上 下
57 / 126

57話 攫われたリリー その2

しおりを挟む

「ねえ、手錠はずしてくれない? どうせ、頑丈そうな牢屋からは出られそうにないしさ」


 アゾットタウン郊外にある洞窟。頑丈そうな鉄格子の中にリリーは閉じ込められていた。見たところ怪我をしている様子はないが、両手には手錠も付けられている。


「黙れよ、女。てめーはシリンスの令嬢なんだろ? 万が一にも逃がすなって、ヴィンスヘルムさんからの命令だからな」

「逃がしちまったら、俺たちが殺されてしまうぜ」


 傭兵と思われる二人組はけらけらと笑いながら話していた。リリーが倒した傭兵ではないが、話は通っているのか、彼女の強さもわかっている様子だ。


「へへへ、しかしいい女だな」

「ああ、ヴィンスヘルムさんからは、女には手を出すなとは言われてねぇしな……いただいちゃうか?」

「おう、いいんじゃねぇの?」


 このあからさまに不快な態度。リリーは出身地である女王国にもこういった傭兵が居たことを思い出した。彼女は以前から、傭兵にはあまり良い印象を持っていない。


「調子乗るんじゃないわよ……本当に最低ね。私が従うと思ってる? 近づいたら、ぶっ殺すから」


「へへへ、さすがに手錠付けられてる状態で、俺たちに勝てるってのは舐めすぎだぜ? ええ?」

「………!」


 図星だった。二人は鉄格子の扉を開けて悠然と入ってくる。この空間内で、手錠をされたリリーが、傭兵二人の相手をするのは、確かに無理があった。自慢の蹴撃や打撃も威力が半減してしまうからだ。


「抵抗してもいいんだぜ? お嬢ちゃんみたいな若い奴は、元気さが売りだからな」

「まあ、無理やり押さえつけてやりたいだけなんですけどね?」


「あはははははははっ!!」


 今すぐにでも殺してやりたい連中ではあったが、どうみても勝てる状況ではなかった。鉄格子の扉も閉められているので、逃げることもできない。本当に不味い……このままでは、確実に傭兵たちのいいようにされてしまう。リリーは絶対にそれだけは許容できなかった。


 なんとか、ならないのか……なんとか助かる為には。



 と、そのとき……影が……影だけが見えた気がした。残像とでも言えばいいのか、とにかくリリーの視力でも上手く捉えることができないもの。


「な、なんだ……?」

「えっ……?」


 それが傭兵二人の最後の言葉であった。彼らは気づいた時には、首と身体が切り離されており、胴体や足も幾つかのパーツに分かれていた。


「うそ……一体なにが……?」


 リリーは無事だ。傭兵以外に斬られていたのは鋼鉄の鉄格子だった。こちらもバラバラになっており、今ならば容易に脱出できる状態であった。




----------------------------------


 リリーは状況が分からず、すぐに逃げ出すことはできない。もしかしたら罠かもしれない。彼女がしばらく立ち塞がっていると、牢屋の部屋に見覚えのある男が現れた。ドフォーレ・ヴィンスヘルムだ。


「わずかに奇妙な音がしたから、なにかと思って来てみたら……おやおや、これはこれは」


 ヴィンスヘルムは顔色を全く変えていないが、その部屋の状況には興味を示していた。さすがに予想外の情景が広がっていたのだ。



「これは……君がやったの?」


 ヴィンスヘルムは傭兵の二人がバラバラにされていること、さらに同じようにバラバラになっている鉄格子を見ていた。リリーではさすがにここまでのことは不可能だ。もっと常識外れの存在が近くに居る。

 ヴィンスヘルムは即座に回答に至った。ゆえにリリーからの返答は不要だ。


「ち、違うわよ……」

「だろうねぇ。第一、君まだ手錠もしてるしねぇ」


 鉄格子までバラバラにして、彼女の手錠がそのままなのはどう見ても不自然だ。ヴィンスヘルムの別の存在の可能性は、そこからも来ていた。


「どこだろうねぇ……」

「……??」


 リリーはヴィンスヘルムの言葉の意図がわからない。ソウルタワーに挑める程の強さを持つ彼女ではあるが、力の次元が違うのだ。その「モノ」が存在しているかどうかすら、彼女にはわかっていない。だからこそ、ヴィンスヘルムが何を言っているのか、わかっていなかった。


 ヴィンスヘルムは気配を集中させる。手には1本のナイフが持たれていた。どこにでもあるような果物ナイフだ。

 彼はしばらくの間、周囲を見渡し……そして地面の一点に向けてナイフを投げた。


「出てきなよ。そこにいるんだろう? ナイフ程度の攻撃では、ダメージは受けないはずだ」


 ナイフの突き刺さった地面は、微妙に色が変化していた。よく見なければわからないレベルではあるが、何かが居る。そう思わせる変化は、その直後に起きた。

 黒い塊がナイフの刺さった地面から出てきたのだ。その塊は素早く移動しながらヴィンスヘルムから距離を置いた。そして、美しい人間形態に変化してみせる。レジナの姿がそこにはあった。

「おやおや、これはまた……シャドーデーモンの類かな? 見たことのない気配だ」


「……お前がヴィンスヘルム……レジナの気配を察知できるくらいには強い……」


 紫の髪から見える無表情と、機械のように冷徹な瞳。彼女は智司やアリス達以外に、決して気を許すことはない。ヴィンスヘルムは今、100パーセントの殺気を肌で感じ取っていた。


「こんなに可愛らしいお嬢さんでも怪物の類なんだねぇ……予定外の相手だが……ラーデュイが来るまでには決着をつけないねぇ」


 ヴィンスヘルムは一切の怯みを見せていない。それどころか、両腕はポケットに入ったままだ。


「どうでもいい……死ね」


 相手の行動などどうでも良いとばかりに、レジナは身体からリングブレードを作り出す。


 二人の距離はおよそ5メートルほど。戦いが始まろうとしていた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界に飛ばされたけど『ハコニワ』スキルで無双しながら帰還を目指す

かるぼな
ファンタジー
ある日、創造主と言われる存在に、理不尽にも異世界に飛ばされる。 魔獣に囲まれるも何とか生き延びて得たスキルは『ハコニワ』という、小人達の生活が見れる鑑賞用。 不遇スキルと嘆いていたそれは俺の能力を上げ、願いを叶えてくれるものだった。 俺は『ハコニワ』スキルで元の世界への帰還を目指す。

勇者を否定されて追放されたため使いどころを失った、勇者の証しの無駄遣い

網野ホウ
ファンタジー
「勇者じゃないと言われて追放されたので、帰り方が見つかるまで異世界でスローライフすることにした」から改題しました。 ※小説家になろうで先行連載してます。 何の取り柄もない凡人の三波新は、異世界に勇者として召喚された。 他の勇者たちと力を合わせないと魔王を討伐できず、それぞれの世界に帰ることもできない。 しかし召喚術を用いた大司祭とそれを命じた国王から、その能力故に新のみが疎まれ、追放された。 勇者であることも能力のことも、そして異世界のことも一切知らされていない新は、現実世界に戻る方法が見つかるまで、右も左も分からない異世界で生活していかなければならない。 そんな新が持っている能力とは? そんな新が見つけた仕事とは? 戻り方があるかどうか分からないこの異世界でのスローライフ、スタートです。

1人だった少年は貴族と出会い本当の自分を知っていく

杜薛雷
ファンタジー
 前世、日本という国で暮らしていた記憶を持つ子供リディルは、知識を使って母親と二人、小さな村で暮らしていた。 しかし前世の知識はこの世界では珍しいもの。どこからか聞きつけた奴隷商人がリディルの元にやって来た。  リディルを奴隷にしようとやって来た商人からリディルを守った母親は殺され、リディルは魔物に襲われて逃げた。 逃げた森の中をさ迷い歩き、森を抜けたときリディルは自分の生き方を、人生を大きく変えることになる一人の貴族令嬢と出会う... ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――  この作品が初めての投稿なので不安しかないです。初めは順調に投稿出来ても後々詰まってしまうと思うのでそこは気長に待ってくれると嬉しいです。 誤字脱字はあると思いますが、読みにくかったらすいません。  感想もらえると励みになります。気軽にくれると有り難いです。 『独りぼっちの少年は上級貴族に拾われる』から改名しました

異世界転移! 幼女の女神が世界を救う!?

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
アイは鮎川 愛って言うの お父さんとお母さんがアイを置いて、何処かに行ってしまったの。 真っ白なお人形さんがお父さん、お母さんがいるって言ったからついていったの。 気付いたら知らない所にいたの。 とてもこまったの。

隣国に売られるように渡った王女

まるねこ
恋愛
幼いころから王妃の命令で勉強ばかりしていたリヴィア。乳母に支えられながら成長し、ある日、父である国王陛下から呼び出しがあった。 「リヴィア、お前は長年王女として過ごしているが未だ婚約者がいなかったな。良い嫁ぎ先を選んでおいた」と。 リヴィアの不遇はいつまで続くのか。 Copyright©︎2024-まるねこ

処理中です...