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第一話 かっこいい上司になりたいあなたへ
初めてのお勧め本
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岡本は懇願するような目で私を見つめた。その目は真剣だ。私がここで適当に陳腐な言葉を投げかけたって、到底納得してくれないだろう。
うーん、どうしたものか。
どうやったら、私の言いたいことが彼に伝わるだろう。
できれば簡単に、そして確実に伝えられるといいのだが——……。
数分間頭をフル回転させて考え込んだ私は、「そうだ」とあることを思いついて、こたつ席からすうっと立ち上がる。正座をしていたのでちょっとだけ足が痺れて痛い。
しかしその痛み以上に、私は彼をなんとかして助けたいという衝動に駆られていた。
「確かここにあったはず」
「あった!」と、レジ横の棚に置いてあった一冊のソフトカバー本を手にとって再びこたつへと舞い戻る。
「これ、読んでみてください」
私は岡本の前に、一冊の本を差し出した。
タイトルは『ひとつむぎの手』。
医師として勤めながら小説を書いている知念実希人さんの代表作だった。
「これは、小説……?」
差し出された鮮やかな黄色いカバーの本を不思議そうにまじまじと見つめる岡本は、私の予想通り、頭の上に「?」を浮かべている。
それもそうだ。
サラリーマンに本を勧めるなら、ふつうの人はビジネス本とか自己啓発本とかを勧めるだろうから。
しかし、そこは勘弁してほしい。
だって私は、普段ほとんど小説しか読んでいないから、他のカテゴリーの本は分からないのだ。
だけどそれだけじゃない。
本当は、私が彼に小説を勧める理由はもう一つあった。
「はい、小説です。きっと今の岡本さんにぴったりだと思います」
「はあ……そうなんですね。分かりました。書店員さんが勧めるならきっと良い話なんでしょうね。一度読んでみます」
いまいち腑に落ちない様子ではあったが、とりあえず『ひとつむぎの手』を読んでくれるらしいので、私はほっとする。
「ぜひ。読み終わったらまた感想聞かせてくださいね」
話が終わると同時にアイスティーを飲み終えた岡本は、「そろそろ仕事に戻らないと」と腕時計を見て急ぎ出した。
私は岡本を出口まで見送るときに、「あっ」と思い出して、彼のシャツの襟を綺麗に直してあげた。
「ありがとう。この本読み終えたらまた来るよ」
「はい」
「そういえば、店員さんのお名前は?」
岡本に名前を聞かれ、私は咄嗟に下の名前を名乗った。
「菜花さん。今日はありがとうございました」
「いえいえ、こちらこそ」
よほど時間が迫っていたのか、岡本はそれだけ言うとすぐに身を翻して道路の向こうに消えていった。
私はふう、と息をついて店の仕事に戻ろうとした。
「なのちゃんお疲れさま」
振り返った先にいつの間にか詩乃さんが立っていて、私は驚く。
「知ってたんですか」
「うん。声が聞こえてきたから。階段からそっと見守ってた」
そうだったのか。見られていたと思うとなんだか恥ずかしい。
「あのお客さん大丈夫かなあ」
「きっと大丈夫よ。とりあえず帰ってくるの、待ってましょう」
うーん、どうしたものか。
どうやったら、私の言いたいことが彼に伝わるだろう。
できれば簡単に、そして確実に伝えられるといいのだが——……。
数分間頭をフル回転させて考え込んだ私は、「そうだ」とあることを思いついて、こたつ席からすうっと立ち上がる。正座をしていたのでちょっとだけ足が痺れて痛い。
しかしその痛み以上に、私は彼をなんとかして助けたいという衝動に駆られていた。
「確かここにあったはず」
「あった!」と、レジ横の棚に置いてあった一冊のソフトカバー本を手にとって再びこたつへと舞い戻る。
「これ、読んでみてください」
私は岡本の前に、一冊の本を差し出した。
タイトルは『ひとつむぎの手』。
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「これは、小説……?」
差し出された鮮やかな黄色いカバーの本を不思議そうにまじまじと見つめる岡本は、私の予想通り、頭の上に「?」を浮かべている。
それもそうだ。
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しかし、そこは勘弁してほしい。
だって私は、普段ほとんど小説しか読んでいないから、他のカテゴリーの本は分からないのだ。
だけどそれだけじゃない。
本当は、私が彼に小説を勧める理由はもう一つあった。
「はい、小説です。きっと今の岡本さんにぴったりだと思います」
「はあ……そうなんですね。分かりました。書店員さんが勧めるならきっと良い話なんでしょうね。一度読んでみます」
いまいち腑に落ちない様子ではあったが、とりあえず『ひとつむぎの手』を読んでくれるらしいので、私はほっとする。
「ぜひ。読み終わったらまた感想聞かせてくださいね」
話が終わると同時にアイスティーを飲み終えた岡本は、「そろそろ仕事に戻らないと」と腕時計を見て急ぎ出した。
私は岡本を出口まで見送るときに、「あっ」と思い出して、彼のシャツの襟を綺麗に直してあげた。
「ありがとう。この本読み終えたらまた来るよ」
「はい」
「そういえば、店員さんのお名前は?」
岡本に名前を聞かれ、私は咄嗟に下の名前を名乗った。
「菜花さん。今日はありがとうございました」
「いえいえ、こちらこそ」
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振り返った先にいつの間にか詩乃さんが立っていて、私は驚く。
「知ってたんですか」
「うん。声が聞こえてきたから。階段からそっと見守ってた」
そうだったのか。見られていたと思うとなんだか恥ずかしい。
「あのお客さん大丈夫かなあ」
「きっと大丈夫よ。とりあえず帰ってくるの、待ってましょう」
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