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10話 一触即発 その3

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 ギュスターブ家の本邸……ポルンガ地方を掌握している象徴のように、丘の上にそびえ立つそれは、荘厳な雰囲気と共に、不気味な威圧感も放っていた。それもそのはず、本日は国の権力者が集中しているからだ。

 ロビーのソファに座っているのはアレン、グレン、リオナ、ユリアの4名……それぞれが、将来はラウコーン王国の重鎮としての活躍が見込まれる者たちである。

 女性関係の話という、庶民的な内容であっても彼らの場合は意味合いが異なってくる。場合によっては、国の盛衰を左右しかねないのだ。

「リオナ、兄上の具合はどうなんだ?」

「え……? グレン様、それはどういう意味ですか……?」

 突然の下賤な話にリオナは顔を赤くした。正確な意味合いは理解していないが、おそらくはそういう話だと踏んだのだ。

「きゃはははは、リオナちゃんってば純粋。グレン様なんて、私を毎日寝かしてくれないのよ? ひどくない?」

 端整な顔をしながらも、非常に下品な声で笑うのは、グレンの隣に座っているユリアだ。

「いい加減にしろ、二人共。私の前で、大事な婚約者を卑下することは許さんぞ?」

「ほんの冗談だよ、兄上。ちょっと振られたくらいで、すぐに男を作る、清純振ったビッチをからかっただけさ」

「ビッチ……」

「どの口がそれを言うんだ……?」

 清純なビッチとはもちろん、リオナのことを表していた。勝手な理由でリオナを捨てておいて無礼過ぎる言葉だ。しかも隣には、浮気相手のユリアまで居る。


「でもよかったわね、リオナ? アレン様に取り入ってもらえて。将来を見越しての玉の輿ってやつかしら?」

「ユリア……あなたにだけは、言われる筋合いはないです」

「あら、言うようになったじゃない。本当に気に食わないわね、あんたって」

 ユリアは少しだけ強くなったリオナに腹を立てていた。ユリアからすれば、控えめなリオナは格好の憂さ晴らしの相手なのだ。常におどおどしていて、いじめがいがないといけない。

 だからこそ、ユリアは舌打ちをしていた。

「兄上も、俺の婚約者だった相手を選ぶとは……なんというか、中古品が好きなんだな?」

「……お前」

 さすがに一線を越えた物言いだ。アレンの表情は一気に変化した。婚約者を卑下されるだけでも許しがたいが、中古品呼ばわりは明らかに尊厳を欠いている。実際には、グレンとリオナの間に肉体関係はなかったが、そんなことは些細な問題だ。


「グレン、お前は一度痛い目に遭った方がいいかもしれんな」

「おいおい、兄上。やめてくれよ、王族同士の殴り合いなんかになったら、他の貴族になんて説明するんだ?」


 グレンは言葉こそ上から目線で余裕を装っているが、明らかに顔は動揺していた。それもそのはず、武力ではアレンには全く及んでいないからだ。二人が喧嘩をすれば、グレンは成すすべなく負けてしまう。それは本人が一番よくわかっていた。

「痛い目というのは、何も鉄拳制裁でのことではない。別の意味合いだ、聡明なユリア・サンマイトならば、その辺りは理解しているだろう?」

「よ、よくわかりませんわね……」

 ユリアも言葉とは裏腹に明らかに動揺が顔に現れていた。男女関係でのトラブル……近い将来、ユリアはグレンのそんなトラブルに巻き込まれる。そんな未来をアレンは憂いていたが、「聡明」なユリアは理解出来ていることに動揺したのだ。

 もしかしたら、自分もリオナの二の舞になるのかもしれない……。それでも、グレンの妻になれれば立場的にお釣りが来ると考えていたが、ライバルの家系であり、バカにしていたリオナがさらに上の立場に行ったのでは意味がない。

「……ユリア殿、自らの立場の振る舞いはよく考えるのだな。後悔をすることになるかもしれんぞ?」

「……」

 アレンの真っすぐな言葉に、ユリアは何も言うことが出来ないでいた。

「ユリア、耳を貸すひつようなんざねぇからな? お前は俺を信じてれば大丈夫だ」

「は、はい……」

 ユリアの返答に力はなかった。アレンの言葉が彼女の胸の奥に刻まれているのだ。


 その後、ほどなくしてグレンとユリアの二人はギュスターブの屋敷から出て行ったが、アレンとリオナはしばらく、無言を貫いていた。彼ら二人の行く末を案じており、同時に予見していたからだ。

 近い内に、おそらくグレンは化けの皮が剥がされる事態に陥る、そんな未来を……。
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