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28話 アゾットタウン その2

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 より深淵へと誘う会話。ジープロウダの下衆な考えは、智司に怒りを覚えさせていた。

「慰み者……私は本来、お頭に育ててもらった恩を返さないと行けない。ジープロウダはお頭の命は絶対だ。あの方が私を襲えと言うまでは、私は襲われることはないけど……お頭は私が成長するのを待っていた……」

 先ほどのアルガスたちとの会話とも合致する、ネリスの言葉。彼女は自らの身体を汚されることも承知しているような口ぶりであった。育ててもらった恩義を身体で返す……ある意味では普通のことなのかもしれない。

「気に入らない」

 智司が出した声は低かった。

「育ててもらったことに恩義を感じるのは良いことだよ。でも、君の身体で返す義務なんてないはずだ。それが義務であるなら……お頭とやらは、元々は君の身体目当てだと言われても、文句は言えないよ?」

 智司の真っすぐな言葉にネリスは俯いてしまった。彼女自身もそれは分かっているようだ。

「そうやな……そんなわけのわからん冒険者は、冒険者の評判堕とすだけやしな。退治したろか。たかが、素人の学生に負けたとなったら、もう恥ずかしくて表に出て来れんやろ」
「ナイゼル、いいねそれ。よし、ぼこぼこにしてやろう。見せしめにアルガスとかいう奴から……」

 ナイゼルの冗談めかした言葉ではあったが、智司は相当に乗り気であった。理屈ではない本能が告げているのだ。ジープロウダに、後悔を与えよと。魔神であるわが身と相まみえることを後悔しながら死んでいけと……。


 それはネリスを救うことにもつながるはず。智司は彼女を救いたいと思う気持ちが大きくなっていることに気付いた。特に一目惚れというわけではない。リリーやサラにも負けない程にネリスは美人ではあるが、彼女を救いたいと願う心はそんな俗物的なところが原因ではないのだ。

 自らの暗い過去とを照らし合わせた上での感情。智司はネリスの敵を排除することを全力で考えていた。しかし、彼女の考えとは相違している。

「待ってくれ!」

 ネリスからの言葉は意外なほどに強かった。智司としてもそれは意外だ。

「会ったばかりの私にそう言ってくれるのは本当に嬉しい。あなた達の言葉が嘘ではないというのも分かる。でも……あなた達は、ジープロウダを舐め過ぎだ」

 ネリスの言葉は切実であった。彼女は目に涙を浮かべていたのだから。

「ジープロウダのお頭である、ジオン・ラーデュイ。あの方よりも強い人間を私は知らない……」

 ネリスの言動は非常に焦っているように感じられた。まるで、素人である学生如きが正義感でどうにかなる相手ではないと言っているようなものだ。

「ラーデュイって言ったら……傭兵団体の最強とされる男の名前と同じやんけっ。確か、ラーデュイって名前やったで?」
「ああ……コムズレイ女王国の傭兵部隊の隊長も兼任されている方だ。現在の傭兵団体のメンバーで最強を誇るのは、間違いなく彼だ」

 ナイゼルから一筋の汗が流れ落ちる。想像以上に敵の戦力が大きいからだ。下手をすれば国家規模ということになる。天網評議会、王国騎士団、冒険者組合、傭兵団体など……それらの各組織での1つにて最強を誇る存在……それが、お頭ことジオン・ラーデュイなのだ。

 彼は傭兵団体で現在の最強を誇る人物であった。


「お頭の両翼も化け物レベルだ……。メンフィスという男性とシスマという女性だが……二人共、ソウルタワーの50階を超えられる方だからな……」

 ネリスは汗を流しながら言うが、ソウルタワーでの攻略階層は、智司にとっては分からないものであった。智司としてはナイゼルの表情から読み取るしかない。

「マジか……? 両翼ですらそのクラスかいな……」
「イマイチわからないけど、50階ってすごいの? ソウルタワーって、1000階以上の高さがあるでしょ?」

 リリーが口を挟んだ。大気圏まで突き抜けている、塔の高さを考慮しての階数だ。ナイゼルも頷いていた。1000階以上という階層は普通にあり得る階層なのだ。

「そのくらいはあるやろな。正確な階層は不明やけど……30階以上を攻略できるなら、十分に上位のチームらしいで」

 ナイゼルの言葉は皆に衝撃を与える。30階を超えられる者は、アゾットタウンの全体を見ても、そう多くはないと窺い知れるからだ。

 1000階以上を誇る太古の神々が創りし、最古の建造物。創られてから数千年以上が経過した現在でも、完全攻略をした者が居ないのは伊達ではないということだ。

「塔の50階以上に挑めるラーデュイの側近。さすがの能力と言うべきでしょうか」

 サラは驚いている様子はないが、敵の戦力の高さを実感しているのか、その表情は真剣だ。智司としても同じ気持ちではあった。一つの組織の最強の人物の名前が出ているのだ。魔神としてはその強さの上限を測っておくことは重要であると言える。

 ネリスはここまで言っても恐れている様子のない彼らに逆に驚きを隠せないでいた。とても素人の態度ではなかったからだ。智司やナイゼル達は勿論、リリーやサラも涼しい顔をしている。

 先ほどは柄の悪い連中を敵に回したばかりであるが、全く気にしている素振りを見せていない。それだけでも、彼らの強さへの自信を垣間見ることができたネリスであった。

 街に来たばかりの状態で、なにかを決めると言うことも難しい。その後、彼らの話は一旦終了となった。


「ところでお風呂入りたいから、大浴場行って来る。ネリスとサラさんもどう?」
「そうですね。少し気分を変えた方が良いでしょうし、ネリスさんもよろしいですか?」

 ネリスの気持ちを伺うように、サラは彼女の顔を覗き込んだ。気持ちを切り替える為の誘いだ。

「あ、ああ……私もご一緒していいのであれば、ぜひ……」

 遠慮気味にネリスは言った。態度は相変わらず弱々しい。

「決まりね。それじゃ智司、ナイゼルは留守番お願いね」
「うん、わかったよ」
「はいはい」

 そこまで言うとリリーは旅行気分のそれで、いそいそと準備を始めた。女性の部屋に入っている智司としてはそんな光景を見ていることが信じられない。彼らの中に大きな信頼関係があることの証明となっていた。

 そしてリリーは、サラとネリスを連れて部屋を出て行った。

「ったく、男二人を自分らが泊まる部屋に置いて行くとか、不用心な奴らやな」
「それだけ信用してくれてるんだろ」
「まあ、そんなもんか。ところで、智司。今までの話聞いとって、どない思う?」

 ナイゼルは挑発的な視線を智司に向けていた。智司は彼の意図には気づいていない。

「なにが? 意味が分からないけど……」
「教官の師匠にも会われへんしな。明日辺り、この街のギルドに顔出してみぃひんか?」

 ギルドは冒険者に仕事を斡旋しているところであり、冒険者同士が集まり、情報交換などを行う場所でもある。智司としても、それは断る理由なんてあるはずはなく、すぐに頷いた。

「そうだね。ジープロウダのことも気になるし……。それに、ソウルタワーもね」

 智司は部屋の窓から存在感を露わにしている巨大な塔を見据えて言った。

「ソウルタワーはな。冒険者の目標みたいなところあるしな。やっぱ、その存在感は偉大やで」
「挑戦したいところだけどさ、確か入るには制限があるんだよね?」
「そうやな。噂では1階から強力な敵が出るみたいやし。一部の冒険者しか自由な出入りはできんからな。その辺りも詳しく聞いてみよか」

 ナイゼルも智司と同じく期待に胸を膨らませていると言った表情だ。伝説のソウルタワーへの挑戦……それは、一種の麻薬みたいなものであった。
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