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宰相

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 ロームルス城の回廊に響く、コツコツと小気味のよい足音。奏者は悠々とした足取りで、一際大きな扉の前へ。謁見の間へと通じるその扉を、ゆっくりと押し開ける。

「失礼いたします」

 スラリと均整の取れた長躯、かきあげた濡羽色の髪、闇に沈めたような燕尾服。底知れない気配を漂わす、人間離れした美丈夫だ。
 その並々ならぬ威容と風格は、自ずから視線を釘づけにする。

「クフフッ、おやおや何者で──」

「やあゼノン、お久し振りです」

「なっ、まさかゼーファードか!?」

「父上は彼の御仁を知っているのですか?」

「ああ、だがなぜ人間界に……」

 ゼーファードは恭しく一礼する、なおラドックスのことは完全に無視。とても上品な、極めて丁寧なシカトである。

「申し遅れました、私の名はゼーファード・ヴァン・シュタインクロス。魔界にて宰相を、そしてウルリカ様親衛隊の隊長を務めております。ゼノンとは酒を酌み交わした仲ですよ、以後お見知りおきのほどを」

「なっ、ウルウルの親衛隊だって!? なんてことだ、ぜひ私も加えていただきたい!」

「おいアルフレッド、今は自重しろ!」

 ゼノン王を人質に取られたまま、王都陥落の危機も同じまま。危機的状況に変わりはない、にもかかわらず緊張感はどこへやら。
 すこぶる蔑ろな扱いに、ラドックスは苛立ちを隠せない。

「クフフフッ、どうにも忌々し──」

「時にゼノン、どうやら窮地のご様子で?」

「まあ見ての通りだ」

「よろしい、では今こそ約束を果たしましょう」

「約束……ああ、魔界で交わした約束か」

 ゼノン王はゼーファードと交わした約束を、「窮地の際は必ず馳せ参ずる」という言葉を思い出す。なおゼーファードと同様、ラドックスのことは完全に無視である。

「では、第七階梯……悪災魔法、デーモン・ヴァンデモニウム」

 ゼーファードはパチンッと指を弾き、暗澹たる魔力を解き放つ。ウルリカ様に引けを取らない、そう錯覚するほどの強大な魔力だ。

「それにしてもゼノンと……いえ、人間達と交わした約束は大変に意義深いものとなりました」

 足元に落ちる、片隅に潜む、あるいは背後に伸びる影。あらゆる影を潜り抜けて、大小無数の悪魔が湧き出る。

「私に限らず大公それぞれ、人間と約束を交わしておりまして。各々の約束を果たすため、ウルリカ様に頼らず人間界へと渡る方法を模索していたのですよ。そして編み出したのです、とっておきの崩壊魔法を!」

 悪魔の群れは瞬きの間に、ラドックスを捕らえゼノン王を解放する。百を超す悪魔の群がりである、抵抗する余地や逃れる術はない。

「そんな折に今回の事態、ウルリカ様の時空間魔法を封じられるという緊急事態です。そこで崩壊魔法の出番……魔界と人間界の境界を壊し、両世界を繋げたのですよ!」

 ゼーファードの魔法はロームルス城内に留まらず、王都ロームルス全域へ広がり、ガレウス邪教団の徒党を速やかに駆逐する。

「両世界を繋げることで時空間魔法を要さず、つまりウルリカ様に頼ることなく人間界へと参ったのです! 空に大きな穴を開けてしまいましたが……ですが、ウルリカ様にお褒めいただいたのです! 大事なことなので繰り返します、ウルリカ様にお褒めいただいたのですよ!!」

 先の不可思議な破砕音、夜空に走った奇妙な亀裂、月の真横に開いた大穴。いずれも崩壊魔法とやらで、世界を繋げたことにより発生した事象のよう。
 それはそうとゼーファードである、妙に説明臭く話すと思いきや、ウルリカ様から褒められたことを自慢したかっただけらしい。

「クフッ、ウルリカとは例の怪物ですね……なるほど怪物の配下は、やはり怪物というわけで──」

「……おい貴様、もしやウルリカ様のことを怪物と呼んだのか?」

「──ひっ!?」

「愛らしさ極まるウルリカ様を、よりによって怪物呼ばわりとは……ん?」

 ゼーファードはゆっくりと、じっくりとラドックスの顔を覗き込む。振る舞いこそ静かなものだが、憤りは火を見るより明らか。

「どうにも違和感を感じます、魔物とも人間とも別種の……なるほど人間を素体に、魔法で操っているようですね」

「バカな、精神侵食を見破った!?」

「精神侵食と呼ぶには稚拙な、みっともない魔法です。ふむ……デーモン・ヴァンデモニウム内部に、いくつか同じような魔力を感じますね。つまり自らの精神を分割し、都の各所に潜ませていたと?」

「まさか私の居場所を……っ」

「全てを解くには数分要するでしょうか……いえ、今はゴミに構っていられません。後ほど丁寧に丹念に、地獄を味わわせながら滅ぼすとしましょう」

 どうやらラドックスに操られた人間が、王都の各所に潜んでいるらしい。しかしゼーファードは些事とばかりに後回し、相変わらず蔑ろな扱いである。

「ゼーファードよ、恩に着るぞ」

「お構いなく、それより気を抜くのは早いですよ」

「そうだな、まだガレウス邪教団の脅威は残っている」

「いえ、ガレウス邪教団は恐るるに足りません。それより真に恐れるべきは……」
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