あの夏の海には帰れない

葉方萌生

文字の大きさ
上 下
35 / 64
第五話 夏の寂しさ

月の光の下で

しおりを挟む

 それからの僕の凋落ぶりはすさまじかった。
 学校で、クラスメイトからハブられるようになったのは言うまでもない。
 僕に対し不満を持っていた生徒たちが、あの事件を皮切りに、遠慮をしなくなったと言えば分かりやすいかもしれない。
 机に落書きをされるのは序の口で、教科書が水浸しになり使えなくなったもの、まだ耐えられた。一番堪えたのは、クラスの中で、誰一人として僕の味方をしてくれる人がいなかったこと。先生さえも、このいじめには気づかないふりをしていた。 
 今まで、友人関係を築くことや、勉強をすることを怠った罰が当たったんだ。
 そう思えば納得できるはずなのに、自分の身に降りかかる不幸は、想像以上につらいものだった。
 LIVE動画はあらゆるSNSで拡散され、僕のファンを筆頭にさまざまなコメントが寄せられた。もちろん、僕を擁護し、動画撮影をしたクラスメイトを非難する声も上がったが、学生の本分を放棄して歌手活動だけに専念する僕のスタンスを、受け入れられないというファンの不満が爆発していた。
 僕はネット社会で一気に吊し上げられた。SNSには誹謗中傷の言葉が蔓延し、僕はスマホを直視できなくなった。テレビ局の人間が自宅まで押し寄せて、僕から事情を聞き出そうと迫りくる日々。
 両親は僕の心配をするよりも、「ほら、言わんこっちゃない」と勉強をしなかった僕を蔑むような目で見つめた。実際はそうじゃなかったのかもしれないけれど、僕の歌手活動をよく思っていなかった両親のことだ。突然平穏な日々が壊されたことで、僕を罵りたくもなっただろう。
 僕は、その一つ一つの出来事に、心を壊していった。
 SNSは怖くて開きたくないと思うのに、慰めの言葉を探して、無意識に見てしまっていた。その度にまた目に飛び込んでくるはっきりとした悪意に、僕は足元から引き摺り込まれそうな感覚に陥った。
 ひたすら自分の部屋に引きこもり、世間がこの話に飽きるのを待った。
 けれど、予想に反して僕への誹謗中傷は長引き、僕は体重が十キログラムも減り、頬はこけ、身体は針金のように細くなった。もちろん僕は、活動を休止した。
『SEASON』のドラマーから連絡が来たのは、例の動画が拡散されて一週間が経った頃だ。すぐに連絡をしなかったのは、しばらく僕をそっとしておきたいという気遣いだったらしい。

「俺たちの活動も、辞めなくちゃいけなくなった」

 彼は、僕を責めるでもなく、動画の善悪を述べるのでもなく、たった一言それだけつぶやいた。
 真っ暗な穴に、ついに足を滑らせて落ちてしまったかのような感覚に襲われた。
『SEASON』が活動休止を余儀なくされたのは、僕のせいだ。
 Harukiが活動休止しなければならないのは諦めがつくが、『SEASON』は違う。『SEASON』には僕の仲間が、共に夢を追ってくれた仲間がいる。
 そんな大切な人たちが、僕の浅はかな行動で、夢を絶たれた。
 涙は、僕の意思とは無関係に、気がつけば全身を濡らす勢いで滑り落ちていた。

 僕の命と引き換えに、『SEASON』を解放してください。
 それだけが、僕の願いです。

 遺書を机の上に置いて、僕は震える足を引きずるようにして家を出た。
 月明かりだけが夜道を美しく照らす、夏の夜のことだった。
 命を終える場所に選んだ海にたどり着いた僕は、ゆっくりと海に足を浸していく。
 どうか、この先『SEASON』のみんなが、笑顔で音楽を奏で続けられますように。
 月の光の下で、僕は今も願い続けている。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

三姉妹の姉達は、弟の俺に甘すぎる!

佐々木雄太
青春
四月—— 新たに高校生になった有村敦也。 二つ隣町の高校に通う事になったのだが、 そこでは、予想外の出来事が起こった。 本来、いるはずのない同じ歳の三人の姉が、同じ教室にいた。 長女・唯【ゆい】 次女・里菜【りな】 三女・咲弥【さや】 この三人の姉に甘やかされる敦也にとって、 高校デビューするはずだった、初日。 敦也の高校三年間は、地獄の運命へと導かれるのであった。 カクヨム・小説家になろうでも好評連載中!

岩にくだけて散らないで

葉方萌生
青春
風間凛は父親の転勤に伴い、高知県竜太刀高校にやってきた。直前に幼なじみの峻から告白されたことをずっと心に抱え、ぽっかりと穴が開いた状態。クラスにもなじめるか不安な中、話しかけてきたのは吉原蓮だった。 蓮は凛の容姿に惹かれ、映像研究会に誘い、モデルとして活動してほしいと頼み込む。やりたいことがなく、新しい環境になじめるか不安だった凛は吉原の求めに応じ、映像研究会に入るが——。

恋の消失パラドックス

葉方萌生
青春
平坦な日常に、インキャな私。 GWが明け、学校に着くとなにやらおかしな雰囲気が漂っている。 私は今日から、”ハブられ女子”なのか——。 なんともない日々が一変、「消えたい」「消したい」と願うことが増えた。 そんなある日スマホの画面にインストールされた、不思議なアプリ。 どうやらこのアプリを使えば、「消したいと願ったものを消すことができる」らしいが……。

全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―

入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。 遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。 本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。 優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。

彼女に思いを伝えるまで

猫茶漬け
青春
主人公の登藤 清(とうどう きよし)が阿部 直人(あべ なおと)に振り回されながら、一目惚れした山城 清美(やましろ きよみ)に告白するまでの高校青春恋愛ストーリー 人物紹介 イラスト/三つ木雛 様 内容更新 2024.11.14

小学生をもう一度

廣瀬純一
青春
大学生の松岡翔太が小学生の女の子の松岡翔子になって二度目の人生を始める話

自称未来の妻なヤンデレ転校生に振り回された挙句、最終的に責任を取らされる話

水島紗鳥
青春
成績優秀でスポーツ万能な男子高校生の黒月拓馬は、学校では常に1人だった。 そんなハイスペックぼっちな拓馬の前に未来の妻を自称する日英ハーフの美少女転校生、十六夜アリスが現れた事で平穏だった日常生活が激変する。 凄まじくヤンデレなアリスは拓馬を自分だけの物にするためにありとあらゆる手段を取り、どんどん外堀を埋めていく。 「なあ、サインと判子欲しいって渡された紙が記入済婚姻届なのは気のせいか?」 「気にしない気にしない」 「いや、気にするに決まってるだろ」 ヤンデレなアリスから完全にロックオンされてしまった拓馬の運命はいかに……?(なお、もう一生逃げられない模様) 表紙はイラストレーターの谷川犬兎様に描いていただきました。 小説投稿サイトでの利用許可を頂いております。

青天のヘキレキ

ましら佳
青春
⌘ 青天のヘキレキ 高校の保健養護教諭である金沢環《かなざわたまき》。 上司にも同僚にも生徒からも精神的にどつき回される生活。 思わぬ事故に巻き込まれ、修学旅行の引率先の沼に落ちて神将・毘沙門天の手違いで、問題児である生徒と入れ替わってしまう。 可愛い女子とイケメン男子ではなく、オバちゃんと問題児の中身の取り違えで、ギャップの大きい生活に戸惑い、落としどころを探って行く。 お互いの抱えている問題に、否応なく向き合って行くが・・・・。 出会いは化学変化。 いわゆる“入れ替わり”系のお話を一度書いてみたくて考えたものです。 お楽しみいただけますように。 他コンテンツにも掲載中です。

処理中です...