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カーミラ

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 アルベンス領。

 古くから交易で栄えてきた、ロムルス王国でも一二を争う豊かな領地である。
 特に中央の町“アンウエルス”は、食と文化の町と呼ばれるほどの豊かさだ。

 アンウエルスの町の一角、領主アンベルス伯爵邸の一室。その窓際に、一人の少女が座っていた。

「……」

 ウルリカ様の元お世話係、オリヴィアだ。黒を基調とした可愛らしいドレスを着させられて、お人形のようにじっと座っている。
 すぐそばには、メイド服を着た若い女が立っている。

「オリヴィア様、ご入用のものはございませんか?」

「はい、大丈夫です……」

「それでは、ごゆっくりと過ごされてください」

「……はい」

 ペコリと一礼をして、メイド服の女は部屋をあとにする。広い部屋にはたった一人、オリヴィアだけが残される。

「はぁ……少し前まではウルリカ様のお世話係をしていたのに、まさかお世話をされる立場になるなんて……」

 頬に手をあてて、オリヴィアはボーっと窓の外を眺めている。漏れるため息は、どんよりと暗く重たい。

「夜には伯爵様とご挨拶……そして明日は結婚……」

 窓の外の立派なバラ園を見ながら、ポソポソと独り言を漏らすオリヴィア。
 そこへ突然、窓の外から小さな黒い影が飛び込んでくる。

「ミャオ!」

「えっ……子猫?」

 飛び込んできたのは、小さな小さな黒猫だ。ゴロゴロと喉を鳴らしながら、オリヴィアの膝のうえで丸くなる。

「ふふっ、可愛いですね」

「ミュ……」

 小さく丸まる黒猫の背中を、オリヴィアは優しく撫でてあげる。撫でられた黒猫はとても気持ちよさそうだ。
 しばらく黒猫を撫でていたオリヴィアは、ふと黒猫の首に下げられた金属の板に目をとめる。

「これは……この猫ちゃんの名札でしょうか?」

「ミャオ」

「“カーミラ”……あなたのお名前ですか?」

「ミャオン」

「そうですか……そうだカーミラちゃん、少し私の話し相手になってくれますか?」

「ミャオミャオ!」

 まるで返事をするかのように、黒猫カーミラは元気よく鳴き声をあげる。ニッコリと笑ったオリヴィアは、ポツポツとカーミラに語りかける。

「実は私、明日には結婚するのです」 

「ミャァ?」

「相手はアルベンス領の領主様、アルベンス伯爵様です。すごく年上のおじ様らしくて……私とは年齢も身分も全然違うお方です」

「ミャオン」

「どうやら伯爵様は、私のことを気に入ってくれたらしく、私の家の再興にも力を貸してくれると言っているそうです。本当に信じられない話ですよね」

「ミャアァ」

「ずっとお世話になっていた叔父も、凄く喜んでいました……だけどきっと、叔父は家の再興だけを目的に、私を結婚させようとしているのだと思います……」

「ミャゥ?」

「私にとっては、望んだ結婚とは少し違うのかもしれません……だけど、望まない結婚とも少し違うのです。こんな私に声をかけてくださったことは、本当に嬉しくて。こんな私を求めてくださるのであれば、結婚してもいいと思っていて……だけど……」

 話しの途中でオリヴィアは、グッと言葉を詰まらせる。カーミラを見つめるその瞳から、ポロポロと大粒の涙が零れ落ちてくる。

「友達が……いるのです……」

「ミャァ……」

「結婚するなら、友達とはお別れをしなくてはいけません。それはとても辛くて……直接お別れを言うと泣いてしまうから、お手紙を残してきました……」

 止まらない涙を拭いながら、オリヴィアは一生懸命に話を続ける。

「一緒に学校へ行って、一緒にご飯を食べて、一緒に寝て……もっと一緒に過ごしたかったです。うぅ……寂しいです……っ」

「ミャオォ……」

 カーミラはオリヴィアの手に、スリスリと顔をこすりつける。その仕草はまるで、オリヴィアの慰めようとしているかのようだ。

「ふぅ……話をしたらだいぶ楽になりました。カーミラちゃん、話を聞いてくれてありがとうございました」

 カーミラの頭を撫でながら、オリヴィアは黄昏の地平線を眺める。涙で赤く腫れた目を、沈む夕日が真っ赤に照らす。
 その時──。

「オリヴィア、入るぞ」

「叔父様……どうしたのですか?」

「アルベンス伯爵様がお呼びだ、一緒に来るのだ」

「はい、分かりました……」

「ん? その猫はなんだ?」

「カーミラという猫です。えっと……一緒に連れて行ってもよろしいでしょうか?」

「あぁ……まあいいだろう」

 てきとうに返事をすると、オリヴィアの叔父はさっさと部屋を出ていってしまう。オリヴィアはカミーラを抱いて、慌ててあとを追いかける。

 ゆっくりと沈んでいく夕日。
 誰もいなくなった部屋は、寂しく夕焼け色に染まる。
 
 そして、紫色の夜が訪れる。
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