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94話 一抹の不安

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 この日、アルビオン王国の第一会議室はとても荒れていた。物理的に荒れていたというわけではなく、各国の重鎮が集まる会議が催されていた為だ。

「こうして我々が集結するのは何年振りですかな?」

 普段は天網評議会のメンバーの定例会議で使われることの多い第一会議室。そんな円卓の座席に座っているのは、アウグス帝国のレクス総督だった。彼は大陸間の会議の場でも古株な方であり、科学技術国家である帝国を率いている人物でもある。

 二大強国とされているアルビオン王国やマリアナ公国にも負けない、確かな地盤を築いている。見事かどうかは不明だが、円卓会議の場を仕切ろうと躍起になっている雰囲気が感じ取れていた。


「ふむ……年数で言えば5年ぶりかの」


 レクス総督の言葉に答えたのはライラック老子であった。老子は情勢を直接見ていない総督の態度に呆れを感じているようだ。先ほどから何度かため息が零れている。

「今回はいつも以上に状況が切迫しておる」


 マリアナ公国の最強戦士として有名なライラックの言葉……レクス総督の表情も彼の次の言葉を待っていた。

「アルビオン王国、マリアナ公国は議題の魔神の軍勢に接触をしておる。その印象を述べよう思うてな」


「それは楽しみですな。それでライラック老子……敵の強さは如何ほどのものでしたか?」


「あやつらに戦闘を仕掛けることは……無謀じゃ」


 ライラック老師から言い放たれた言葉。その真剣な表情は、先ほどまで笑っていたレクス総督の態度を一変させていた。コアルドイ女王国のメイサ・ヴァルキリーも次の言葉が出て来ない。


「ワシらは本当の意味で連合を組む必要があろう。いや、それをしても焼石に水かもしれぬがな……」


 レクスやメイサは知らないが、ライラックを始め、あの森へ行った連中は知っているのだ。敵の戦力の高さと自国の戦力差を……。


「マリアナ公国最強の戦力はワシじゃ。そして、アルビオン王国の最強戦力は……」


 ライラックは会議室の壁にもたれかかっているランファーリに目を向けた。可憐な17歳の少女は暇そうに欠伸をしているが、紛れもなく最高戦力なのだ。この時のライラックは、ランファーリがどれほど敵に切り込めるのかを想定していた。




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「智司様、私は一度デイトナに戻ります。仮面の道化師としての仕事がありますので」

「ああ、そうか……」


 ランシール学園から一時的に戻って来た智司は、ハズキの言葉を聞いていた。いつもならば敢えて聞くほどのことでもない。彼女はこれまでに何度もデイトナで追い剥ぎの類いを行っているからだ。しかし、今は休戦協定も破断になった時期……敵の戦力がデイトナに集中していることを考えると智司としては簡単に頷けるものではないが。


「智司様? 如何なさいましたか?」

「ん? いや……」

 腑に落ちない顔をしている智司の様子に気付いたハズキは、心配そうに彼の顔を覗き見た。主の不安はハズキにとっても何よりの問題だからだ。

「……」


 智司は自らの心に言い聞かせる。ライラック老師達がデイトナに集まっていようとハズキの敵ではない。そもそもレドンドにすら及ばない連中なのだ。魔神の信頼厚き片腕である彼女が後れを取ることなど考えられなかった。そんなことは百も承知だ。


「なんでもないよ、ハズキ。しかし気を付けてね」

「ありがとうございます。決して油断することなく行って参ります」

「ハズキちゃん、おみやげよろしくね~~~」

「何を言ってるの。アリスは智司様の護衛をお願いね」

「は~~~い」


 ハズキはそこまで言うと、ゲートを通りデイトナへと向かって行った。

「智司様~~、ケルベロスを枕にして寝るの、すごく気持ちいいんですよ~~!」

「へえ、そうなんだ。まあ、モフモフしてるからな」

「えへへ、そうなんです」


 ハズキを見送ったアリスは、上機嫌で智司をケルベロスの元へと連れて行く。智司はハズキを100%信頼しながらも初めて感じる一抹の不安に少しの恐れを覚えていた……。
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