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13話 王と王妃 その3

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「お初にお目にかかります、ヨハン国王陛下」

「うむ。面を上げてくれ」

 玉座の間に入ったリオナは、ラウコーン王国代22代国王ヨハン・ハンフリーの前に跪いた。ヨハンの近くには大臣参謀であるエンリック・グラース公爵と王妃リズリットの姿もあった。その他にも護衛の兵士が槍を持って整列している。

 リオナは以前から玉座の間の空気は苦手であった。今回も初手から間違えているのだ。

「其方と会うのは何度目か。初めてではないな、はははは」

「う……も、申し訳ありませんでした……」

「気にしないでくれ」

 元々、緊張する性格の上にアレンの婚約者として玉座の間に挨拶に来たのだ。彼女の隣にはアレンも立っており、解かれたはずの緊張感がまた戻って来ていた。


「アレンと仲良くしてくれるとありがたい。親がこういうのもなんだが、アレンは非常に良く出来た子だからな。なあ、リズリット」

「ええ、そうですね」

「はい。存じておりますわ」

「少し照れるんだが。本人の前で言うのはやめていただきたい……」

 場の空気は和み始めている。最初こそ緊張してしまったリオナではあるが、すぐに慣れた様子だ。どこにでもある家庭での会話が繰り広げられていた。


「さて、楽しい会話を続けたいのは勿論だが……今日はこの後、予定が入っていてな。急いているようで済まないが、これくらいにしておこうか」

「畏まりました。わざわざお時間を頂きまして、ありがとうございます」

「うむ、またいつでもアレンと共に顔を見せてくれ。もちろん一人でも構わないが」

「はい」

 ヨハンはもう少しリオナと話していたいと感じていたが、予定が圧しているようだ。玉座の間での婚約の挨拶は終了となった。



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 それからしばらくの時間を経て、グレン・ハンフリーとユリア・サンマイトの二人が召還されたのだ。場所は玉座の間ではなく、ソファのある客間の一室だ。大臣や他の兵士達の前で話すことではないため、人払いも完了している。

「グレン。お前をここに呼んだ理由はわかっているだろうな?」

 対面のソファに座っているグレンにヨハンが言った。

「リオナと婚約破棄をした件だろ? あれは悪かったよ」

「それだけではないでしょう? その理由がユリア嬢との浮気だなんて……恥を知りなさい」

「母上も酷いな本当に……」


 グレンは足こそ組んではいないが、話し方としては完全に上から目線になっている。いくら身内とはいえ、国王と王妃を前にした態度ではない。彼の隣に座っているユリアは、流石に縮こまっていたが。

「グレン様、さすがにその態度は……」

「大丈夫だっての、心配するなよユリア」


 グレンはユリアの肩を抱いて、自らが頼りになる存在であることをアピールしていた。ある意味では余裕のない虚勢と言えるのかもしれない。

 この間はアレンに叱責されたばかりだ。あの時もユリアは同席していた。それだけに、これ以上、弱いところを見せるわけにはいかないのだ。

「王族の責務を全うせず、複数の女性と関係を持った生活……これは見過ごすわけにはいかん」

 ヨハンの言葉が強くグレンの心に響いた。今までは、なんとなく見逃されてきた部分だ。グレンが上手く躱していたとも言えるが、今回は雰囲気的に避けることは難しいと彼も判断する。


「……父上に言われたくはないぜ?」

「……なんだと?」

 だからこそなのか……グレンは一つのカードを使おうと考えた。この場の劣勢を逆転できる強力な手札だ。

「父上だって、俺達が幼い頃や母上と出会う前は遊んでいたんだろう?」

「……お前と一緒にするな」

「何言ってるんだよ、知ってるんだぜ?」

 どこから仕入れた情報かはわからないが、グレンは余程の自信があるのか、その視線は真っすぐにヨハンに向けられていた。声を荒げたヨハンではあるが、少しトーンが弱くなってきている。図星の面があるのだろうか……。

「……それに、父上は間違いを犯したことあるだろ?」

「……!」

「グレン、いい加減にしなさい……!」


 リズリットは危険性を感じたのか、グレンのこれ以上の発言を制止しようと試みた。しかし、彼の言葉が止まることはない。


「避妊をし忘れたのか……妾の子を産ませてしまったんだよな? 平民との間の子、だろ?」


 グレンの勝ち誇ったような顔に、ヨハンとリズリットの表情には大きな動揺が見て取れた。加えて衝撃的な事実に、ユリアの顔まで変化している。

 グレンをたしなめるはずだった家族会議は、混沌の様相を呈し始めていた……。
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