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第一話 かっこいい上司になりたいあなたへ
小説が持つ力
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詩乃さんの言う通り、二週間後に岡本さんが再び京都和み堂書店にやって来たのを見た私は、一目で彼が変わったことが分かった。
まず、前回来たときと服装が違った。
シャツはきちんと襟が立ってアイロンもかかっていたし、ワインレッドのネクタイは自信に満ちた彼の心を表しているみたいだった。
「こんにちは」
私が「いらっしゃいませ」と発する前に、彼の方から私に気持ちの良い挨拶が飛んできた。
「岡本さん、こんにちは」
私が岡本に挨拶を返すなり、彼はすたすたとカウンターまでやって来て、私に笑顔を向けてくれた。
「菜花さん、この本すごいです! 本を読んでから、僕の方に落ち度がたくさんあったんだって気づいたんです。それから部下たちへの接し方を見直してみて。この本の主人公みたいに。そうしたら、まるで人が変わったみたいに、素直に僕の言うことを聞いてくれるようになったんです!」
——俺、自分は定時で帰って、岡本さんが遅くまで残業しているのが嫌だったんです。自分の仕事は自分でちゃんと最後までやりたいじゃないですか。
——私も、なんかちょっと甘やかされてるみたいで……。手伝えることがあったら何でもやるので、本気でぶつかってきてください。私たちも本気で応えますから。
岡本の話によると、どうやら岡本の部下たちは、彼が新人だからと気を遣って自分たちに大変な仕事を任せてくれないと不満だったそうだ。
出版社という大変な仕事に就いた営業の新入社員なのだ。きっとやる気や責任感も人一倍強かったのだろう。その気持ちを踏みにじられたような感覚になったのかもしれない。おそらく岡本の優しさが、部下に正しい形で伝わっていなかったのだろう。
前回と今日と合わせて二度会っただけの私でも、彼がとても興奮しているということが分かった。それから、言いようもないほどの喜びに満ちているということも。
「それは良かったです。その本、感動するでしょう?」
「はい、とても! 恥ずかしながら今まで小説なんて、数えるほどしか読んだことがなかったんです。それが、こんなに面白くて心を動かされるものだなんて。素敵な本を教えてくれて、ありがとうございます」
目の前で頭を下げている岡本を見て、私は少しだけおかしくなる。たって、二週間前も彼は私に向かって頭を下げていたのに、その意味はまるで違っているから。
前回は不安、今回は喜び。
思えば、彼におすすめした小説『ひとつむぎの手』に登場する主人公、平良祐介も、物語の始まりと終わりではこんなふうに変わっていた。
心臓外科医のプロフェッショナルを目指す彼と、三人の研修医の物語。
初めは研修医たちとうまく関係が築けなかった彼が、どのようにして最後に強い絆で結ばれるようになったか。
彼らが信頼関係を構築してく様が、「部下に言うことを聞いてほしい」と悩んでいた岡本の心に響いて、何かしらのヒントを与えてくれるのではないかと思ったのだ。
結果は私の思惑通りで、岡本は小説の主人公のように、部下の二人と上手く信頼関係を築くことに成功したらしい。
「小説は、確かにビジネス本や自己啓発本とは違います。端的に『こういう時はこうすればいい』って答えが書いてあるものじゃなくて、一つのストーリーだから。でも、きっと一度読んで感動した物語は、他のジャンルの本にはないくらい、自分の考え方とか行動まで変えてしまう力があると思うんです。だからこれからも、たまには小説も読んでみてくださいね」
そう、私がサラリーマンの彼にあえて小説を勧めたもう一つの理由。
それは、小説が持つ力を実感してほしかったから。
小説がどれほど人の心にメッセージを訴えうるものなのか、伝えたかったから。
「そうですね。今回のことで考えが変わりました。本当にありがとうございますっ」
岡本は威勢の良い声で私にそう言ってくれた。
そんな彼の様子を見て思った。
きっともう、彼は大丈夫。
この先もかっこいい上司として、二人の部下を立派に育てあげるだろう。
また彼がお客さんとしてやって来てくれる日が楽しみだ。
かっこいい上司になりたいあなたへ。
知念実希人著『ひとつむぎの手』はいかがでしょう?
まず、前回来たときと服装が違った。
シャツはきちんと襟が立ってアイロンもかかっていたし、ワインレッドのネクタイは自信に満ちた彼の心を表しているみたいだった。
「こんにちは」
私が「いらっしゃいませ」と発する前に、彼の方から私に気持ちの良い挨拶が飛んできた。
「岡本さん、こんにちは」
私が岡本に挨拶を返すなり、彼はすたすたとカウンターまでやって来て、私に笑顔を向けてくれた。
「菜花さん、この本すごいです! 本を読んでから、僕の方に落ち度がたくさんあったんだって気づいたんです。それから部下たちへの接し方を見直してみて。この本の主人公みたいに。そうしたら、まるで人が変わったみたいに、素直に僕の言うことを聞いてくれるようになったんです!」
——俺、自分は定時で帰って、岡本さんが遅くまで残業しているのが嫌だったんです。自分の仕事は自分でちゃんと最後までやりたいじゃないですか。
——私も、なんかちょっと甘やかされてるみたいで……。手伝えることがあったら何でもやるので、本気でぶつかってきてください。私たちも本気で応えますから。
岡本の話によると、どうやら岡本の部下たちは、彼が新人だからと気を遣って自分たちに大変な仕事を任せてくれないと不満だったそうだ。
出版社という大変な仕事に就いた営業の新入社員なのだ。きっとやる気や責任感も人一倍強かったのだろう。その気持ちを踏みにじられたような感覚になったのかもしれない。おそらく岡本の優しさが、部下に正しい形で伝わっていなかったのだろう。
前回と今日と合わせて二度会っただけの私でも、彼がとても興奮しているということが分かった。それから、言いようもないほどの喜びに満ちているということも。
「それは良かったです。その本、感動するでしょう?」
「はい、とても! 恥ずかしながら今まで小説なんて、数えるほどしか読んだことがなかったんです。それが、こんなに面白くて心を動かされるものだなんて。素敵な本を教えてくれて、ありがとうございます」
目の前で頭を下げている岡本を見て、私は少しだけおかしくなる。たって、二週間前も彼は私に向かって頭を下げていたのに、その意味はまるで違っているから。
前回は不安、今回は喜び。
思えば、彼におすすめした小説『ひとつむぎの手』に登場する主人公、平良祐介も、物語の始まりと終わりではこんなふうに変わっていた。
心臓外科医のプロフェッショナルを目指す彼と、三人の研修医の物語。
初めは研修医たちとうまく関係が築けなかった彼が、どのようにして最後に強い絆で結ばれるようになったか。
彼らが信頼関係を構築してく様が、「部下に言うことを聞いてほしい」と悩んでいた岡本の心に響いて、何かしらのヒントを与えてくれるのではないかと思ったのだ。
結果は私の思惑通りで、岡本は小説の主人公のように、部下の二人と上手く信頼関係を築くことに成功したらしい。
「小説は、確かにビジネス本や自己啓発本とは違います。端的に『こういう時はこうすればいい』って答えが書いてあるものじゃなくて、一つのストーリーだから。でも、きっと一度読んで感動した物語は、他のジャンルの本にはないくらい、自分の考え方とか行動まで変えてしまう力があると思うんです。だからこれからも、たまには小説も読んでみてくださいね」
そう、私がサラリーマンの彼にあえて小説を勧めたもう一つの理由。
それは、小説が持つ力を実感してほしかったから。
小説がどれほど人の心にメッセージを訴えうるものなのか、伝えたかったから。
「そうですね。今回のことで考えが変わりました。本当にありがとうございますっ」
岡本は威勢の良い声で私にそう言ってくれた。
そんな彼の様子を見て思った。
きっともう、彼は大丈夫。
この先もかっこいい上司として、二人の部下を立派に育てあげるだろう。
また彼がお客さんとしてやって来てくれる日が楽しみだ。
かっこいい上司になりたいあなたへ。
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