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第四話 人と上手く接することができないあなたへ
受け取ってくれる?
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あては全くないのだけれど、不思議なことに、本を持って歩いていれば、また彼女に会える気がした。
店から駅の方へ向かって早足で歩く。最寄駅の近くには、この間将来に悩んでいた増田大輝に本を渡した公園がある。私は公園までたどり着いたところで、その隣の建物の右の角を曲がろうとした。その時だった。
「わっ」
道を曲がったすぐそこに、彼女はいた。
突然の私の登場に、宮脇沙子はびっくりすると思っていたのに。
それなのに、彼女は私を見て驚きの声を上げることもなく、ただじっと私のことを見つめていた。その瞳が、小さく潤んでいる。泣いていたのだろうか。でも、彼女の頰に、涙が流れた跡はなかった。
そのうち、彼女が眉を下げ、強張っていた表情がゆっくりと溶けてゆくのが分かった。
不安で泣いていたんじゃない、安堵したのだと、この時知った。
「店員さん、どうして……」
「どうしてと聞きたいのは私の方なのですが……。とにかく謝りたくて」
私が傲慢だったこと。
これまでいろんな人の悩みを聞いてきたという自負が、私をダメな人間にしてしまったこと。初対面の相手への謙虚さを失っていたこと。
さっきのお店でのやりとりを、許してほしいということ。
その全てを、彼女に打ち明けた。
「さっきは本当に、ごめんなさい! 私、あなたのこと大して知りもしないのに、偉そうなこと言いました。変わりたいとか変わりたくないとか、沙子さんはそんなこと、望んでないかもしれないのに……」
彼女は、本当は今のままでいいのかもしれない。
外見を派手にして、それで少なくともいじめがなくなって、満足しているのかもしれない。
その先を望んでいるかなんて、沙子の口から聞く以外、確かめようのないことではないか——。
「……」
彼女は黙っていた。あるいは、私の話がまだ終わっていないと思っているのかもしれない。
チャンスだと思い、私は胸に抱えていた本を、彼女の前に恐る恐る差し出した。
「もし……、もし、沙子さんが少しでも今悩んでることがあって、誰かに話したいけど話せない何かが心につっかえてるのなら、この本、どうかなって……。さっき女将が渡してくれたんです。『もう闘わなくていいよ』って言ってくれて。この本に出てくる、私の大好きな台詞なんです。だからきっと、沙子さんにも届くと思って——ううん、読んでほしい。変わりたいとか変わりたくないとか、そんなの抜きにして、私は沙子さんにこの本を読んでほしいんです。私の好きな物語を、好きになって欲しくて」
必死に今の自分の想いを口にしながら、私は手に持った辻村深月先生の『かがみの孤城』を差し出した。
本屋大賞もとって、和み堂の他のスタッフたちもみんなが大好きな作品。
大型書店に並んでいる時に気になって手に取ってみたものだ。あんなに大勢の本たちが並ぶ本屋さんで、『かがみの孤城』だけが輝いて見えたから。
「受け取って、くれますか……?」
怖かった。もう一度、彼女に拒絶されたらもう立ち直れないと思ったから。今までの人生でいじめを経験した彼女みたいに、私は人から拒絶される経験をほとんどしたことがなかった。だからこそ、これ以上拒否されたら、その時はどうすれば良いか分からなくなるだろう。
「あの、嬉しいです……。あたし、この本読んでみたいです」
「あなたには分からない」と放った時とは明らかに違う、柔らかい声がして、私はふっと彼女の顔を見た。
店から駅の方へ向かって早足で歩く。最寄駅の近くには、この間将来に悩んでいた増田大輝に本を渡した公園がある。私は公園までたどり着いたところで、その隣の建物の右の角を曲がろうとした。その時だった。
「わっ」
道を曲がったすぐそこに、彼女はいた。
突然の私の登場に、宮脇沙子はびっくりすると思っていたのに。
それなのに、彼女は私を見て驚きの声を上げることもなく、ただじっと私のことを見つめていた。その瞳が、小さく潤んでいる。泣いていたのだろうか。でも、彼女の頰に、涙が流れた跡はなかった。
そのうち、彼女が眉を下げ、強張っていた表情がゆっくりと溶けてゆくのが分かった。
不安で泣いていたんじゃない、安堵したのだと、この時知った。
「店員さん、どうして……」
「どうしてと聞きたいのは私の方なのですが……。とにかく謝りたくて」
私が傲慢だったこと。
これまでいろんな人の悩みを聞いてきたという自負が、私をダメな人間にしてしまったこと。初対面の相手への謙虚さを失っていたこと。
さっきのお店でのやりとりを、許してほしいということ。
その全てを、彼女に打ち明けた。
「さっきは本当に、ごめんなさい! 私、あなたのこと大して知りもしないのに、偉そうなこと言いました。変わりたいとか変わりたくないとか、沙子さんはそんなこと、望んでないかもしれないのに……」
彼女は、本当は今のままでいいのかもしれない。
外見を派手にして、それで少なくともいじめがなくなって、満足しているのかもしれない。
その先を望んでいるかなんて、沙子の口から聞く以外、確かめようのないことではないか——。
「……」
彼女は黙っていた。あるいは、私の話がまだ終わっていないと思っているのかもしれない。
チャンスだと思い、私は胸に抱えていた本を、彼女の前に恐る恐る差し出した。
「もし……、もし、沙子さんが少しでも今悩んでることがあって、誰かに話したいけど話せない何かが心につっかえてるのなら、この本、どうかなって……。さっき女将が渡してくれたんです。『もう闘わなくていいよ』って言ってくれて。この本に出てくる、私の大好きな台詞なんです。だからきっと、沙子さんにも届くと思って——ううん、読んでほしい。変わりたいとか変わりたくないとか、そんなの抜きにして、私は沙子さんにこの本を読んでほしいんです。私の好きな物語を、好きになって欲しくて」
必死に今の自分の想いを口にしながら、私は手に持った辻村深月先生の『かがみの孤城』を差し出した。
本屋大賞もとって、和み堂の他のスタッフたちもみんなが大好きな作品。
大型書店に並んでいる時に気になって手に取ってみたものだ。あんなに大勢の本たちが並ぶ本屋さんで、『かがみの孤城』だけが輝いて見えたから。
「受け取って、くれますか……?」
怖かった。もう一度、彼女に拒絶されたらもう立ち直れないと思ったから。今までの人生でいじめを経験した彼女みたいに、私は人から拒絶される経験をほとんどしたことがなかった。だからこそ、これ以上拒否されたら、その時はどうすれば良いか分からなくなるだろう。
「あの、嬉しいです……。あたし、この本読んでみたいです」
「あなたには分からない」と放った時とは明らかに違う、柔らかい声がして、私はふっと彼女の顔を見た。
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