3 / 57
第一話 三つ葉書店の黒猫
三つ葉書店
しおりを挟む
「彩葉ーお隣の家、なんや改装してんねん。昨日看板屋さんが来てはったし、新しく店ができるんちゃう?」
「え、新しいお店?」
母が月9ドラマを見ながら、こたつでアイスを食べていた。冬に温かい場所で食べるアイスが最高なんやと母は口癖のようにこぼしている。私は母の気持ちがあまりよく分からない。アイスは暑い時に食べたい。
それにしても、隣の家、お店になるのか。
初めて知った事実に、素直に驚いた。
隣の家は、一年前まで民家だった。お隣さんの名前は黒田さんといって、高齢のおばあちゃんだった。足腰が悪く、あまり外に出ているところを見たことがなかったのだが、一年前に突如家がもぬけのからになって、そういうことかと悲しくなったのを覚えている。
それから何ヶ月も空き家として放置されていたのだが、ついに誰かが隣の家を買い付けたらしい。祇園の町に佇む町家なので、もちろんかなり高かっただろう。売買価格を見ているわけではないので知らないけれど、私が買えと言われたら絶対にむりだ……。
そういうわけで、隣の家を買った人は無条件で尊敬する。
看板屋さんが来ていたということは母の言うようにお店になるのだろう。どんなお店かな? やっぱり、飲食店だろうか。京懐石や中華料理、フレンチなどのお店が立ち並んでいるので、飲食店である可能性は高いだろう。
……と、ワクワクしながらお店が改装されていく様子を隣から眺めていたのだが、予想は見事に裏切られた。
三月下旬、出来上がった店構えと看板を目にした私は絶句する。
「『三つ葉書店』……? 書店!?」
掲げられた看板は、近所の料亭と変わらないくらい上品な木彫りの看板で、味のある字で『三つ葉書店』と彫られていた。
「こんなところに書店? なんで……?」
真新しい看板をぽけーっと見つめながら、まだ開店していないお店の前で混乱していた。
祇園のど真ん中に、しかも弥生小路なんていうマイナーな通りに、本屋さんだなんて。さすがに常識がなさすぎる。ビジネスが分かってなさすぎっ。とはいえ、私だって元々繁盛していた老舗の跡を継ぐのだから、ビジネスの何たるかを知っているわけではなかった。たぶん、レベル的にはここに書店を開いてしまう店主と同じぐらいだろう。まだ二十四歳だし、青二才である自覚は十分にあった。
「うう~でもなあ。本屋かあ~。うーん、売れないだろうなあ……」
オープンする前からとんだ不謹慎な発言だと怒られるかもしれないが、幸い周りに人はおらず、独り言を呟いているだけだった。
いや、そもそもお隣の書店の売れ行きが悪くて潰れてしまったとしても、私には関係ないんだけど。でもやっぱり、ご近所さん同士、お互いにお客さんを増やしていって、弥生小路全体が盛り上がるのであればそれはそれで嬉しい。そうだよ。お隣さんには頑張ってもらわないといけないじゃない。
一人、うんうんと唸りながら『三つ葉書店』の前で立ち尽くしていたが、やがて降ってきた春雨に追われるようにして自分の店へと戻った。
一体、こんな場所に書店を開こうという店主はどんな人なんだろうか。
看板の前に貼ってあった、「四月三日オープン」という貼り紙の文字をしっかりと記憶に刻みつけたのだった。
「え、新しいお店?」
母が月9ドラマを見ながら、こたつでアイスを食べていた。冬に温かい場所で食べるアイスが最高なんやと母は口癖のようにこぼしている。私は母の気持ちがあまりよく分からない。アイスは暑い時に食べたい。
それにしても、隣の家、お店になるのか。
初めて知った事実に、素直に驚いた。
隣の家は、一年前まで民家だった。お隣さんの名前は黒田さんといって、高齢のおばあちゃんだった。足腰が悪く、あまり外に出ているところを見たことがなかったのだが、一年前に突如家がもぬけのからになって、そういうことかと悲しくなったのを覚えている。
それから何ヶ月も空き家として放置されていたのだが、ついに誰かが隣の家を買い付けたらしい。祇園の町に佇む町家なので、もちろんかなり高かっただろう。売買価格を見ているわけではないので知らないけれど、私が買えと言われたら絶対にむりだ……。
そういうわけで、隣の家を買った人は無条件で尊敬する。
看板屋さんが来ていたということは母の言うようにお店になるのだろう。どんなお店かな? やっぱり、飲食店だろうか。京懐石や中華料理、フレンチなどのお店が立ち並んでいるので、飲食店である可能性は高いだろう。
……と、ワクワクしながらお店が改装されていく様子を隣から眺めていたのだが、予想は見事に裏切られた。
三月下旬、出来上がった店構えと看板を目にした私は絶句する。
「『三つ葉書店』……? 書店!?」
掲げられた看板は、近所の料亭と変わらないくらい上品な木彫りの看板で、味のある字で『三つ葉書店』と彫られていた。
「こんなところに書店? なんで……?」
真新しい看板をぽけーっと見つめながら、まだ開店していないお店の前で混乱していた。
祇園のど真ん中に、しかも弥生小路なんていうマイナーな通りに、本屋さんだなんて。さすがに常識がなさすぎる。ビジネスが分かってなさすぎっ。とはいえ、私だって元々繁盛していた老舗の跡を継ぐのだから、ビジネスの何たるかを知っているわけではなかった。たぶん、レベル的にはここに書店を開いてしまう店主と同じぐらいだろう。まだ二十四歳だし、青二才である自覚は十分にあった。
「うう~でもなあ。本屋かあ~。うーん、売れないだろうなあ……」
オープンする前からとんだ不謹慎な発言だと怒られるかもしれないが、幸い周りに人はおらず、独り言を呟いているだけだった。
いや、そもそもお隣の書店の売れ行きが悪くて潰れてしまったとしても、私には関係ないんだけど。でもやっぱり、ご近所さん同士、お互いにお客さんを増やしていって、弥生小路全体が盛り上がるのであればそれはそれで嬉しい。そうだよ。お隣さんには頑張ってもらわないといけないじゃない。
一人、うんうんと唸りながら『三つ葉書店』の前で立ち尽くしていたが、やがて降ってきた春雨に追われるようにして自分の店へと戻った。
一体、こんな場所に書店を開こうという店主はどんな人なんだろうか。
看板の前に貼ってあった、「四月三日オープン」という貼り紙の文字をしっかりと記憶に刻みつけたのだった。
4
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説
京都和み堂書店でお悩み承ります
葉方萌生
キャラ文芸
建仁寺へと続く道、祇園のとある路地に佇む書店、その名も『京都和み堂書店」。
アルバイトとして新米書店員となった三谷菜花は、一見普通の書店である和み堂での仕事を前に、胸を躍らせていた。
“女将”の詩乃と共に、書店員として奔走する菜花だったが、実は和み堂には特殊な仕事があって——?
心が疲れた時、何かに悩んだ時、あなたの心に効く一冊をご提供します。
ぜひご利用ください。
猫又の恩返し~猫屋敷の料理番~
三園 七詩
キャラ文芸
子猫が轢かれそうになっているところを助けた充(みつる)、そのせいでバイトの面接に遅刻してしまった。
頼みの綱のバイトの目処がたたずに途方にくれていると助けた子猫がアパートに通うようになる。
そのうちにアパートも追い出され途方にくれていると子猫の飼い主らしきおじいさんに家で働かないかと声をかけられた。
もう家も仕事もない充は二つ返事で了承するが……屋敷に行ってみると何か様子がおかしな事に……
あまりさんののっぴきならない事情
菱沼あゆ
キャラ文芸
強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。
充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。
「何故、こんなところに居る? 南条あまり」
「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」
「それ、俺だろ」
そーですね……。
カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。
騎士団寮のシングルマザー
古森きり
恋愛
夫と離婚し、実家へ帰る駅への道。
突然突っ込んできた車に死を覚悟した歩美。
しかし、目を覚ますとそこは森の中。
異世界に聖女として召喚された幼い娘、真美の為に、歩美の奮闘が今、始まる!
……と、意気込んだものの全く家事が出来ない歩美の明日はどっちだ!?
※ノベルアップ+様(読み直し改稿ナッシング先行公開)にも掲載しましたが、カクヨムさん(は改稿・完結済みです)、小説家になろうさん、アルファポリスさんは改稿したものを掲載しています。
※割と鬱展開多いのでご注意ください。作者はあんまり鬱展開だと思ってませんけども。
AV研は今日もハレンチ
楠富 つかさ
キャラ文芸
あなたが好きなAVはAudioVisual? それともAdultVideo?
AV研はオーディオヴィジュアル研究会の略称で、音楽や動画などメディア媒体の歴史を研究する集まり……というのは建前で、実はとんでもないものを研究していて――
薄暗い過去をちょっとショッキングなピンクで塗りつぶしていくネジの足りない群像劇、ここに開演!!
ガダンの寛ぎお食事処
蒼緋 玲
キャラ文芸
**********************************************
とある屋敷の料理人ガダンは、
元魔術師団の魔術師で現在は
使用人として働いている。
日々の生活の中で欠かせない
三大欲求の一つ『食欲』
時には住人の心に寄り添った食事
時には酒と共に彩りある肴を提供
時には美味しさを求めて自ら買い付けへ
時には住人同士のメニュー論争まで
国有数の料理人として名を馳せても過言では
ないくらい(住人談)、元魔術師の料理人が
織り成す美味なる心の籠もったお届けもの。
その先にある安らぎと癒しのひとときを
ご提供致します。
今日も今日とて
食堂と厨房の間にあるカウンターで
肘をつき住人の食事風景を楽しみながら眺める
ガダンとその住人のちょっとした日常のお話。
**********************************************
【一日5秒を私にください】
からの、ガダンのご飯物語です。
単独で読めますが原作を読んでいただけると、
登場キャラの人となりもわかって
味に深みが出るかもしれません(宣伝)
外部サイトにも投稿しています。
おデブな私とドSな魔王さま♪
柳乃奈緒
キャラ文芸
体重があと少しで100キロの大台に到達する
おデブでちょっぴりネガティブな女子高生の美乃里。
ある日、黒魔術を使って召喚してしまった
超ドSな魔王に、何故か強制的にダイエットを強いられる。
果たして美乃里は、ドSな魔王のダイエットに耐えられるのか?そして、ハッピーエンドはあるのだろうか?
【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件
三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。
※アルファポリスのみの公開です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる