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42話 ネロとの戦い その1

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 半径1キロメートルを吹き飛ばした強烈な爆発……数万平方キロメートルのヨルムンガントの森の全てに衝撃波が伝わっていた。森の生物たちも一斉に逃げ出し、しばらくの間、爆心地周辺は騒然となっていた。

 大量の爆煙の中から姿を現すのは、身体中に火傷を負ったレドンドだ。火傷のレベルは大したことはなく、すぐに修復されることは確実だが、それでもシルバードラゴンにダメージを与えた攻撃は凄まじいと言えた。

「ふん、私らしくないな……」

 レドンドの前には無傷のエルメスとケルベロス1体の姿があった。

「れ、レドンド様……?」

「グルルルルルル……」

 エルメスとケルベロス1体はレドンドの身体に包まれていた為に難を逃れたのだ。ケルベロスはともかく、エルメスは、レドンドが自らを助けたことに対して戸惑いを見せていた。

「あ、ありがとうございます、レドンド様。助けていただきました……」

「貴様は死亡しては再生は不可能だからな。智司様やハズキの感情を優先したまでだ。勘違いはするなよ? それから、ケルベロス」

「クウ?」

「他のケルベロス4体は大爆発に巻き込まれ、死亡したようだ」

 レドンドは振り返り、爆炎が晴れていく周囲を見渡していた。レドンドに守られたケルベロスも、周囲を観察した。

「グルル……」

 ミリアムたちは完全に消滅したようだが、4体のケルベロスは原型を留めている。しかし、その身体は潰れており、既に死んでいることが伺えた。ケルベロスの強力な闘気を爆弾は貫通し、致命傷を与えたのだ。

 最後の1体のケルベロスは、どこか寂し気な表情になっている。

「まあ、それほど落ち込むことはない。ハズキならば再召喚は可能だ。それにしても……仲間を自爆させるとは、敵ながら天晴れ……」

 レドンドはそこまで話すと、唐突に口を閉ざした。なにやら、表情が変わっているように見える。

「だが……自爆した者の意図しない爆破は……気分の良いものではないな」

 ミリアムとボグスミートに情けをかけるつもりなど毛頭ないレドンドではあるが、この時ばかりは少し怒りの感情を見せていた。

 有無を言わさぬネロの行動。戦闘に於いては非常に重要なことである為、称賛しつつも、レドンドの気分は害されたのだ。


 敵の位置は大体把握している。レドンドやエルメスの場所から、4キロメートル北だ。そこに、今回の爆発を引き起こした張本人のネロが居る。エルメスも察知していた。





「レドンド様は傷の修復を。私が参ります」

「エルメス! ……行ったか、やれやれ」

 咄嗟にエルメスを制止するレドンドだが、既に彼女は敵に向かって走り出しており、姿が見えなくなっていた。

 全身に火傷を負っているレドンドだが、身体的な低下はほとんどない。彼女に追いつくのは容易なことであったが、エルメスの感情を汲み取ったのだ。

 ケルベロスの最後の1体もサポートをしようとしているのか、彼女に付いて行っていた。

「館の方は、ハズキと奴が居れば大丈夫か。さて、洒落にならない真似をしてくれた返礼をしなければならんな」


 レドンドは返礼を誓い笑っていたが、今はエルメスに言われた通り、傷の修復に専念することにした。数分以内には完了する見込みではあるが、流石にニッグの付けた傷のように数秒以内とはいかなかった。



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「……何体かは始末できたようだが、シルバードラゴンは倒せなかったか。本命を殺せないんでは意味がない。ミリアムもボグスミートも本当に期待外れだね……僕の手を煩わせやがって」

 仲間を自爆させたことに一片の悲しみすら持っていないネロは、大きく溜息をついていた。彼はアルビオン王国が勝つ為ならば手段を選ばない。おそらくは天網評議会の中で最も王国に忠実かつ、その教えを継承している者だ。

 今回の魔力を凝縮させた爆弾の使用は、彼が独断で決めたものであった。効果としてはケルベロスを4体殺したのだから、上々と言えるだろう。

 そんな中、彼の元に現れる強者の存在。ネロはすぐに気付いたが、懐かしの人物と相対することになった。


「やあ、エルメス久しぶり。死んだと思っていたから、生きているようで安心したよ。君の妹のランファーリも喜ぶと思うよ」

「……!! ……死ね、ネロ。私の妹の名前を呼ばれたくない、お前は昔から嫌いだった」


 ネロの首を刈りに来たエルメス。高速で接近しながら、右手に作りだした闘気の剣を振り下ろしたのだ。だが、ネロの周囲を展開していた魔法陣がその攻撃を阻んだ。


「……堅いっ!」

「なんだ、この程度かい? 威勢が良かっただけに拍子抜けだね」


 ネロはエルメスの攻撃を簡単にガードしながら、指一本を出し、小さな衝撃波を繰り出した。咄嗟に後方へと移動するエルメスだが、創り出した闘気の剣は破壊されてしまった。

「……」

「大したことないね、エルメス。妹とは大違いじゃないか」


 ネロは明らかに見下した発言をしていた。その言葉にエルメスも顔を硬直させている。


「君の妹は、天網評議会の序列1位だ。君も才能はあったけど、才能の格が違いすぎるというか……評議会の序列上位陣とそれ以外の圧倒的たる差と言えるだろうね」

 ネロの言葉から、妹のことが出て来る……それだけで、エルメスの表情は人間の感情へと変わっていた。現在の彼女はハズキに絶対服従というところ以外は、完全に元に戻っているようだ。

「……お前は本当に嫌いだ……絶対に勝てない私の妹に嫉妬し、自分より下の者を見下して自尊心を満足させる。そんな小心者が、ミリアムやボグスミートを自爆させる権利などない……」


「はははは、言ってくれるね。1位に勝てないことは事実だが、それ以外の全て……最強国家であるアルビオン王国の全ての者が僕より下だ。僕にはそれだけの才能があるんだよ、クズめ。化け物の分際で正論を語るなよ」

 天網評議会序列2位のネロ。実力的には紛れもなくアルビオン王国の2番手であり、それは大陸中を見ても、並ぶ者は居ないのではないかというレベルだ。ほとんどの者が彼を叱責する権利を有しない。それだけに、とてつもなく性質が悪かった。

 だが、エルメスには届いていない。

「お前の狭い視野で語らない方がいい、恥を知ることになる。いつまでも強さに謙虚である方が、長生きできると思うぞ」

 エルメスの口調は本来のそれとは明らかに乖離していたが、的を射ている内容ではあった。彼女の言葉に一瞬ではあるが、ネロは顔をしかめた。

「言ってくれるね。なら、実力で黙らせるとしようか。評議会序列2位の実力、その目で確かめるといい」

「……レイ!!」

 エルメスは怒りの形相で魔法詠唱を行う。以前とは格段に短縮した光速の一撃だ。発動さえ成功すれば、レドンドでも避けることはできない。その一撃をネロにお見舞いする……しかし

「ぐっ!」

 光速の一撃を受けたのはエルメスの方だった。強烈な閃光は彼女の闘気を貫通し、確かなダメージを与えた。エルメスは相当な衝撃に、思わずよろめいてしまう。

「遅い遅い、レイの魔法に詠唱が必要な時点でまだまだ弱いね。光速の一撃はノーモーションで放ててこそ、真価を発揮するんだよ」

「……ば、馬鹿な……こんな速度で……」


 光速の一撃を放てる代償として、長時間の詠唱が必要なレイ。ハズキにより生まれ変わり、相当に詠唱時間は短縮されていたが、まだノーモーションとは程遠かった。

 それをネロは可能にしているのだ。最初のエルメスの攻撃を簡単に防いだことといい、評議会序列2位の実力は伊達ではなかった。


「あはははは、惨めだね。悪魔に魂を売っても、僕に勝てないなんて。才能の差って本当に怖いね。さて……このままノーモーションレイで始末してもいいけど、それじゃつまらないな」

 ネロの強力な魔力から射出されたレイ。当然使用者により威力は大きく変わるが、ネロから撃ち出される場合、その破壊力は想像を絶する。一撃に耐えたエルメスがむしろ賞賛されるレベルなのだ。

「僕に生意気な口を聞いたことをたっぷり後悔しながら死んでいくといいよ。確か君って僕と同年代だよね? 24歳だっけ?」

 ネロは22歳であり、エルメスは以前は24歳だった。彼女は特に返答しなかったが、ネロは一人でそれを確かめると、ほくそ笑んでいた。

「はは、僕より歳上でなおかつ怪物になってもこの程度……やはり、君は死んだ方がいいね」

「くっ……!」

 これ以上ない程にネロはエルメスを見下した。そして、おもむろに指を鳴らしたのだ。その合図に合わせるかのように、ネロの上空には一体の魔物が姿を現した。

「ま、まさか……ワイバーン!? そんな……こんな怪物を使役しているなんて……!」

「僕がワイバーンを倒した経験があるのは有名な話だろ? 一匹、ペットとして飼い慣らしたのさ。これ程の魔物を眷属として使役してる奴なんて、他に居ないだろうね」

 ネロは自信に満ちた表情で語るが、まさに正論であった。それほどにワイバーンという魔物は危険な存在なのだ。

 巨大な翼を有する翼竜……真なる竜族と言われるドラゴン達の亜種に該当する魔物だ。ドラゴンのように絶滅しているわけではないが、個体数の少ない希少種になっていた。

「僕が相手にするまでもない。ワイバーン、屈辱の元に殺してやれ」

「ギイイイイアアアア!!」

 上空を飛んでいたワイバーンは、ネロの言葉に呼応するかのように、高い音域の擦り切れるような鳴き声をあげた。そして、標的をエルメスに合わせる。

 エルメスとワイバーン……戦いは始まったのだ。
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