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第四話 三つ葉書店にあなたが来る理由
身の上話
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「ここから先は、人間の姿で話した方が納得していただけるかと思います」
例によって丁寧な口調になるモナ。隣に並んで座ると、友達と肩を並べているような感覚に陥った。何回見ても慣れないなあ……。口調まで変わってしまうから、あやかし猫のモナと人間のモナがどうも同一人物だと感じられないのだ。
「わたしは、神奈川県川崎市に生まれました。知ってますか? 『よみうりランド』があるところです」
「知ってるも何も……」
彼女の口から出て来た地名にぎょっとする。
川崎市と言えば、詩文さんの故郷ではないか。モナも川崎市出身だったなんて、すごい偶然じゃない。いや、違う——モナと詩文さんが同じ京都という地にいるのは、きっと偶然なんかじゃないはずだ。
「詩文さんも、川崎市から来たって言ってました。もしかしてモナ、川崎から詩文さんの後をついて来たの……?」
私の疑問に、彼女が神妙に頷く。
なんと。
彼を追ってわざわざ京都まで? それって人間の姿で? それともあやかし猫になって? 分からない。彼女と詩文さんは一体、どういう関係なんだろうか。
「わたしは、薬師寺詩文が通っていた川崎市にある図書館で、図書館司書として働いていました」
「……はい?」
耳を疑うような台詞に、実際彼女の瞳をじっと見つめてしまった。
図書館司書? それってあやかし猫でもなれるの?
馬鹿みたいな疑問が頭の中をぐるぐると渦巻く。ダメだ。私もいい加減酔っているかもしれない。今日はビールを四杯飲んだ。普段なら三杯までしか飲まないから、いつもより酔いが回っているのかも——……。
「あやかし猫なのに、図書館司書? どういうこと?」
考えていたことがそのまま口から漏れる。だって仕方ないじゃない。そもそも、モナという存在を受け入れるだけでも相当苦労したんだし。
人間のモナ——三沢萌奈は真面目な表情で、私の疑問に答えるべく、語り出した。
「わたしはもともと、人間だったんです。三沢萌奈という名前は、正真正銘わたしの名前です。だから、図書館司書として働いていても不思議じゃないでしょう?」
「に、人間!?」
「ええ。隠してたわけじゃないですけど、普通に考えたらそう思いません? 人間に化けれるんだし」
「いやいや、“普通に考えたら”って言われても無理! だって私、あやかし猫なんて今まで会ったこともないし!」
「はあ。では今受け入れてください。わたしは、彩葉さんと同じ、人間だったんです」
「……」
なんということだ。私はモナのことを、“人間に化けることができるあやかし猫”としか思っていなかった。それだけでも十分、受け入れるには時間がかかったんだけれど。まさか彼女が元人間だなんて。
「ん、元人間ってことは、今は——」
「はい。もう死んでいます」
「……え」
いや、死んでなければ逆に不可解すぎるのだけれど。
それでも、「死んだ」という人間と今こうして対峙している現実を、どうもうまく咀嚼できない。彼女は死んだ。三沢萌奈は死人だった。
「原因を話すと長くなりますけど……どうしましょうか」
原因——それはつまり、モナが死んでしまった理由ということだろうか。
モナに関しては、赤の他人であることは間違いない。彼女が亡くなった理由なんて知ったところで、私はどうすればいいのだろう。
と思いはしたが、私がモナに色々と聞いたのだ。どうして詩文さんの前に現れるのか、と。その理由が、彼女の死の理由と直結しているのなら——私は、聞かなければならないだろう。
「教えて。あなたが亡くなった理由。それから、今でも詩文さんのそばにいる理由も」
私が妙にかしこまった声で言ったからだろうか。モナは二度、三度と瞬きを繰り返したあと、「はい」と硬い声で頷いた。
例によって丁寧な口調になるモナ。隣に並んで座ると、友達と肩を並べているような感覚に陥った。何回見ても慣れないなあ……。口調まで変わってしまうから、あやかし猫のモナと人間のモナがどうも同一人物だと感じられないのだ。
「わたしは、神奈川県川崎市に生まれました。知ってますか? 『よみうりランド』があるところです」
「知ってるも何も……」
彼女の口から出て来た地名にぎょっとする。
川崎市と言えば、詩文さんの故郷ではないか。モナも川崎市出身だったなんて、すごい偶然じゃない。いや、違う——モナと詩文さんが同じ京都という地にいるのは、きっと偶然なんかじゃないはずだ。
「詩文さんも、川崎市から来たって言ってました。もしかしてモナ、川崎から詩文さんの後をついて来たの……?」
私の疑問に、彼女が神妙に頷く。
なんと。
彼を追ってわざわざ京都まで? それって人間の姿で? それともあやかし猫になって? 分からない。彼女と詩文さんは一体、どういう関係なんだろうか。
「わたしは、薬師寺詩文が通っていた川崎市にある図書館で、図書館司書として働いていました」
「……はい?」
耳を疑うような台詞に、実際彼女の瞳をじっと見つめてしまった。
図書館司書? それってあやかし猫でもなれるの?
馬鹿みたいな疑問が頭の中をぐるぐると渦巻く。ダメだ。私もいい加減酔っているかもしれない。今日はビールを四杯飲んだ。普段なら三杯までしか飲まないから、いつもより酔いが回っているのかも——……。
「あやかし猫なのに、図書館司書? どういうこと?」
考えていたことがそのまま口から漏れる。だって仕方ないじゃない。そもそも、モナという存在を受け入れるだけでも相当苦労したんだし。
人間のモナ——三沢萌奈は真面目な表情で、私の疑問に答えるべく、語り出した。
「わたしはもともと、人間だったんです。三沢萌奈という名前は、正真正銘わたしの名前です。だから、図書館司書として働いていても不思議じゃないでしょう?」
「に、人間!?」
「ええ。隠してたわけじゃないですけど、普通に考えたらそう思いません? 人間に化けれるんだし」
「いやいや、“普通に考えたら”って言われても無理! だって私、あやかし猫なんて今まで会ったこともないし!」
「はあ。では今受け入れてください。わたしは、彩葉さんと同じ、人間だったんです」
「……」
なんということだ。私はモナのことを、“人間に化けることができるあやかし猫”としか思っていなかった。それだけでも十分、受け入れるには時間がかかったんだけれど。まさか彼女が元人間だなんて。
「ん、元人間ってことは、今は——」
「はい。もう死んでいます」
「……え」
いや、死んでなければ逆に不可解すぎるのだけれど。
それでも、「死んだ」という人間と今こうして対峙している現実を、どうもうまく咀嚼できない。彼女は死んだ。三沢萌奈は死人だった。
「原因を話すと長くなりますけど……どうしましょうか」
原因——それはつまり、モナが死んでしまった理由ということだろうか。
モナに関しては、赤の他人であることは間違いない。彼女が亡くなった理由なんて知ったところで、私はどうすればいいのだろう。
と思いはしたが、私がモナに色々と聞いたのだ。どうして詩文さんの前に現れるのか、と。その理由が、彼女の死の理由と直結しているのなら——私は、聞かなければならないだろう。
「教えて。あなたが亡くなった理由。それから、今でも詩文さんのそばにいる理由も」
私が妙にかしこまった声で言ったからだろうか。モナは二度、三度と瞬きを繰り返したあと、「はい」と硬い声で頷いた。
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