子供っぽいところがギャップ萌えというか。好きだったんです、彼のこと全部」
彼のこと全部好きだった。
その言葉に、ズキンと胸が疼く。
私は、私は……彼女ほど、詩文さんに恋をしているだろうか。出会ってまだ一ヶ月も経っていないのだから、彼女に比べて詩文さんへの気持ちが小さくても仕方がない。でも、面と向かって気持ちの差を見せつけられたようで、切なかった。
心臓の鼓動が急に速くなる。彼女の口から詩文さんに憧れていたという話を聞き、私の彼への恋心が疼いた。
落ち着け、私。
萌奈はもうこの世の人間ではない。だから彼女の恋心を知ったって、私には関係がないはずだ。そう思うのに、どうしても胸が疼いてしまう。同じ男性に、恋をしていた人が目の前にいるという事実は、二十四年間生きてきた私には刺激が強すぎた。しかもその人はもう亡くなっているし、なんならあやかし猫になっているし。もう訳が分からない。
「詩文さんは週に一回は必ず図書館に通っていました。一度に何冊も本を借りるのに、一週間で全部読み終えて返却をしてくるので、相当読書が好きな方なんだろうって思って。ある時思い切って話しかけてみたんです。ちょうど彼が借りた小説が、わたしのお気に入りの作家の本だったので。そしたら彼、すごくびっくりしてどきまぎしてました」
萌奈に話しかけられておどおどしている詩文さんの姿が目に浮かぶ。私が初めて会話を交わしたときも、彼は吃りまくっていて。見た目とは全然違う内面に、面食らってしまった。
「だけど、本の話をしていくうちに、すごく会話が盛り上がっていて。気がつけば彼も堂々とわたしに話してくれるようになりました。聞けば、彼もわたしと同じように対人関係を築くのが苦手なのだと。その点も同じ穴の狢だったので、仲良くなれた一因なのかもしれません」
初めて自分の対人スキルに感謝しましたよ、と苦笑いする萌奈。その目は誰がどう見ても「恋する乙女」の輝きを湛えていた。
「彼はよく図書館にふらりと入ってくる黒猫を可愛がっていました。私たち職員の間でもその黒猫ちゃんは有名な猫で、最初は追い出そうと必死になっていたんですが、いつしか看板猫になっていましたね。猫好きな人が喜んでくれていたので、まあこのままでもいいかっていうことになって。わたしと詩文さんと黒猫の三人で本について語り合ったこともありました。もちろん、黒猫ちゃんはのんびりマイペースにそこにいただけでしたけれど」
「そうだったんですね。なんというか……平和そうですね」
言いながら、コメント下手か、と自分でツッコみたくなった。
でも、詩文さんと萌奈、黒猫が二人と一匹で談笑しているところを想像すると、本当にのんびり穏やかな空間になりそうだと思う。
「ええ、確かにあの時間はすごく穏やかで素敵な時間でした。気づいたらわたしは、詩文さんに恋をしていました」
話の流れからして、彼女が詩文さんに恋をするのも当然かもしれない、と思った。以前、あやかし猫の姿をした彼女が、詩文さんに気があるというようなことを言っていた。あれは本心だったのだ。私を揶揄うための嘘ではなかった。
「詩文さんはどう思ってたのか、分かりません。わたしの方から彼をデートに誘ったこともあったんです」
「え、そうなんですか」
それは意外だ。萌奈は恋に積極的なタイプではないと思っていたから。
「わたしも、自分の行動力にびっくりしましたよ。でも彩葉さんも分かるでしょう? あの人、待っていたって自分からデートを誘ってくるなんて思えないんですよ。彩葉さんは、誘ってもらってましたけど、あれはすっごくレアです」
ちょっぴり恨めしそうな目を私に向ける萌奈。彼女に言われなくても、詩文さんが女の子を誘いそうにないということは付き合いの短い私でもすぐに分かった。だからこそ、詩文さんが私をデートに誘った時、あやかし猫の彼女はさぞ驚いたに違いない。
「デート中も、エスコートなんて全然してくれなくて、思わずわたしの方が彼をリードしていました。まあ、そういう子供っぽいところがギャップ萌えというか。好きだったんです、彼のこと全部」
彼のこと全部好きだった。
その言葉に、ズキンと胸が疼く。
私は、私は……彼女ほど、詩文さんに恋をしているだろうか。出会ってまだ一ヶ月も経っていないのだから、彼女に比べて詩文さんへの気持ちが小さくても仕方がない。でも、面と向かって気持ちの差を見せつけられたようで、切なかった。
1
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
京都和み堂書店でお悩み承ります
葉方萌生
キャラ文芸
建仁寺へと続く道、祇園のとある路地に佇む書店、その名も『京都和み堂書店」。
アルバイトとして新米書店員となった三谷菜花は、一見普通の書店である和み堂での仕事を前に、胸を躍らせていた。
“女将”の詩乃と共に、書店員として奔走する菜花だったが、実は和み堂には特殊な仕事があって——?
心が疲れた時、何かに悩んだ時、あなたの心に効く一冊をご提供します。
ぜひご利用ください。
NPO法人マヨヒガ! ~CGモデラーって難しいんですか?~
みつまめ つぼみ
キャラ文芸
ハードワークと職業適性不一致に悩み、毎日をつらく感じている香澄(かすみ)。
彼女は帰り道、不思議な喫茶店を見つけて足を踏み入れる。
そこで出会った青年マスター晴臣(はるおみ)は、なんと『ぬらりひょん』!
彼は香澄を『マヨヒガ』へと誘い、彼女の保護を約束する。
離職した香澄は、新しいステージである『3DCGモデラー』で才能を開花させる。
香澄の手が、デジタル空間でキャラクターに命を吹き込む――。
異世界着ぐるみ転生
こまちゃも
ファンタジー
旧題:着ぐるみ転生
どこにでもいる、普通のOLだった。
会社と部屋を往復する毎日。趣味と言えば、十年以上続けているRPGオンラインゲーム。
ある日気が付くと、森の中だった。
誘拐?ちょっと待て、何この全身モフモフ!
自分の姿が、ゲームで使っていたアバター・・・二足歩行の巨大猫になっていた。
幸い、ゲームで培ったスキルや能力はそのまま。使っていたアイテムバッグも中身入り!
冒険者?そんな怖い事はしません!
目指せ、自給自足!
*小説家になろう様でも掲載中です
砂漠の国でイケメン俺様CEOと秘密結婚⁉︎ 〜Romance in Abū Dhabī〜 【Alphapolis Edition】
佐倉 蘭
キャラ文芸
都内の大手不動産会社に勤める、三浦 真珠子(まみこ)27歳。
ある日、突然の辞令によって、アブダビの新都市建設に関わるタワービル建設のプロジェクトメンバーに抜擢される。
それに伴って、海外事業本部・アブダビ新都市建設事業室に異動となり、海外赴任することになるのだが……
——って……アブダビって、どこ⁉︎
※作中にアラビア語が出てきますが、作者はアラビア語に不案内ですので雰囲気だけお楽しみ下さい。また、文字が反転しているかもしれませんのでお含みおき下さい。
紅屋のフジコちゃん ― 鬼退治、始めました。 ―
木原あざみ
キャラ文芸
この世界で最も安定し、そして最も危険な職業--それが鬼狩り(特殊公務員)である。
……か、どうかは定かではありませんが、あたしこと藤子奈々は今春から鬼狩り見習いとして政府公認特A事務所「紅屋」で働くことになりました。
小さい頃から憧れていた「鬼狩り」になるため、誠心誠意がんばります! のはずだったのですが、その事務所にいたのは、癖のある上司ばかりで!? どうなる、あたし。みたいな話です。
お仕事小説&ラブコメ(最終的には)の予定でもあります。
第5回キャラ文芸大賞 奨励賞ありがとうございました。
横浜で空に一番近いカフェ
みつまめ つぼみ
キャラ文芸
大卒二年目のシステムエンジニア千晴が出会ったのは、千年を生きる妖狐。
転職を決意した千晴の転職先は、ランドマークタワー高層にあるカフェだった。
最高の展望で働く千晴は、新しい仕事を通じて自分の人生を考える。
新しい職場は高層カフェ! 接客業は忙しいけど、眺めは最高です!
眠らせ森の恋
菱沼あゆ
キャラ文芸
新米秘書の秋名つぐみは、あまり顔と名前を知られていないという、しょうもない理由により、社長、半田奏汰のニセの婚約者に仕立て上げられてしまう。
なんだかんだで奏汰と同居することになったつぐみは、襲われないよう、毎晩なんとかして、奏汰をさっさと眠らせようとするのだが――。
おうちBarと眠りと、恋の物語。
婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです
青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています
チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。
しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。
婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。
さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。
失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。
目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。
二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。
一方、義妹は仕事でミスばかり。
闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。
挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。
※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます!
※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる