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113話 試合巧者との戦い その2

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「ギシャアアアア!」

「ゴアアアアッ!」



 智司とアリスに降り注がれる、ワイバーン5体のブレス攻撃。時折、雷撃も加えられ、煙幕の隙間を縫うように、マシンガンの雨あられが披露されていた。


「魔神様、ドーナツ美味しいですよっ」


「まあ、後で召し上がるとしようかな」


 そんな攻撃の嵐の中、完全に無傷で待機しているアリス。もちろん、隣に立っている智司も無傷だ。展開している闘気がバリアの役割を果たし、彼らの周囲は平和そのものであった。


 アリスはドーナツを頬張りながら無邪気に喜んでいた。ハズキの心配をしている彼女ではあるが、同時に感覚として彼女が無事だということもわかっている。智司の側近として生み出された者同士の共通感覚なのかもしれない。


 また、智司が総攻撃を躊躇っている為に、アリスとしても積極的な攻撃には移れない事実もあるのだ。


「とりあえず、上空のワイバーンから始末するか」

「は~~~いっ」


 ビュン! という風を切る音がこだました。アリスの髪の刃は5体のワイバーン全てをバラバラにしてみせたのだ。1秒すらかかっていない芸当であった。智司であれば、さらに短い時間で始末出来たが、彼の手を煩わせないという彼女なりの配慮だろうか。


 周囲のマシンガンの斉射は機械によるものだ……鬱陶しい為、破壊してもいいのだが……。そんなことを考えていると、マシンガンの一斉攻撃がピタリと止んだ。


「……なんだ?」

「どうしたんでしょうかね~~? あ、魔神様……!」


 アリスが真っ先に前方の異変に気付いた。智司もそちらの方向に視線を合わせる。そして、彼の表情は一変する……。


-------------------------------------



「ハズキ……」

「魔神様……」


 智司の前に現れたのは呪縛により、身体の自由を奪われているハズキだった。その近くには、ライラック老師の姿があった。一撃で殺されないように、最大限の防御陣形を展開しているようだ。彼の周囲には特殊なバリアが張られているようだった。


「さて、幼き魔神よ……交渉といこうかの?」


 老師は静かな口調で、智司のことを「幼き魔神」と評した。侮蔑の言葉というわけではないが、ヨルムンガントの森から生まれたイレギュラーの存在。太古の神々のように、数千年、数万年の知識を有しているわけではないと判断しているのだ。ゆえに「幼き魔神」というわけだ。


「この魔族……ハズキと言えばいいのかの? この者を解放してほしくば、どのような行動を取ればよいか……ワシから言わずとも、理解出来ているだろう?」


 ライラック老師が既に勝利を確信している。幼き魔神はヨルムンガントの森から出るな、ということを伝えたいのだ。智司にもそれは、なんとなく理解することは出来た。でなければ、ハズキが殺されてしまう。ライラック老師はそのように伝えたいのだろうが……果たしてそれは真実なのか?


「ハズキの呪縛……お前如きが行えるとはとても思えん。それに、彼女の命は絶てていないようだな」

「……」


 ライラック老師は平静であったが、わずかに眉間を動かしていた。智司は驚異的な視力でその変化を見逃さない。彼は確かに老師の言ったように「幼き魔神」だ。前世が魔神といったことではなく、元々、魔神と評せるほどの実力を有していた人間という立ち位置だ。


 既に内部構造的には魔物になっている為に、寿命の面などで人間ではなくなっているが。

 だが、彼はまだ16年程しか生きていないのも事実だ。戦略的な経験の足りない彼にとって、埋め合わせをするのであれば、圧倒的な実力で、ということになる。


「ハズキを捕縛しているのは、アルノートゥンの者達か? ふむ、噂通り、強い連中のようだな」


 仮面越しにアルノートゥンのメンバーのことは、あまり知らないという体を出している。彼の言葉に呼応するかのように、物陰からシャルムが現れた。デュランの姿はない。


「おんしが魔神か……なるほど……」

「……」


 シャルムは魔神の姿を見て、その実力を一目で看破した。隣に立っている少女の実力も把握している様子だ。智司はシャルムが無傷なことに驚きを隠せないでいた。ハズキと戦い、無傷で済むとはとても思えない……デュランが居ない為、彼の方は少なくとも重傷なのは理解出来たが。


「デイトナの街を灰燼に帰すことは容易だ。今もランシール学園の何千人もの生徒を部下が掌握している。ハズキを人質にしたところで、交渉になっていないぞ?」


 智司は圧倒的な闘気を放ちながらライラック老師を威嚇する。シャルムはともかく、老師は平静を装いながらも狼狽えているようだった。


「ぬう……」

「ハズキ一人の命と、デイトナ全域の命……どうするつもりだ?」


 やや智司が優勢に事を運んでいるだろうか? どのみち、力勝負になった場合、老師では勝ち目がない。ライラック老師の交渉はギリギリの綱渡りだったのだ。




「ランシール学園を占拠か……どうするのじゃ? 老師」

「あちらにはレッドドラゴンたちが向かったじゃろう?」


 複数体のドラゴンがランシール学園に向かったことは智司も把握していた。だが、ドラゴンたちでランシール学園の戦力をどうにか出来るとは考えていない。大丈夫だ、と智司は考えていた。


「念のため、ランシール学園にはデュランを向かわている。ハズキとの戦闘で怪我をしているが、リファインコマンドでの能力上昇もしておる。なんとかなるじゃろう」


「……!」


 デュランがランシール学園に向かっている? 万全の状態ではないようだが……。智司の中で安心感が揺らいでしまった。だが、老師はともかくとして、シャルムに焦りを悟られるわけにはいかない。この女性は、ハズキを束縛出来るほどの能力の持ち主なのだから。

「魔神様……私が見てきた方が良いですか?」

「いや……向こうにはレドンド、エステラ、ミヤビが居る。俺達はハズキの救出を優先するぞ」

「は~~い。じゃあ、さっさと殺しちゃいましょうか!」


「それが一番手っ取り早いな……もっと早くしておくべきだった」


 アリスはドーナツを食べつくし、食後の運動とばかりに髪の刃を振り回した。すでに戦闘態勢と言って過言ではないだろう。



「くっ……交渉は決裂か……!」

「あそこまでの力を有しているのじゃ、そんなもの上手く行くはずがないじゃろう? 敵を侮っていたのはおんしの方じゃな」


 シャルムはライラック老師を叱責していた。それと同時に、智司がやる気になっている理由にも気付いている。それは、ハズキが無傷だからだ。おそらくは、そこから彼女の超回復を上回るダメージは与えられないと判断したのだろう、と結論付けた。


 ハズキの姿を見せたライラック老師の策は失敗に終わった……ここからは、原始の勝負になる。弱肉強食の世界……強い者が弱い者を喰らう戦いだ。

 そんな戦いが、ロードスター宮殿の入り口とランシール学園で始まろうとしていた……。
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