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45話 側近「アリス」

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「はああああ!! バーストタックル!」

「無駄。私にこの程度の物理攻撃は通用しない」


 ミリアムたちとは別のルートを模索していた、ランカークスのメンバー。敵に見つかり、その相手と交戦の真っただ中であった。カシムと同じく前衛をを担当しているシルヴィが相手をしているのは、影のように姿を変えられる不定形の魔物だ。

「シャドーデーモンと同系統の魔物!? でも、こんなに強いシャドーデーモンが居るわけが……!」

 シルヴィは目の前の魔物となんとか打ち合ってはいるが、先ほどから、こちらの攻撃が通用していない。

 シャドーデーモンはその名の通り、影状態の不定形の魔物だ。一応、ベースの形は存在しているが、影になり、敵の懐に入ったり、建物内への侵入も自在に行える。

「シャドーデーモン? 違う、私はレジナ」

 必要な単語しか話さないのか、やや言葉足らずな魔物はレジナと名乗った。シャドーデーモンの性質は受け継いでいるが、全く別の生き物である。言うなれば究極のシャドーデーモンといったところか。

 ソウルタワー200階以上を目指せるシルヴィの物理攻撃もまるで効いていない。シャドーデーモンは性質上、物理耐性は持っているが、レジナの物理耐性は常軌を逸していた。彼女のバーストタックルで無傷というのは通常ではあり得ない。

 これが、智司の召喚したもう一人の側近の実力……ではないのだ。


「いけいけ~~レジナ~~!」


「うん、わかった」


 彼女の後ろで応援する一人の少女の姿。彼女の声に触発されたのか、レジナは一気に攻勢に出た。

「は、速い……!!」

 影状態になっていたレジナは、一瞬だけ本来の姿に戻った。とても可憐な女性の姿ではあったが、その細腕から有無を言わさぬパンチが繰り出される。

 咄嗟にシルヴィも両腕でガードをするが、そのまま大きく吹き飛ばされてしまった。彼女は大木に激突し、その衝撃で木はへし折れた。

「嘘でしょ……こんなの……!!」

 致命傷を負ったわけではないが、精神へのダメージは非常に大きい。ソウルタワー200階のエリアボスであるゴールデンベアにも十分なダメージを与えていたバーストタックル。目の前の魔物には通用しないどころか、こちらの動きを完全に見切られている。

 ゴールデンベアをはるかに凌ぐ怪物であることは間違いない。本来であればシルヴィはとっくに致命傷を負わせられていたが……。レジナは背後から応援する者に殺しを禁じられていたのだ。

 正確には、今は殺すなというだけだが。

「アリス……そろそろ、殺していい?」

「どうしよっかな~。うーん……」

 レジナは背後に居る少女に話しかける。金髪のツインテールが特徴の美しい少女は、レジナに質問され、緑の瞳を明後日の方向に向けて考え事をしていた。

 青いミニのドレスのような衣装を着た少女こそ、智司が召喚したもう一人の側近だ。

 アリスという名前があり、外見年齢は15歳程度であった。

 無意識に呼び出したハズキとは違い、任意に召喚しているので、彼の好みがより反映されている。初恋の相手の外見とかその辺りだ。

「シルバードラゴンを探しに来たのに……こんな連中も居るなんて」

 明らかに外見はドラゴンではない彼女達。だが、その強さはドラゴンクラスか、それ以上だ。シルヴィは正確な竜族の力などは知らないが、予想であったとしても間違ってはいないと考えている。

「シルバードラゴン? レドンドのことかな?」

「多分、そう。前に侵入者をレドンドが殺したから。それで」

 レジナは相変わらず妙な言葉遣いで返答する。彼女たちは、あっさりとシルバードラゴンの存在を認めていた。動じている様子はない為に、彼女の仲間であることは間違いない。


「アリス、こっちも片付いたぞ……」

「……!! マークノイヤ!」


 シルヴィの視界から外れたところで戦闘をしていたマークノイヤ。青い身体を有した屈強な巨人に担がれて戻って来ていた。

「ゴーラ、お疲れ様~~。殺しちゃったの?」

「まだ生きてると思う。でも、オデは手加減が苦手だから……」

 アリスの前に置かれたマークノイヤ。彼女は心臓付近に自らの髪の毛の数本を這わせた。髪を操っているようだ。

「あ、まだ心臓は動いてる~~! よかった!」

「ちょっと! マークノイヤに妙な真似をしたら……!!」


 シルヴィはマークノイヤに髪を這わせているアリスに叫んだ。そして、彼女に向かって行こうとした瞬間……。

「!!」

 シルヴィのすぐ上の高さで、周辺の大木が斬り飛ばされたのだ。

「今の攻撃見えた? ヴォロスソードって言うの。髪の剣って意味だね」

 金髪のツインテールのアリスの髪からは、鋭利な刃が伸びている。髪の毛の一本を強力な刃に変化させ、彼女の周辺の木々を切断したのだ。。

「な……こんなことが……」

 全く反応すらできなかった速度……もう少し攻撃の高さを下げていたら、彼女の首は真っ二つになっていただろう。

「やっぱり見えなかったんだ、残念。あのくらいの速度なら反応してほしかったけど……しょうがないか~~」

 アリスとしては全力の一撃ではない。それだけに、両腕を後頭部に回しながら愚痴をこぼしていた。彼女の攻撃を見たシルヴィは、完全に戦意を失っている。

 アリスの髪の刃は何本かが空中に浮遊しており、いつでもシルヴィを狙える状態になっていた。もしも、何万本もの髪の毛の全てをヴォロスソードとして使役できるのならば、どの方向へ逃げようと意味を成さない。

「戦意喪失しちゃった? いい判断だよ、あたしのヴォロスソードは何キロも伸ばすことが可能だからさ。逃げたって無意味だし~~」

 無邪気にはしゃぎながら、アリスはツインテールの髪を揺らしている。そこから繰り出されるヴォロスソードは、その後も次々と周辺の大木を切り刻んでいた。
 無意識の内に出しているであろう攻撃すら、シルヴィは目で追えていない。

「アリス。この人間、食べてもいい?」

 黒い影のような形をしている魔物、レジナ。現在は人間の外見に変身していた。紫の前髪は切り揃えられており、全体的な長さは肩にかかるほどだ。目は虚ろで、どこに焦点を合わせているのか、判断が難しかった。

 黒のホットパンツなど、全体的に黒一色で服装をまとめているが、肌の色は人間のそれになっている。
20歳くらいの外見の女性に見えるだろうか。魔物としての性別も「メス」に該当しているようだ。



「えっ? 食べたいの?」

「うん」

「アリス、オデも食いたい。ダメか?」

 特に殺す気のなかったアリスだが、自らの部下二人から意外な言葉が飛び出たことに、戸惑いを見せる。巨大な棍棒を持つ巨人、フロストジャイアントのゴーラも腹を鳴らしているようだ。

「そだね~~。出来れば連れて帰って、配下にしたいんだけどな~~~~」

 外見年齢15歳程度ではあるが、この3体の中でトップに君臨しているアリス。決定権は彼女が有していた。レジナとゴーラの2体は、格としてはレドンドと同等の位置になる。

「ハズキちゃんが許してくれるならだけどさ。許してくれなかった時は、食べちゃおうか」

「ん、わかった」

 アリスの提案に、レジナとゴーラの二体も頷いた。「ランカークス」のメンバー二人からしてみれば、とてつもない程の屈辱を受けている。自らの命を軽く扱われ、さらに配下にするなどと言われているのだから。

「……攻撃を繰り出す勇気が湧かないわ。私は死にたくないと思ってる……。くっ、マークノイヤがピンチなのに……!」

 逃げるわけにもいかない状況だが、それ以上に、戦う気力が消失してしまっていた。先程まで軽く扱われていたレジナとの戦闘だが、それ以上に危険な存在が目の前に居るのだから。

 絶滅種のシルバードラゴンを探しに来て、それを超える敵に遭遇したランカークスのメンバー。何とも形容しがたい苦悶の表情をシルヴィは見せていた。

 目の前に居る者達は圧倒的に強い。三体とも、ソウルタワー200階のエリアボス、ゴールデンベアを容易く倒してしまえる領域なのだ。

「はい、じゃあ拘束しちゃいましょう! レジナ、おねが~~い」

「うん」

 レジナは頷くと影の姿となり、シルヴィに絡みついた。そして、彼女の動きの自由を奪う。

「ぐっ……!」

「抵抗したら、これで、脚を切り落とす」

 影の状態のレジナは、彼女に巻き付きながら、リングブレードを取り出していた。彼女の身体の一部から作られた物のようで、本来の武器ということだ。

 シルヴィからすれば恐怖でしかないが、そもそもの問題として全く抵抗できる気がしなかった。ほとんど身動きが取れないのだ。意識のないマークノイヤはゴーラが再び担いだ。

「じゃあ、本拠点に行こっか? 大丈夫だよ、一生配下としてこき使ってあげるから。邪魔になったら、楽に殺してあげるね」

 可愛い顔をしながら、アリスは残酷な宣言をした。生殺与奪の権利は完全にアリスが持っているのだ。

「人間だから、あと100年も生きられないよね。また必要になったら、集めよっと」

 寿命というものが存在しているのかすら怪しい少女は、100年を大した期間とは考えていなかった。

 まだ生まれてから何日も経過していない怪物。可愛らしい外見からは想像できない能力を持ったアリスは、拘束した二人と共に智司の館へと引き返して行った。
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