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第三話 夢を追いたくて就職に悩むあなたへ
捨てない
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***
増田大輝が再び店を訪れたのは、『永遠の出口』を渡してから一ヶ月過ぎた頃だった。
「こんにちは」
私もアルバイトの仕事に慣れ、自ら和み堂が主催するイベントに複数参加して、稲村社長が和み堂書店で提供したい、読書の先にある体験を、肌で実感しつつあるところだ。
「いらっしゃいませ。お久しぶりですね」
今日彼が来ることは、事前に連絡が来ていたため知っていた。
「はい、その節はありがとうございました」
レジカウンターの前で、彼は鞄の中を探り、『永遠の出口』を私に差し出す。
「この小説、最初は何の話かと思ったんです」
彼の言うことは至極もっともだと思う。
だって、森絵都先生の『永遠の出口』は、主人公の小学生の女の子が高校生になるまでの日常を描いた物語なのだ。これを聞いただけでは、就職にも将来の夢にも何ら直結していないし、物語自体に「え、面白いの?」と疑問を抱くだろう。
しかし、一度『永遠の出口』を読んだ私は、この本の面白さを知ってしまった。
どうして、と思う。
一体どうして、この本はこんなにも面白く、瑞々しいお話になっているんだろう!
彼も同じことを思ったらしく、「こんな小説は読んだことがありません」とびっくりした様子だった。
それもそのはず。
『永遠の出口』は、単なる日常生活を描いた本なのに、文章の一つ一つが生きていて、主人公が体験する日々を恐ろしいほどリアルに想像してしまう。
そんな物語だから。
「最後まで、ずっとなんで菜花さんがこの本を僕に紹介してくれたのか、分からなかったんです。でも、本当に最後まで読みきったあと、あなたが伝えたかったことが見えてきました」
『永遠の出口』の主人公は、高校生になってから、地球はいつか太陽に飲み込まれて滅びてしまうことを知って衝撃を受ける。
地球にも終わりがあること。自分が今毎日うだうだと将来や恋愛に悩んだって、そんなものも全て、すっぽりと太陽の熱に奪われ、破壊され、跡形もなく消え去ってしまうこと。どんな物事にも、“永遠”はないということ。
そのことを思うと、悩みの一つや二つが、軽く感じられる。
そして、物語の終わりには、こんな趣旨のことが書かれている。
自分も兄弟も、母親も父親も、元恋人も友人も、将来どうなっているかなんて、今は想像できない。想像できない何かになっている可能性は大いにあって、毎日のちっぽけな悩みに立ち止まっている暇はないんだと。
「人生って、何が起こるか分からないんですよね。だったら僕も、今やりたいと思っていることをしたいって思いました」
就職に対する完全な答えを見つけたわけではない。
しかし、彼の表情はやはり、前回の二人と同じようにすっきりとしていた。
「そうですね。就職したくない気持ちと、夢を追いたい気持ちと、どっちもあっていいんだと思います」
これじゃあ、本当の答えにはなっていないと分かっている。
それでも私は伝えたかった。
私も、夢と現実の間でいまだに迷子になっている一員として。
現実を考えて就職する道を選んでもいいし、夢を追いながら現実を選んでもいい。
夢にだけ一生懸命になってもいい。
でも、これだけは覚えていてほしい。
現実を追うことは夢から目をそらすことじゃないんだって。
「僕は歌手になりたい。その夢は絶対に捨てません。その上で、就職と向き合おうと思います」
捨てない。
夢は、絶対に捨てない。
彼が噛みしめるようにそう言ったとき、私は嬉しかった。
でも、嬉しさと同時に脳裏によぎったものは、私の書いた物語を読んで嬉しそうに笑う祖母の顔だった。
夢を追いたくて就職に悩むあなたへ。
森絵都著『永遠の出口』はいかがでしょう?
増田大輝が再び店を訪れたのは、『永遠の出口』を渡してから一ヶ月過ぎた頃だった。
「こんにちは」
私もアルバイトの仕事に慣れ、自ら和み堂が主催するイベントに複数参加して、稲村社長が和み堂書店で提供したい、読書の先にある体験を、肌で実感しつつあるところだ。
「いらっしゃいませ。お久しぶりですね」
今日彼が来ることは、事前に連絡が来ていたため知っていた。
「はい、その節はありがとうございました」
レジカウンターの前で、彼は鞄の中を探り、『永遠の出口』を私に差し出す。
「この小説、最初は何の話かと思ったんです」
彼の言うことは至極もっともだと思う。
だって、森絵都先生の『永遠の出口』は、主人公の小学生の女の子が高校生になるまでの日常を描いた物語なのだ。これを聞いただけでは、就職にも将来の夢にも何ら直結していないし、物語自体に「え、面白いの?」と疑問を抱くだろう。
しかし、一度『永遠の出口』を読んだ私は、この本の面白さを知ってしまった。
どうして、と思う。
一体どうして、この本はこんなにも面白く、瑞々しいお話になっているんだろう!
彼も同じことを思ったらしく、「こんな小説は読んだことがありません」とびっくりした様子だった。
それもそのはず。
『永遠の出口』は、単なる日常生活を描いた本なのに、文章の一つ一つが生きていて、主人公が体験する日々を恐ろしいほどリアルに想像してしまう。
そんな物語だから。
「最後まで、ずっとなんで菜花さんがこの本を僕に紹介してくれたのか、分からなかったんです。でも、本当に最後まで読みきったあと、あなたが伝えたかったことが見えてきました」
『永遠の出口』の主人公は、高校生になってから、地球はいつか太陽に飲み込まれて滅びてしまうことを知って衝撃を受ける。
地球にも終わりがあること。自分が今毎日うだうだと将来や恋愛に悩んだって、そんなものも全て、すっぽりと太陽の熱に奪われ、破壊され、跡形もなく消え去ってしまうこと。どんな物事にも、“永遠”はないということ。
そのことを思うと、悩みの一つや二つが、軽く感じられる。
そして、物語の終わりには、こんな趣旨のことが書かれている。
自分も兄弟も、母親も父親も、元恋人も友人も、将来どうなっているかなんて、今は想像できない。想像できない何かになっている可能性は大いにあって、毎日のちっぽけな悩みに立ち止まっている暇はないんだと。
「人生って、何が起こるか分からないんですよね。だったら僕も、今やりたいと思っていることをしたいって思いました」
就職に対する完全な答えを見つけたわけではない。
しかし、彼の表情はやはり、前回の二人と同じようにすっきりとしていた。
「そうですね。就職したくない気持ちと、夢を追いたい気持ちと、どっちもあっていいんだと思います」
これじゃあ、本当の答えにはなっていないと分かっている。
それでも私は伝えたかった。
私も、夢と現実の間でいまだに迷子になっている一員として。
現実を考えて就職する道を選んでもいいし、夢を追いながら現実を選んでもいい。
夢にだけ一生懸命になってもいい。
でも、これだけは覚えていてほしい。
現実を追うことは夢から目をそらすことじゃないんだって。
「僕は歌手になりたい。その夢は絶対に捨てません。その上で、就職と向き合おうと思います」
捨てない。
夢は、絶対に捨てない。
彼が噛みしめるようにそう言ったとき、私は嬉しかった。
でも、嬉しさと同時に脳裏によぎったものは、私の書いた物語を読んで嬉しそうに笑う祖母の顔だった。
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