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78話 交渉 その3

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「なにが望みだい……?」

 アナスタシアは自らの闘気を爆散させながら、エルメスたちに質問をした。ダンダイラムも闘気を発散させていたが、全く脅威に感じられていない。評議会序列3位のアナスタシアの闘気で、ようやくレドンドとレジナを振り向かせることに成功したのだ。

「……ふむ。ニッグよりもさらに強者か、女……見事だ」

「レジナはよくわからないけど……レドンド、レジナなら勝てるかな?」

 レジナはヴィンスヘルムやブラッドハーケンといった強敵の強さを忘れかけていた。彼女の実力からすれば、二体ともそこまでの脅威ではない。レジナは基本的に智司と、彼が生み出した仲間以外のことに興味がないのだ。興味がないことはすぐに忘れる習性があった。

「ブラッドハーケンとかいう敵と相対したのだろう? それと比べてどうなんだ?」

「ええっと……わすれちゃった。どのくらいだっけ?」

 レドンドは能天気なレジナにある種の呆れを感じていた。アリスも似たような雰囲気がはあるが、彼女はレドンドよりも強い上に、強敵のことを忘れることはないはずだ。それと引き換え、レジナは物理耐性の高さも考慮に入れ、ようやくレドンドと同じくらいだ。攻撃能力だけでは負けている。

 それでも十分過ぎる能力を有してはいるが、油断を嫌うレドンドは叱責したい気持ちに駆られていた。

「私や貴様が負けることはないと思われるが……それでも油断は禁物だ。レジナよ、付いてこい」

「レドンド、怒ってる? なんだか怖い……」

「貴様は少し覚悟が足らんようだ。その性根を叩き直してやろう……!」


 天然で適当な性格のレジナ。レドンドは強烈な咆哮と共に彼女に挑発をした。アリスくらいの強さがあれば、適当な性格でも問題ないが、レジナ程度の強さであれば万が一ということも在り得る。レドンドは、レジナの適当さを改善しようとしているのだ。

 とてつもなくレベルの高い話ではあるが、レドンドの考えは間違っていない。彼はとても真面目な性格をしている。おそらくはハズキよりも真面目と言えるだろう。

「レドンドとのバトルは、興味深い」

「貴様はあの方の護衛役でもある。付いてこい……くくくく、地味に楽しみであったぞ……!」

 ヴィンスヘルムには不覚をとったこともあるレジナだが、結果的には圧倒的な強さで瞬殺した。物足りなさを感じていたレジナだけに、レドンドからの挑発は嬉しいと言える。本気を出しても勝てるかどうかわからない相手なのだから。それはレドンドも同じであった。

 お互いがそれなりの本気を出してどちらが勝つのかは非常に興味深い話だ。殺し合うわけではない為に、本当の意味で全力を出すわけではないが。

 両者は不気味な闘気を放ちながら、お互いを見据えている。最早、戦いと言う名の喧嘩? は避けられないだろう。


「交渉を進めておいてくれ。ピンチになればすぐに駆け付ける」

「畏まりました、レドンド様」


 デイトナの街の周辺にはまだまだ逃げ遅れた者達の姿がある。その者達は全員、人質のようなものだ。アナスタシアとダンダイラムが無防備に攻撃を仕掛けるとは考えていない。

 レドンドはそれを確信し、レジナを連れてデイトナの郊外へと飛んで行った。


「随分と舐められたものさね……」

 アナスタシアは自分の闘気を前にしても全く怯まない二体の化け物に舌打ちをしていた。

「アナスタシアであれば、レドンド様と少しはやり合えるかも。でもダンダイラムさんでは相手にならないわ」


 エルメスは冷静に事実を告げる。彼女も確信しているわけではないが、アナスタシアといえども単体ではあの二体に勝てないと踏んでいた。彼女がエルメスやケルベロスより強かろうが、最早勝負は決まっているようなものだ。

 さらに住民が人質になっているのだから、評議会の二人は手の出しようがなかった。これだけの戦力でも智司からすれば半分にも満たない戦力になる。

 なぜならヨルムンガントの森には、魔神である智司を筆頭にハズキ、アリスというレドンド以上の実力を誇る側近が二人。

 さらにレドンドに近い実力を誇るゴーラ、他には兵士としてシルヴィやマークノイヤ、ラーデュイの姿まであるのだ。ケルベロスも4体配置されている。

「無駄話をする必要もないですね。では、我らの主である魔神様の用件を伝えます」

 エルメスは超然とした態度で話し始めた。彼女は敢えて説明をしなかったが、胸のペンダントを通して魔力映像が智司の館に流れている。その為、智司やハズキ達にもデイトナの現状は把握できているのだ。

 命懸けの交渉……それは、圧倒的に智司側が優位な展開を要していた。



------------------------



「ありゃ、天網評議会の連中だな……どうだ、グウェイン?」

「ああ……あちらの初老の男。おそらくはダンダイラム・オーフェンだろうが……7700だ。ギリアンと比べれば大したことはないね。それより……あの魔の者と思われる人物の方が問題だ」

 レドンドとレジナの姿は、広場の外から観察しているグウェインとギリアンには視認できない。コンバットサーチで確認できたのは、エルメスとケルベロスの二体である。

「シルバードラゴンの姿が見えねぇな。だが、あの闘気は明らかに人間のものじゃねぇ」

「ああそれに……あの女の傍に居るのはケルベロスだね」


 魔物に精通しているグウェインは一瞬でケルベロスであると悟り、同時にエルメスも敵側の人間であると確信した。彼は洞察能力にも長けている。だからこそ、コンバットサーチを正確に扱えるのだ。

「あの女の強さが11000……。ケルベロスの方は7000程度だね」


 11000はなかなかの強さではあるが、それでも隣に立つギリアンには及ばない。グウェインは何気なく、アナスタシアの方向にも目を向けた。彼女の強さサーチも行ってみせる。

「…………」

「おい、どうした? グウェイン……?」

「まさか……いや、そんなはずは……」

 珍しくグウェインは驚きを見せていた。ギリアンとしてもいつ以来かわからない程だ。

「あいつはおそらく、天網評議会序列3位のアナスタシアだな。数値は幾つだったんだ?」

「……22000だ」

 グウェインはすぐに現実を受け入れたのか、冷静な口調でそう言った。それを聞いた、ギリアンの表情は大きく変化している。グウェインも驚きはしたが、今までの最高値という表情ではない。だが、両者ともに眉間にしわを寄せて警戒態勢に入っているようだ。

「俺の数値が確か15600だったな? まあ数値が全てではないが、俺より強い可能性は高そうだ」

 技や魔法を考慮したとしても、流石に22000という数値を逆転できるとは思えない。ギリアンは歯こそ食いしばっていたが、意外にも冷静な態度を示していた。

「しかし22000という数値は脅威だ……。さすがは天網評議会の上位者といったところか。だが、なぜアナスタシアは攻撃をしないんだ?」

「確かにな……あの女とケルベロスくらいなら、わけなく殺せると思うが……」

 真実を知らないギリアンとグウェインはしばらくの間、答えを見つけることが出来なかった。彼らが高見の見物を行っている間にも、命懸けの交渉は進んでいくことになる……。
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