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36話 襲撃準備 その1

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「エルメス」

「はい、なんでしょう?」

「大分、話せるようになったわね。もう少し落ち着いたら、評議会のことを聞かせてもらうわ」

「わかりました」

 智司の留守を預かっているハズキはその日、エルメスの調整を行っていた。再生させた身体と精神が融合したのか、彼女は普通に話せるようになっている。その様子を、ケルベロスの一体が不思議そうに眺めていた。

「グルルルルル」

「警戒しなくても、彼女は仲間よ。エルメス、私はこれから仮面の道化師として出かけてくるけれど、その間は館の管理をお願いね」

 近くに立っているケルベロスの身体を撫でながら、ハズキは命令を下す。

「畏まりました」

 メイド服を着ているエルメスは、ハズキに深々と頭を下げて答えた。





「ハズキ」

「どうしたの、レドンド?」

 その時、外で待機していたレドンドが窓から目を向けていた。ハズキはその窓を開け、レドンドと視線を合わせる。

「私の警戒網に何人かの人間がかかった。すぐに出ては入ってを繰り返している。偵察か何かだろう……もうじき、第二陣が攻めてくる可能性があるぞ」

「あら、命知らずな人間が多いわね」

「どうする?」

「……今後、私は智司様と外を出歩く機会があるかもしれないから。私の存在は知られない方が良さそうね。見られるとしても、仮面の道化師として見られた方がいいわ」



 そう言うと、ハズキはすぐに仮面の道化師の衣装に着替えた。魔力を集中させ具現化させたのだ。

「……その笑顔の仮面は貴様のセンスか?」

「ドラゴンに突っ込まれるとは思わなかったわ」

 レドンドにセンスがおかしいことを指摘されるハズキ。彼女は少し、傷付いた。


「私が館を守るわ。エルメスは賊の討伐に出てもらえる? あなたの強さも把握しておきたいところだから」

「畏まりました」

 元々のエルメスの強さに加え、ハズキの魔力でさらに強化された彼女。それらが合わさった力は、ハズキ自身も完全に把握はしていなかった。今回でそれを確かめようという寸法だ。

 そして、ケルベロス5体は既に館から出ており、いつでも敵を追える体勢を整えていた。

「ハズキ、残念だが今回も貴様の出番はないぞ」

「ええ、期待しているわ。館の位置を把握されると、面倒かもしれないから」

 ハズキが居なければ、智司を守る最強の戦力として君臨しているはずのレドンド。その自負は天網評議会のメンバーを容易く始末したことからも、非常に信頼できるものだった。

 それに加え、伝説級のケルベロスが5体にエルメスまでいる現状。奇跡的にそれらを突破したとしても、館には最強の護衛であるハズキが居るのだ。

 攻めて来る賊に対しては、ご愁傷様としか言いようのないオーバースペックの陣営となっていた。



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 そんな陣営が待ち構えているとは知らない冒険者たちは、智司の館から数十キロ離れたところで野営をしていた。

 さすがにその距離はレドンドでも索敵はできないが、偵察として館の周囲数キロ圏内に入っていた者は捉えられていたのだ。

 目立たないように迷彩柄のテントが大量に設置されている。この場所には、100人以上の冒険者などが集まっていた。一部、傭兵出身の者たちや王国騎士団の者たちもいたが。


「予想通り大量の人……気が滅入る」

 屈強な男達の中にあって、静かな印象の女性が声を出した。ランカークスのメンバーの紅一点であるシルヴィ・コンターチ 25歳だ。

 チャイナドレスのような赤い衣装に、厚手のスパッツで足をつま先まで覆っていた。彼女は白い髪をサイドテールに結んでいる美女だったが、露出はほとんどしていない。彼女はスレンダーだが、胸などは平均以下の大きさである為、露出のなさの裏にはそう言った背景がある。


「そうですね。シルヴィ殿、今回はシルバードラゴンが出て来たとなっています。その真偽の調査ですが」

 シルヴィの隣で話すのは眼鏡をかけた長身の男だ。白髪のオールバックをした人物であり、地面に付く程に長いマントを着用していた。

 ランカークスのメンバーであり、後方支援を担当するマークノイヤ・アランディス 26歳だ。特攻専門であるカシムとシルヴィの二人をサポートする役割をこなす人物である。

「今回の依頼は色々と怪しい」

 シルヴィは、今回の依頼に関して様々な予想を立てていた。シルバードラゴンが居るかどうか……本当にそのような、前代未聞クラスの依頼であれば真っ先に「アルノートゥン」の二人に依頼が舞い込むはずである。しかし、そんな様子はない。

 彼女の見立てでも明らかに今回の依頼には裏があるようにしか見えていなかったのだ。

「マークノイヤなら、なにか考えはあるんでしょ?」

 頭脳労働で言えば、自分よりも一歩も二歩も先を行く人物。シルヴィは最終的な判断はマークノイヤにいつも委ねている。彼もそれが分かっているのか、笑みを浮かべながら口を開いた。

「今回の依頼は調査目的……いや、評議会が発信元であるならば、我々は捨て駒といったところでしょうか」

「……アルビオン王国の評議会ならではの手法ね」

 特に驚いている雰囲気も出さず、シルヴィは納得する。裏の仕事もしている評議会ならば十分に考えられることだ。

「彼らの第一の目的は脅威の排除。それを達成するならば、冒険者や他国の者の犠牲は仕方ないと考えるでしょう」

 一般人を巻き込むわけはないが、命の覚悟が出来ている者達は全力で利用する。それが天網評議会……つまりは最強国家のアルビオン王国の考えの一つでもあった。

「間違った手法ではない……。しかしそれなら、相当な事件が起きたんでしょうね」

「ええ、そうですね。天網評議会が冒険者の依頼にまで出す事態……」

「考えられることは?」

 冷静な口調のシルヴィだが、その表情は真剣だった。マークノイヤはしばらく考えていたが、すぐに答えを出した。

「天網評議会のメンバーの喪失……おそらくは、シルバードラゴンに敗れたと考えられます」

 マークノイヤの出した予想は見事に的中していたが、この場では誰も正解かは判断できない。しかし、シルヴィの表情は明らかに焦っていた。
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