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第六話 トラウマを消し去りたいあなたへ

急変

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 あの時のことを思い出すと、今でも胸が締め付けられるように痛い。
 私は高校三年生になった。
 そして夏休み、例によって書き上げた小説『青のまんなか』をあおい文学賞という賞に応募したのだが、それが大賞を受賞してしまった。
 それ自体とても嬉しくて、舞い上がりたい気持ちで、母も父も「よかったね」と喜んでくれた。
 その後電話で受賞を知らせてくれた杉崎が、三月に行われる授賞式の出欠について再び連絡をくれたため、私は二つ返事で「出席させていただきます!」と威勢良く答えたのだった。
 しかし、そんな喜ばしい出来事に今後の夢を膨らませていた時、私たち家族に再び暗雲が押し寄せてくることとなる。

「え、またおばあちゃんが倒れた!?」

 知らせを受けたのは、授賞式もすぐそこまで迫った三月始め。
 私は大学受験を終え、あとは合格発表を待つのみ、という宙ぶらりんの日々の最中にいた。
 後期試験の対策をするにも新生活に想いを馳せるにも、どうにもこうにも心がソワソワして、結局何も手に付かない……という私を尻目に、母は受話器を握りしめたまま硬直していた。

「しかも今度は、もう治らない……」

 電話の向こうには、やっぱり伯母がいるんだろうか。伯母も、辛そうな表情でどうしようもない事実を母に告げているのだろうか。
 それからしばらく母が「うん」とか「そう……」とか暗い声で頷いて、「じゃあまた……」と電話を切った。
 そして、私に向かってこう告げたのだ。

「おばあちゃんの病気、悪くなって……もうあと少ししか生きられないんだって……」

 自分よりもうんと年上の祖母がいつかそうなることぐらいは分かっていた。母もきっと、去年祖母が倒れてからずっとそのことを考えなかったわけではないだろう。
 でもやっぱり、「あるかもしれない」未来を案じるより、「起こってしまった辛い現実」を直視する方が何十倍も悲しいことだった。

「あと少しってどれくらい……?」

 この手の質問をすべきかどうか迷った。
 だって、もしこれで「一年」とか「半年」とか言われたら、本当にショックを受けると分かっていたからだ。
 だから、バクバクと鳴る心臓を抑えながら、恐る恐る母に聞いた。

「一ヶ月、なんだって」

 一ヶ月。
 出てきた答えは予想をはるかに上回るほどの短い期間で、思わず「えっ」と声を漏らした。

「そうらしいの……」

「……」

 事態はあまりに性急で、現実と思考がやっぱり追いつかない。
 けれど、何度聞いても母の口から出てくる言葉は、祖母の命の時間が雀の涙ほどしか残されていないということだけだった。


 祖母の容態を聞いてから、母はすぐさま祖母の家に飛んで帰った。
 私も、学校に事情を話し、何日かお休みをもらって数日後に母を追いかけた。

「おばあちゃん」

 久しぶりに再会した祖母は、伯母さんの家のベッドで安らかに眠っていた。
 病院の先生が、残り短い命だからと、祖母を家に帰してくれたらしい。祖母にとっても、残された母や伯母にとっても、その方が良いのかもしれない。しかし私はそれを聞いて、逆に不安になった。
 本当に祖母が、もうすぐいなくなってしまうことを、突きつけられた気がしたから。
 母や伯母と祖母の様子を見ながら、しばらくの間伯母夫婦の家で生活した。
 祖母は時々しか目を覚まさなくて、目を覚ましても、私たちと会話する気力がなく、ただ目を細めて話しかけてくる母や伯母に頑張って笑いかけるだけだった。


「そういえば、もうすぐ表彰式よね?」

 そんな生活を続け、数週間が過ぎた日の夜、母が唐突に私にそう言った。

「うん、そうだけど」

 そう。第一四五回あおい文学賞の表彰式が、二日後に迫っていた。
 けれど私は、そのことを、伯母の家で一度も口に出しはしなかった。
 祖母が大変なこの時期に、私だけのうのうと表彰式に出席するなんて、考えられなかったから。

「あんた、ちゃんと行ってきなさいよ」

「うーん、でも」

「せっかくの機会でしょう? しかも大賞の。あんたが行かなくてどうすんの」

「大賞だろうが何だろうが、出欠は自由だし……それに、こんなときに」

 行けるわけないじゃん、と母の前でボソッと呟いた。

「何言ってるの。おばあちゃんだって、あんたの晴れ姿を見たいに決まってるのに」

 でも見られない。
 だからって、欠席したら、もっと悲しむわ。

「もう、選考委員の人に連絡したから。出られなくなったって」

 嘘だった。
 あまりに頑なに「出席しなさい」と主張する母を諦めさせるために、私は嘘をついた。

「そうなの? まったく……」

 呆れてものが言えない、という様子の母を尻目に、私はほっと安堵する。だって、祖母の身が危険な時に表彰式に出るなんて、罪悪感でいっぱいになるに違いないから。
 だから、そんな窮屈な思いをするぐらいなら、表彰式ぐらい欠席する方がましだった。
 ましだと、思っていたのに。



「母が、勝手に杉崎さんに連絡していたんです。『やっぱり娘は表彰式に出席します。ご迷惑おかけしてすみません』って」

「そうだったんだ」

 頷く詩乃さんに、私は話の続きを語った。
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