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第三話 三つ葉書店から始まる恋

お手伝い

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『三つ葉書店』が軌道に乗り始めてから一週間が経った頃、私はデザイナーのレイさんから連絡を受けた。

『例のチラシと店舗カード、それからPOPの台紙、完成したよん』

「わー早い! ありがとうございます」

 あいからず砕けた口調で電話をかけてくるレイさんだが、取り繕わない彼女の性格がやっぱり好きだ。

『明日には届くように手配しておいたから、お楽しみに』

 仕事のできるお姉さんは、納品まで一週間で着実にこなしてくれるご様子だ。



 翌日、ちょうど『やよい庵』の定休日だったので、私は朝イチで『三つ葉書店』の扉を潜った。

「おはようございます」

 午前十時から開店する『三つ葉書店』にはまだお客さんが来ていなかった。その代わり、レジ横でモナが丸くなっていて「げっ」と声を漏らす。彼女は、なおん、という猫らしい鳴き声を上げたがもちろん詩文さんには聞こえていない。あえて私に猫語を見せつけてくるところがなんだかいやらしい。まるでこの店の看板猫は自分だと主張されているみたいだった。

「おはようございます、彩葉さん!」

 今日は詩文さんに、事前に手伝いに来ると伝えてあったので特に驚かれることはなかった。
 詩文さんはここ最近、心なしか顔色が良くなっている。最初はどうなることかと思ったけれど、SNSの投稿以来、やってきたお客さんの口コミで『三つ葉書店』の存在がじわじわ広まっているらしい。限られた界隈でちょっとだけ有名になっているだけだが、オープン当初よりはよっぽどお客さんが増えていた。

「こんにちはー、宅配です」

 ちょうどその時、宅配業者の人がお店に入ってきた。大きな段ボールをどっしりと店の中に置く。
 詩文さんが受け取りのサインをすると、宅配のお兄さんは去っていった。

「新本かな?」

「いやこれ、多分チラシですよ」

 昨日レイさんから連絡を受けていたので中身は彼女が発注したものではないかと予測した。近づいて箱に貼られたシールを見てみるとやっぱり。発送元は印刷会社になっている。

「本当ですね。開けてみましょう」

 レジ奥からカッターナイフを取り出した詩文さんが段ボールにすうっと切れ目を入れる。いつのまにかモナが隣にちょこんと座っていて、箱の中を覗き込むような姿勢になっていた。

「わー、すごい数。何枚頼んだんだろ」

 レイさんにはデザインも枚数もお任せにしていたので、箱にぎっしりと詰められていた夥しい量のチラシと店舗カード、POPの台紙に驚かされる。
 一枚ずつ取り出して、詩文さんがデザインをじっくり眺めた。

「うわあ、このチラシ、すごくおしゃれで素敵ですね。うちの京町家のイメージもしっかり入っていて、感無量です。POPの台紙まで! これで店内がもっと美しくなりそうです」

「本当ですね。レイさん、随分おしゃれにしてきたなー」

 チラシはブラウンの温かみのある色を基調としており、町家のイラストが添えられていた。事前に『三つ葉書店』の写真をレイさんに送っておいたので、それを見て描いてくれたんだろう。レイさんはグラフィックデザインを得意としているが、もともと美大出身ということもあり、イラストの腕もピカイチだ。

「POP、早速書きませんか? お昼過ぎると店内も混んでくるでしょう?」

「そ、そうですね! 彩葉さん、おすすめの本について書いてくださいっ」

「え、私が!?」

 てっきり詩文さんが書くものだと思っていたので目を丸くする。

「もちろん、僕も書きますけど。一人だと限界があるので」

「それはそうかもしれませんけれど、いやー私、普段本読まないし……」

「以前おっしゃってた、ご友人の方からおすすめされた本でいいですよ」

「友達のおすすめ……はは」

 本好きの友達がいるというのはすべてが作り話だったので、苦笑するしかない。

「僕、新本出したり、返本をまとめたりする作業があるので、先にPOPの作成お願いします!」

 詩文さんはもう私にPOPを書いてもらう前提で話を進めていた。見れば、その表情は遠足を翌日に控えた小学生みたいにウキウキと輝いている。一人、作業を始めた詩文さんを尻目に、私は隣にいるモナと視線を合わせた。

「……ねえ、手伝ってくれない?」

 小声でそっと話しかける。モナは「フン」と鼻を鳴らした。
 断られるかと思ったのだが、意外にも「しょうがないわね」と高飛車に答えた。なんだかいけすかない。でもモナに頼る以外、私が詩文さんから寄せられた期待に応える方法はなかった。

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