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41話 侵入者 第二陣 その3

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 自らの前任であるエルメス・ブラウンがそこに立っていた。それだけでもミリアムとボグスミートからすれば驚くべきことだが、単純にアルビオン王国の有名人が敵側に居ることはもっと信じられなかった。

「天網評議会序列6位のエルメス・ブラウン。シルバードラゴンに敗れたというのは事実なんだな」

「はい、それは事実です」

「はは、面白いわね」

 ミリアムは乾いた笑いを出していた。目の前のことをまだ信じることができないのだ。


「あーしとこっちのボグスミートは、あんたの後釜として評議会に入ることになってるんだけど……はっ、まさか敵側にいってるなんて、これは滑稽だわね」

「私も自らの意志で行ったわけではありません。私は瀕死の重傷を負い、あるお方に作り替えられた。特に怨みを持っているわけではありませんが……事実としてはそういうことになります」

 エルメスが自らの意志で敵側の配下になるだろうとは思っていなかった。ミリアムは評議会のメンバーの強さと気高さを知っている。命を懸けて敵を打ち倒す覚悟があることはわかっているのだ。

「なるほどね。ま、どのみちあんたは消しておかないとね。こんな危険な闘気纏っている奴が、街に現れたら何人死ぬかわからないから!」

「私が言えたことではありませんが、仕掛けて来たのはそちら側です。それに、私程度が危険な闘気など……ふふふふ」

 エルメスは自らに受けた言葉に思わず、苦笑してしまった。現実を知らない者は幸せだという感情だ。

 明らかに格上を自覚している話し方だ。ミリアムとボグスミートはコケにされている。周囲にはケルベロス達もいる状況だが、考えるよりも先に二人は行動していた。


「ぬうううん!」

 ボグスミートはエルメスに攻撃をしかけた。しかし、彼女の片腕により容易く受け止められてしまう。体格では勝っているはずのボグスミートだが、まったく押し切ることができない。

「くっ! 俺の攻撃が通用しないだと……? 信じたくはないが、これが評議会6位の実力……?」

「いいえ。私は以前よりもかなり強くなっています。あなたの力は8位だったランパードと同じくらいはありますね。誇っても良いでしょう」


 容易く受け止めたエルメスは、誉め言葉と共にボグスミートの腕を切断した。この時、彼女の右腕には闘気による刃が生まれていたのだ。非常に禍々しい気配を放っていた。


「ぐああああ!!」

「ボグスミート!」

「だ、大丈夫だ……! 心配ない……!」


 右腕を切断されたボグスミートは即座に後ろに後退した。あの場に居れば、首も刈られていた可能性が高かった為だ。余裕の笑みを浮かべているエルメス。レイの魔法による追撃を行えば勝負は決まっていたが、敢えて使用することを避けた。

 まだまだ、楽しみたいのだ。



「俺の腕、治せるか?」

「さあ……結構、時間かかりそうだけどね。いざとなったら、魔法の義手もあるしなんとかなるんじゃない?」

 ミリアムはボグスミートの腕が切断されたことに心配はしていたが、そんなことは些細な問題であった。先ほど戦ったケルベロスも、単独では勝てないほどに強かったが、目の前のエルメスはさらに強力な力を有している。

  二人がかりなら行けるかもしれないといったレベルの話ではない。ミリアムの中には、焦りと諦めの感情が渦巻いていた。

 そして、その感情は、いよいよ確信へと変わる。



 森の奥より、ミリアム達の前に現れる圧倒的な暴力の気配。シルバードラゴンのレドンドが大きな翼を羽ばたかせて降り立ったのだ。



「シルバードラゴン……!?」

「本当に居たのか………!? こ、こんな……」


 ケルベロスやエルメスとは、格の違う闘気を纏う存在。その信じ難い気配にミリアムとボグスミートは汗を吹き出し見入っていた。次の言葉が出て来ない。

 レドンドが降り立ったのを見計らい、エルメスがその前に立った。


「随分と殺したな」

「レドンド様、後方で待機なさるのではないのですか?」

「少しだが、貴様の実力はわかったのでな。あまり手の打ちを見せすぎるのは得策ではない。それよりも、お前たち」

 圧倒的な存在であるはずの竜族。瞬殺されることをミリアムは感じていたが、意外なことに攻撃をしてくる様子はなかった。それよりも周囲に散乱している死体を眺めながら、ミリアムに話しかけた。

「わ、私のこと……?」

「俺達だよな……?」

「うむ。この戦いではっきりしただろう。お前たち二人は世間では相当な実力者のようだが、エルメスもケルベロスにもほとんどダメージを与えられずに、周囲は壊滅状態になっている」

 ミリアムはレドンドに言われたことを冷静に判断していた。こちらは、ほぼ全滅状態にも関わらず、相手側は無傷に近いのだ。



「今、矛を収めるならこれ以上の殺戮はしないでおこう。主は無駄な殺しを望まないのでな」

 弱い者たちを含め、100人近くを殺傷している。レドンドとしてもいくら防衛の為とはいえ、智司は望まないだろうと考えた。そして、ミリアムとボグスミートに提案したのだ。

「……あんたらが、ここに居る理由はなに?」

「……この森は突然変異の魔物が出現することで有名であろう? その類と思えば良い。突然変異の魔物を全滅させようとは、今までも考えていなかったはずだ」

「ははっ、突然変異の魔物にしては強すぎるわよ……」

 ミリアムは信じてはいなかったが、レドンドの言ったことに嘘はなかった。実際は地球から転生されてきたわけだが、突然変異のシステムにかかったことは間違いではない。

「我々の邪魔をしなければ、余計に人が死ぬことはないぞ」

「……それって、保証できるわけ? あんたの主の気が変われば殺戮するんでしょ?」

「……そうだな」


 レドンドは一言そう言うと、それ以上はなにも言わなかった。実際に智司がアルビオン王国を滅ぼすと言えば、レドンドは躊躇いもなく動く。だからこそ黙ったのだ。

 レドンドの真意を分かっている二人ではあるが、戦ったところで結果は明白。彼らとしても、これ以上は逃げるしか道はなかった。



-------------------------




「あれがシルバードラゴンか……すっかりミリアム達も戦意喪失してるね」

 野営地で観察しているネロ。その表情はレドンドを見ても変化はない。

「敵の戦力が集まった瞬間か、この機会を逃す手はないね。ミリアム、ボグスミート、君たちの名は王国内で語られると思うよ。胸を張ってあの世へ行ってくれ」

 ネロは怪しく微笑む。まさに黒魔術を唱えているかのようだ。

「じゃあね」

 そして、人差し指を一本だけ立て、準備は完了した。



------------------------

「むっ?」

「な、なに……? この光は……!?」

「……おい、ネックレスのクリスタルが光ってるぞ!」

 ミリアムはレドンドの提案を受け入れようとしていた。前衛に居た者たちの中にも生き残りは何人か居る。その者たちのことも考えてのことだ。

 だが、その時、ネロより渡されたクリスタルがとてつもない光を反射させたのだ。レドンドもその眩い光には警戒心を覗かせていた。

 不味い……レドンドはそのように感じたが、最早避けることはできない。それほどに不気味な魔力は膨張していたのだから。


「ま、まさかこれは……! ネロ!! あんた、騙したわね!」

「み、ミリアム───!!」

「!!!」

 直後に、クリスタルは大爆発を起こし、レドンド達も一気に巻き込まれていく。その大爆発により、彼らの周囲1キロメートルは焦土と化してしまった……。
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